デッサン(アウトライン)


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デッサン(アウトライン)
          山崎今朝彌
 八月は銷夏随筆号で社中惣出と相談はとうにきまつたが、待てば海路の日和見主義に限り、其中には頁数超過で自然消滅が例となつてる。と高を括つて命令一下随筆デツサン何百枚でもと引受けては置いたが元より書く気はなかつた。愈々今日半ペラ九枚の厳命しかも編集後記でゴマカシなしの条件附。
 しかし若し之れがセメテ百枚の命令であるなら「壁の耳」とか「山羊の角」とか題して、平民大学以来此処で集つた公私公秘の諸会合、時効がかりの内輪話しをデツサンし、セメテ半ピラ五十枚もあれば、病気見舞、母の死、帰省などデツサンし併せて其際吊電を辱ふした市電自治会、組合総連合、自由法曹団其他の諸君に対して厚く御礼を申上げ、以て義理を塞げるが、生ジツカあと七枚の半ピラでは、母の死に就てデツサンをアウトラインする外はない。
 母の死を語る前に先づ父の死を語る、七年前八十四で亡くなつた父の死に就ては堺君が何かの雑誌(其文は載せて弁護士大安売にある)で、荒畑君が新社会の最終号で詳細に書いてくれてある。父は三代続いて八十四で死んで居り、其年は其地方がバカに景気がよかつた事等を考慮の上堅く決心してドウしても薬餌を用ゐず、切なる孝子の勧めに、漸く馬の角なら食べようの一言を最後の遺言に此世を去つた。老衰して薬餌がノドを通らなくなつた母は、医師が何でも好きなものを食べるがよいと最後の宣告を下すと、尤も嫌いである医師よ薬よと騒ぎ出し、この年をして医者薬騒は恥かしいが、死にたい死にたいはアリヤ皆年寄の嘘だんべと遺言し、大正十五年五月十七日同じく八十四歳を一期として七年忌に父の後を追ふた。これ等の事は孰れの心持がホントか孰れの心持もホントか疑問の儘で抛つて置く。
 父は僕の理想の一人で、似よう肖からふと努めるが中々似も肖かぬ。母の欠点は僕から其儘遺伝した如くで思ひ出すだに厭な気持になる。小供時代の記憶によれば母は人の家へ行くと必らず履物を間違へて帰る、後には座敷へ上らず腰を掛けた儘話して帰る事にしたらしいが、それでも履物は何時の間にか忘れずに間違へて来た。僕は裁判所へ行けば必らず何か物を忘れて帰る、注意して何も持つて行かない事にすると今度は忘れて人の物を持て帰る。コンナ欠点はイクラでも書けるが、赤裸々に自分の欠点をサラケ出すといふ事は困難である、ホント詐らざる自叙伝は大勇猛心を要するに違ゐない。自伝で前田河君の自伝の事を赤列車で書いている事を喚び起し、前田河君の端書に僕の薄墨の事を書いてあつた事を思ひ出し、僕の薄墨とナリフリ構はない事と余り風采が堂々と揚る方でない事が父に似た事を連想する。
 編集後記を厳禁されて未だ其域を脱せず、デツサンにしてデツサンにあらずアウトラインにしてアウトラインにあらず、しかも之れが後世何時か、現代大家「続後世模範随筆集」に厳選されるかと思へば、仮令文芸街道は白柳君の随筆論を読まぬからとて、コレガ随筆で御座いは誠に鉄面皮の至りと信ずるが、今更スツポカシもならず。随筆のデツサンを考案しデツサンのアウトラインを発明した事を唯一の独楽(コマにあらず)とし、解放正月号にダダ辻君の小説もある事を自慰(スタベにあらず)とし以下括りを附ける。
 解放六月号祝電安売中の吊電が遂にシンを為して母危篤の電報に接した事に筆を起す。其日午後十時二三十年振りで闇を冒して夜道に小田の蛙の泣く音を止めた事を叙す。新宿から信州川岸まで一瞬間といふ処に力を入れる。誰が奔走してくれたのか二三組合から既に吊電が僕宛に入つてゐた事をキツカケに茲で義理を済ませる事、序に地方では代議士が必ず選挙準備の為めとあつて猫の子の死にも吊電を打つ事を忘れぬ事。僕の行く迄棺の蓋をせずにあつたが詰らないから僕は母の死顔を見なかつた、それでも孝行息子で通用してる事から筆を外して、古田大次郎君の事、其著「死の懺悔」の事、其評を一寸原始八月号に書いた事、親子の情、孝行論。サテハ又十五六年前女中をして長女の遺骨を郷里に郵送せしめたきり忘れ、今はドコで其れがドウ無くなつたか紛失して了つた事など何十枚でも。母の逸話、死の模様などは諏訪言葉で聴いたままに書く、葬式、行列、供、客招び、など地方の慣習も面白く。挨拶が厭で吊問客が来れば狸をきめた事など差支なからん。滞在三日、余白さにあれば、親族故旧訴ふる処は皆生活難で、ソレが稼げど稼げど貧乏追い越せずと、律儀者の子沢山とであつた事を種に、社会制度の欠陥と産児調節の急務とを二三百頁論じて筆を幕。(七月十二日)
<以上は、山崎今朝弥氏が著作者である。>
<旧仮名遣いはそのままとし、踊り字は修正した。旧漢字は適宜新漢字に直した。>
<底本は、『解放』(解放社)第5巻8号78頁(大正15年(1926年)8月1日発行)>
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