社会時評


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社会時評
          山崎今朝彌
      泥仕合的存在の本質的理由
 命を的の華厳の瀧や松屋の露□ですら忽ち天下の流行となるのだから何が流行しようと少しも不思議はない筈だが、既成政党を旗印の未成政党特に其言論機関たる新聞雑誌が、其の既成政党の流行を遂ふて頻りに泥試合にのみ熱中する本質的の根拠は何処にあるだろふか。
 無産階級解放の羊頭を掲げる新聞雑誌中アナ系雑誌は昔から概して、大は国家の否認より小は巡査憲兵との喧嘩悪口に至るまで常に直接権力に突進して来た。従つて極度の憎悪反感を権力行使の役人に買い、法律適用以外の適用を受け新聞雑誌の発行など、秘密運動の外は手も足も出なかつた。之に反してボル系の新聞雑誌は賢くも官憲に突つかるる代りに其の鉾先を直接資本制度の攻撃に向けた。国粋会や赤化防止団の主義主張が何であろふと、其の縄張りが犯されない以上亡国もなければ赤賊もないと同様、官憲も直接自分の悪口に関せざる資本主義制度の攻撃に対しては、其の威厳縄張りを犯されないものとして比較的圧迫に手加減を加へて来た。処が政府も段々と、資本主義制度への突貫は則政府に対する突貫の外何物もないといふ事を意識して自衛上現今の反動政策を採るに至つてからは、言論機関に対する圧迫も極度に一視同仁を徹底して来た。其処でボルもアナも自然に自衛の道を考へ出し意識的若くは無意識的に漸く獲得したのが、一時資本主義又は政府攻撃の鉾先を収めて専ら自己陣営内の戦線整理だの、大衆曝露だの、理論闘争だのと称する泥仕合と仲間喧嘩とをすることであつた。
 由之観是無産階級同一戦線内の泥仕合仲間喧嘩は全然無意味無根拠の事ではなく、彼等が意識するとせざるとに拘らず、少くとも戦線の整理されるまで-長くとも数百年若くは数十年以内-は敵方総攻撃休止の返礼として同じく敵方から徹底的圧迫を停止して貰ふと云ふ一つの新らしい戦術で、深い意義と確い理由を持つてるものであるとのことである。
      政治漫画の進展段階
 仮令日本画は西洋画に敗けないにしても政治漫画だけはどうしても百年まけてゐると早くから聞いてゐたが、此節無産雑誌にボツボツ載り出したもののマヅイこと夥しい画を見ると成程と肯かれる。之れは当世流行の、芸術は自然発生的ではアカン目的意識が第一で、第二で、第三だ、要するに創作は論文に限るといふ理論の適用ででもあるのだろふか。新年号を手当り次第に一瞥すると先づ
 統一同盟の『労働者』は、日労党は折角進出した無産大衆を組合主義の箱の中へ押し込めるもので、社会民衆党と日本農民党は結局ブルジヨア政党に反動移行するものだ、といふ論文の次に、日労党という麻生君マガイのデブが、組合主義と云ふ箱の中へ、大衆といふ腕を出した人間を押込めて蓋に釘付をしてる処と、『彼等のシツポはブルジヨアと繋がつてゐる』と題して、無産階級といふ労働者が、日本農民党と社会民衆党といふ人間を吊るし、其のシツポがブルジヨアと云ふ猿面冠者(ナゼどつちかをセメテ狐か狸にしなかつたものだろふ)のシツポと繋がつてゐるタワイもない簡単明瞭の画。
 左翼本陣の『無産者新聞』は、『エセ無産政党』なる論文で耳にタコのアタる程沢山の説法後又も繰返して、日本労農党なる麻生君が、組合主義なる馬に乗つて、分裂政策なる刀を振りカザシ、上には民衆党なる自動車の鈴木君が、肥テツチヨの資本家から札束を貰つて居り、下には遊女籠を持つた須貝君が無意味に立つて、其傍らには地方政党の旗指物で、鎧兜の武者人形が、労働者を乗り廻してる画で、別に何んの風情も御座なく。
 社会民衆党の『社会民衆新聞』はウンザリする程『わが党』『わが党』の真ツ只中へ、雄飛するわれらが党と題して、巨人社会民衆党が旭日昇天の勢でウント踏張るとブルヂヨア政党、労農党、日農党、日労党の小人島人種が、直ちに足下に飛散消滅するといふタツタ其れつきり見た通りの画。
 今は昔中間左翼結成大衆社の『大衆』は聊か及第点に近き白眉で、よく出来た上手の似顔で、社会民衆党の看板では安部さんと鈴木君とが『どうぞ此方へこちらへ』と、日本農民党の看板では平野君と須貝君とが、『どうぞこちらへ』と、背き行く民衆に頻りに呼び掛け客引してる処。尤も二階には安逸人種が寝そべつてるのはよいが、民衆に『あんな奴等が二階に居やがるぢやないか。馬鹿にするない。』と無理に言はせてるのがブチ壊し?。
 全国農民自治会の『農民自治』のも、殆んど大衆に比敵する良い画である。上から覗いてる古い政党首領の似顔も、日農、日労、民衆、労農、なる若いハイカラ女の嬌態も先づ無難上出来であるが、無産農民なる田吾作君が余りハツキリしないは玉にきず。それに魔女横行御用心の画題はよいとして、『狐だ!ゴマの蠅だ!餓鬼共奴がこの上だまされてたまるもんか俺には俺の思案がある』の文句は今少々思案して欲しかつた。
 総同盟の『労働』は、イクラ判じても、労働組合の蔭に居る赤魔が組合員の中へ、労働組合の危機なる爆弾を投げ付けると、そら行けそら行け、左へ 々々、俺達は正道を歩む者だ、と皆が騒ぎ出す、といふ以上には迚も考へられない誠に六づか敷面倒の画。
 評議会の『労働新聞』も矢張り僚誌と千遍一律、労農大衆なる大巨人が労働農民党なる大旆を旭日が昇天の勢力で押樹てると、日労党、政友会、本党、実業同志会、憲政会、農民党、民衆党の亡者共が、白骨シヤリコウベとなつて足下にゴロゴロ散乱する処。
 又来た『無産者新聞』とてホンの同巧異曲、大衆が労働農民党の大旗を樹て、請願運動の大砲を放つと、社会民衆党、日本農民党、日本労農党が悉く一時に驚倒すると云ふ衆知を集めた大意匠。只社会民衆党安部さんの顔が聊か似てる処が漫画らしい。
 中堅同盟の『日本労働新聞』と日本労農党の『日本労農新聞』は流石に大同小異の智慧。前者は中堅同盟だか労農総連合だかの巨漢が、中本道に、右手で国服を着けた洗足の右傾小僧を押へ付け、左手で洋服ハイカラの左傾小僧を押へ付けてる処、セメテ説明のないのが取柄。後者は御察しよく解釈するとトテモ大きな日本労農党が中正道に直立すると、高く積まれた総同盟と云ふ崩れかかつた組合の箱上に乗つた片輪社会民衆党と、電報宣言決議の紙屑山に虚勢を張つた小供労働農民党とが、敗けるもんかと、タケ比べをして居る処で、見たつきり。之れつきり、其れつきり。
 最後に比較研究して人智の限りを尽した労働農民党の『労働農民新聞』は、流石に無産者新聞以下以上に一歩も出でず、労農大衆が労働農民党の旗を樹てて進出すると、社会民衆党の安部さん、日本農民党の須貝君、日本労農党の麻生君が悉く一時に驚倒すると云ふ情けない画。但し無産者新聞のとは之れでも別の画。
 僕の画論だ、確信を以て盲ら滅評である事だけは自認するが、孰れを見ても同巧異曲の論文漫画、既成画家にも到底及びも付かぬ類のものである事だけは保証出来る。実は随分お察しのよい人で此位が関の山。其道の人が此処に気が付いて何とかウマイ理屈でも付けたら、既に名人の段階を飛躍して将に十二段階にも進展したといふプロ芸術大家、必らず何かが問題になると思ふ。第一コレなら何も苦しんで高い製版料を出して態々場所を塞げるがものはない。論文だけでもう沢山だもの。
      弁証法的流行性中間病
 ウソツキーのレニン論によれば、レニンには偉大なる中間派日和見主義者であつた。彼れは常に日本上杉謙信車掛りの陣を学んでは極端に方向を転換し、梶原景時に習つては逆櫓の備へを立てて一歩前進二歩退却し、有名なハートレフト、ハンドライト、アンド、フイートオンジアースの遺言では完全に左右両翼の小児病患者を戒めて死んだとある。
 それからあらぬか先日或る会で、労働農民党の細迫書記長が『清濁時に分ち時に併す』とやつたら、日本労農党の三輪書記長は『曲右曲左頭に虱が湧きさう那』とやり、日本農民党の平野書記長(だつたか或は別の平野君であつたか)が『右三千里左三千里月中廻頭思遙也』とやらかすと、社会民衆党の片山書記長(だつたか或は河野君だつたか)は『清流不容魚濁流不育魚』とやつた。僕には分らないが之れは皆社会思想の中間思想で中間派を讃美したものだそうだ。何しろ中間病は今や確かに日本の流行性にまで展開した。
 兎に角日本は伝染病繁栄の国柄であるに相違ない。右翼小児病の一冊で先づ左翼小児病が流行する。左翼小児病の翻訳が右翼小児病を猖獗にする。今又、ウ氏レニン論の輸入から中間小児病がはやり出す。正月の新聞雑誌を見ると殆んど皆中間派を主要題目に取扱つて見る。
 処が中間派論中腑に落ち兼ねるは中間排撃論中の、悉く一致した方程式的の、『中間派の存在は一時的現象で、永久的には左右の双方又は一方に分解融合さるべきものである』と云ふ論である。之れはレニンの所謂円形を直線視した錯覚の類ではないだろふか。氏によれば、レフト、ライト、セントは直線的の存在でなく寧ろ三角形的又は円形的の存在である。セントの両隣はレフト、ライトに相違ないが。レフトの両端はライトにセント。ライトの両側はセントにレフトである。又レフト、ライトの理論が先づ存在して後にセントの理論が生じたとは限らず、セントの理論が先づ存して後にライト、レフトの理論が生じたこともあり得るは勿論、ライト、レフトの双方又は一方の理論が全然生じ得ない事もあり得る。要するに左右中は各々他の二つの中間に介在して相隣接対抗し、又新たなる分裂があるまでは永久的に一の本流に合流さるべきものではあるが、其本流が左か右か中央かは其有つ実力と理論とによつて決せらるるべき問題で、中間派の存在は一時的の現象で、遂には左右何れかに分解統一さるべきものだといふ公式はあり得ない。吾々の知らんと欲した処も亦只左右中其の孰れが本流であるか、又は本流たり得る理論及可能性があるかと云ふ点であつたのに、どの誰の論も此点は一躍直ちに前項の漫画以上に出てない独断公式に過ぎなかつたことは返す返すも遺憾の極みであつた。(一月十三日)
<以上は、山崎今朝弥氏が著作者である。>
<旧仮名遣いはそのままとし、踊り字は修正した。旧漢字は適宜新漢字に直した。>
<底本は、『解放』(解放社)第6巻3号31頁(昭和2年(1927年)2月1日発行)>
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