山崎の立小便事件


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山崎の立小便事件
 山崎は立小便により科料に処せられた前歴がある。『弁護士大安売』収録の立小便事件(言渡書・説諭願)はこの事件について作成された書類であるが、これについては若干の補足説明が必要だろう。
 この事件については、法律新聞1795号(大正10年(1921年)2月8日発行)に「山崎今朝彌氏小便事件」と題する記事、同1806号15頁(同年3月5日発行)に「山崎弁護士放尿事件判決」と題する記事がそれぞれ掲載されている。これらの記事によると、山崎は、大正9年12月11日、東京市麹町区元園町社会主義同盟事務所において同志等と会合した帰途、道端の溝に立小便したところを巡査に発見され、告発されて警察犯処罰令により金5円の科料に処せられたとある。当時は違警罪即決例という太政官布告によって、警察犯処罰令違反の罪については、警察限りで科料・拘留の「即決ノ言渡」(裁判)をすることができることとされていたのである。
 山崎はこの言渡しに対して正式裁判を申し立てた。上記記事(1795号)によると、大正10年2月2日、東京区裁判所にて取調べがなされ、その後入山弁護人から痳疾によりやむなく小便したものとして主治医の証人申請及び発見告発者の巡査を証人申請、医師については採用留保、巡査につき証人採用して閉廷したとある。さらに続報(1806号)では、2月23日、入山弁護人から、医師の鑑定によれば山崎は随時放尿症に罹っているため小便をしたのはやむを得ない、巡査は山崎の素性を知りながら警察署に引致して聴取書を作成して科料5円を言い渡しているが、東京市内の小便で5円というのは前代未聞である。江木博士は曽て50銭の科料に処せられたことがあり、武富済は東京地方裁判所検事在職中に芝の料理店の2階から往来に放尿して30銭の科料に処せられたとのことである。本件は山崎が社会主義者であるが故に5円もの高額の科料に処せられたものであって不法である、という弁論がなされ、これに対し検察官が3円が相当であると延べ、松崎判事は科料50銭の言渡しをしたとある。
 この判決の科料額から、警察による「即決ノ言渡」がまったく法外で恣意的な警察裁判であったことがわかる。また、山崎の説諭願からは警察署が正式裁判の申立てをなかなか受け付けなかったこともわかる。
 この一件が影響しているのかどうかは不明であるが、山崎は『中央法律新報』、『法律時報』に違警罪即決例を廃止すべきであるという論文を寄稿している(鎮圧令より即決例裁判制度の理想化国家賠償法雑感)。その後、違警罪即決例は昭和6年改正されている。
 (以上については、森長英三郎『山崎今朝弥-ある社会主義弁護士の人間像』(紀伊國屋新書、1972年)149、153頁を参考にした。)
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