解放社会時評


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解放社会時評
          山崎今朝彌
      大山鳴動して決議一通
 大山鳴動問題で自由法曹団は決議一通を早稲田大学に叩きつけた。
 安部大山二教授の辞職が圧迫の結果であり、辞表の提出が宣戦の布告である事は今更疑ふ者もない。
 安部教授が大学の懇請黙し難しとして其の思ふ壺にはまり教授を辞め講師となつたのは、全く板に付いて居る。此人に之れ以上を望むも無理なら之れ以下を望むのも無理だ。だから何となく物足りなさを感ずる人もあれば、好きで好きで堪らぬ人もある。
 之れに反して大山教授が断乎として教授を辞め講師も受けぬとキツパリ手袋を投げたは誰しもの血を湧かさせた。がナゼ一そ、テコでも動かばコソと辞表を出さない事にしなかつたのだらう。底意地の悪い僕等から見ると歯痒ゆくてたまらない。イヤ御尤様、学校の御恩、総長の御恩は終生忘れませんから、ドンナ無理をしても一生教授の聖職を奉じ御恩の萬分の一に酬います、中央委員長の方はイヤナニ決して御心配に及びませんホンノナニ、ハイ左様、イヤ決して御尤様で、とニコニコしながら免職になるまで和気靄々と頑張つて居て貰ひたかつた。要するに喧嘩だ。由来喧嘩に短腹と体面といふ旧道徳とは大禁物だ。大山君はマダ喧嘩の法律を知らなかつた。
 或は大山君もコンナ鳴動を起すとは思はなかつたかも知れない。辞表の提出で忽ちドツチかに片が付いて了ふと思つたのかも知れない。それなら中途で学生大衆の熱心に動かされて辞表を撤回すべきであつた。
 兎に角早稲田大学もコレカラは他の総ての私立大学と同じく、官立大学の別製延長となるであらう。そして絶対に其存在理由がなくなるであらふ。
      久米仙人末孫の墜落
 久米仙人の末孫ならセメテ其の容貌にでも肖りたいといふことが主なる原因で女学生間に多大の信仰を有すると云はれてゐる久米正雄氏が、何とか云ふ人の原稿を無断自分の名で『女性』に発表したといふ事件の鑑定を或人から頼まれた。
 私は今まで久米仙人なぞ云ふ人は歴史上仮想の人物だとばかり思つて居た位であるから、其の末孫なぞの如きは元より碌々知らなかつた。只日本フエビアン協会で誰かが久米氏を会員に推薦しようかと云つたとき、其の噂を聞いた藤森成吉君が態々私の処へ手紙で、菊池や芥川なら兎も角も、久米なんぞは絶対にならんと猛烈の抗議を申込んで来たのを覚へてゐる。今頃は藤森さん、どこにどうしてソレ見た事かと益々自信を強めて居ることと思ふ。
 小家が大家の処へ原稿を預けるからには其の原稿は極力小家の利益のために大家から利用して貰ふ積り、大家が小家の原稿を預かるからには其の原稿は、大家が小家の利益のために極力之れを利用してやる積りであらねばならぬ。すると、断りもせず自分の名で全部其儘其れを利用発表するはよいが、之れを秘し隠しにカクシ剰へ原稿料の猫ババをきめるはよくないといふ事になる。
 従つて原稿の窃盗罪、横領罪、詐欺罪は成立しないであらうが、大家は其の何とかといふ小家の為め其の原稿を利用し発表する仕事を引受けながら、自分の原稿料のためばかり図つて、引受けた仕事の趣旨に反した行為をしたもので、小家は其の原稿を再び自分の名で発表も出来なくなり、結局折角頼んだ事が何んにもならなくなつたのみならず少なからぬ損害を蒙つた訳だから、大家は刑法上背任罪の責任を負はなければならない。
 民事の問題としては小家は大家に其の原稿料の何割かを(結局鑑定といふことになるだらう)請求することが出来るが、先づ取つた原稿料全部を投出して示談する事だ。
 今手元に法律の条文がないから断言は出来ないが、確かに著作権法にも出版法にも触れないと思ふ。
      恩赦朴烈弾に怪写真
 大赦特赦減刑復権等恩赦の精神が一つの社会政策である事は法律上少しの疑問がない。それを野党が朴烈弾を投げて改悛の情が必要だ、朝鮮人だからでは理由にならぬとカラカへば、何だカンだと政府が本気になつてカカシラフのは何故だらう。
 朴烈と云へば怪写真問題はドウなつた。三党首の戒飭で三陣連が納まるのは当然だとして、政党から鼻薬を貰つてのみ動いてるでない三党以外の憂国の士がもしあるなら納まつた訳は何故か。
 或者は社会政策を一つの欺瞞だと下品の事を云ふが、上品に云へば一つの施恩である。賞与でないから先づ前きに出すもの、施すのであるからなるべく沢山出すべきものである。近頃の当局者が矢鱈にケチケチ恩赦の出し惜しみをするのは国家の意思に副はず、法律の精神を没却するものである。
 何処の例でも何処の法律での何処の理屈でも、政治上の理由で大赦があれば先づ第一に政治犯を赦免し、皇室の理由で恩赦があれば先づ第一に不敬罪其他の皇室犯を赦免する。施して以て悦服せしむる政策から云つても大いに味ふべきである。時効ですら一定の期間が過ぎればドンナ犯罪でも萬べんなく消へて滅くなるではないか。
      国家の三大節四大節
 労働農民党書記長の細迫兼光君が一年志願兵だつたか又は其親類筋だつたかの試験を受けた時、国民の三大節とは何ぞや、といふ問題に、天長節紀元節地久節と答へてテツキリ及第と思つたら落第だつたといふ話をした。地久節の代りに節の字の付かない元始祭だか四方拝だかが加はるのだそうだ。
 今度新たに明治節が増へた。之れは三大節の中に入るのか又は之れを加へて四大節となるのか、迷はないため教科書あたりで此辺を早くきめて貰ひたい。
 明治時代の人が明治節設置を請願するのは当り前だが、大正時代の人が大正節、昭和時代の人が昭和節を請願するのも当然だ。恐らく之れに反対する非国民は一人もあるまい。或はさうすると後には三百六十五日大祭日ばかりになると心配する人がある。が、之れは杞憂の論である。世界の終末を心配する者よりも尚杞憂の論である。よし仮りに算数上さうなるに違いないとしても、其為め大正時代の人が現実に大正節設置の請願をする反対の口実とはならない。
 元号と諡号とは必ずしも同一でなければならぬといふ原則は立つて居らぬとの事だが、之れは早速其原則にして其れを明規して貰いたい。元号は人間ありつきりの智恵を絞つて之れ以上にないと云ふ一番よい名を選むべきものではなからうか。諡号も衆智を集めた其の一番よい名を選むべきである。
      奇書珍書に問題の書
 本月は偶然岡陽之助君の『講談日本社会運動史』近藤栄蔵君の『実説ロシア労働運動史』佐倉啄二君の『製糸女工虐待史』が一時に世に出る。
 忽一家を成した岡君の文章と社会講談とには世既に定評がある。『講談日本社会運動史』は其の岡君の処女作でもあり日本最初の試みでもある。講談なるが故に当然興味本位文章本位ではあるが、同時に又参考書的研究書的でもある。全巻八編三百余頁、自明治初年至昭和二年二月と雖も、又決して表裏を通じて細大洩さず、詳簡誠に要を得た事を失はない。珍書の珍書たる所以であらふ。
 近藤君は暁民共産党事件の首魁として一年有半の処刑を受け保釈出獄中日本共産党事件で起訴され、大正十二年六月五日暁の手入前、風を喰つて露国に見学、専ら労働運動を研究した人、今大赦に遭遇して偏に感泣し満四年の蘊蓄を此の一巻に傾けて帰朝す。蓋し奇傑の奇書大著、騒然として世の渇を医するものあらんか。
 佐倉君の『製糸女工虐待史』は遂に社会の問題書であらねばならぬ。故細井和喜蔵氏の名著『紡績女工哀史』を世に紹介した藤森成吉氏は曰ふ、聞きしに勝る巧妙の搾取戦慄の暴虐、哀史以上の虐待史、細井君の遺志を完成したもの、と。著者は製糸の国信州の山繭から生れ蚕蛹で育つた一介の労働者。しかも筆に訴ふるは骨肉が焼獄と共に爆発したのだ、血涙が浅間と共に噴火したのだ、自覚と反抗とが製糸女工五十萬の為に絶叫したのだ。曝露小説以上の曝露、研究著述以上の研究。読者は眼前に展開する『巧妙の搾取、戦慄の曝露、哀史以上の虐待史』を巻を措くの暇なく只切歯握汗、一気に読破するに至るであらう。
<以上は、山崎今朝弥氏が著作者である。>
<旧仮名遣いはそのままとし、踊り字は修正した。旧漢字は適宜新漢字に直した。>
<底本は、『解放』(解放社)第6巻4号67頁(昭和2年(1927年)3月1日発行)>
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