週刊の終刊から三誌の合同まで・前金の始末から営業の広告まで


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週刊の終刊から三誌の合同まで
前金の始末から営業の広告まで
          山崎今朝彌
 本誌卅九号の出たのは三月十二日であつたから四十号は三月十九日に出るべきだつた、例によつて平澤計七君が土曜の十七日に編集に取りかかると、印刷所たる東京毎夕新聞社から突然四十号からの印刷を断わつてきた。寝耳に水に驚いて早速其不法不信を責めると、色々の弁解はあつたが要するに新に「本所新聞」を発行するに付き臨時物印刷部を廃止するから営業上止むを得ないといふのである。ナゼせめて一ケ月も前に断わつてくれないかと詰問すると、週報だけは従来の関係上特別に是非ヤツて上げたいと思つて今の今迄心配して居たのだから不悪と答へる。一萬円の損害請求で脅迫もして見たが、利目は二三日まつてくれが二三回続いて一週間を無意味に経過した計りであつた、トド東京毎日や大勢新聞を聞合せてくれた上堅く駄目と断わつてきた。
(以上1ページ)
   二
 抑々週報なるものは結局何の取柄もないが、一回たりと一日の間違もなく期日に必らず正確に出て、最も公平に最も迅速に労働界の出来事を労働階級の有利に報導するだけの取柄があつた。然るに突然同盟罷業して一回ならず二回まで休刊の余議なきに至らしめ、この金甌無欠の面体を毀けたに至つてはモウ我慢がならない、意地にも何処かで出して貰ふて、東京毎夕からはユツクリ充分の損害を取るに極めて、二六、大東京、議会新聞、帝国新報、東京夕刊等にも当つて見たが突然ではといふ理由で、日曜の記事を月曜に印刷して火曜の朝其日付で配達出来るといふ、都合のよい従来の週刊はドウしても何処でも出してくれなかつた。旬刊ならといふ処もあつたが今更旬刊も初まらない、此現在ではセミモンスやモンスりーとしては存在の価値を疑はずには居れない、千策も尽き萬策も果て愈々決心して週刊を一時終刊するにきめたは三月二十七日であつた。
   三
 週刊は出せない、旬刊も厭だ、半月刊や月刊で週報でもあるまいとなれば廃刊するより外はない、処が三月初めに出した集金郵便がソロソロ返つたり集つたりし出した。一体誌代は前金
(以上2ページ)
だといふ事であつたが引継いだ帳簿を見ると何が何だかサツ張り判らない、紙上の社告では去年の十一月から集金郵便を出すぞ出すぞと大に脅迫して見たが、誰もビクともする者はなかつたし、又実は帳簿の整理が付かないので出せもしなかつた、二月頃漸く整理が出来、仕度をして了ふと三月一日から又郵便規則が変り二円以下の集金は罷り成らぬとなる、仕方がないから二円以下の分は書き直したり止めにしたり三十九号へ社告を出したりして読者の半分計りへ二円三円の集金を出したのだ。
 ソコで前金は(一)黙つてる人へは新雑誌を送る(二)申込ある人へは現金を送り返す(三)後金切れの人からは都合のよい時貰ふ(四)何れにしても計算を明かにして貸借の金額を読者総てに通知をする、事とする、表紙に過不足とあるは其れだ。誤りがあつたら申出て貰らひたい。
   四
 「労働週報」は労働といふ名と、引受けるときのイキサツとに免じ、神経衰弱と繁忙とを加へ、僕の名を出さぬ事、社会主義新聞にしない事、が二大信仰であつた、ソしてソれ故今迄は名実共平澤君一人でやつて来たが、コレからは丸ツ切り僕一人でやる積りだ。
 僕の今出してる雑誌は週報の外日刊社会運動通信、月刊社会運動通信、平民法律とある。
(以上3ページ)
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 僕はこれまで、気楽と遠慮と妥協で一生を暮してきた。従つて人間が卑怯で卑屈でカラ意久地がなく、イツも頭から胸から腹の中まで気がツマつて、甚だしく衛生上害があつた。もう余生も余りないのに、余りバカバカしいと考へたから、これからは構ふ事はない、仕たい事をして言ひたい事を言ひたいと思ふ。就ては此雑誌も次号からは内容が外題と共に、丸つ切り変はるかも知れないから御承知を願ふ。・・・・・・山崎今朝彌。
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(以上4ページ)
 社会運動通信とはこんなものである。
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(一)所謂労働運動、社会運動、文化運動、革命運動等に関する正確機敏の報道通信を専門とする『日刊社会運動通信』と名くる直配達の日刊新聞を、大正十一年一月一日より発行します、就ては偏へに諸君の御声援御通信を懇願いたします。
(二)大正十一年一月より毎月一回十日に雑誌『月刊社会運動通信』を発行し専ら、社会運動に関係する個人若くは団体の消息を報道します、就ては何卒至急諸君若くは諸団体最近の消息御寄稿あらん事を切望いたします。
(三)御寄稿御通信は成るべく新聞若くは雑誌に其儘掲載出来る様御書き下されば此上もなき好都合と御礼申上げます。
(四)其他直接間接色々様々の御援助を御願ひ致します。
大正十年十二月 日
          東京市芝区新桜田町十九番地(平民大学内)
          社長兼小使 山崎今朝彌
(以上5ページ)
 平民法律は左の通りのものである
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 「平民法律」は、平民大学直営の平民法律所が、法律逆用のため無料専門我儘御免にて実地取扱いたる、社会問題に関係ある法律事件を、通俗平凡、面白可笑しく解説する、平民法律所の機関誌なり。(大正八年改正広告)
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 併し今は又総ての雑誌に付て四頁の広告通りになつた。
 依て次号迄には何とか良い名を考へて、三誌大合同の小さい月十銭かソコソコの一人雑誌とし(日刊社会運動は独立故別問題)前金購読者の外誰にでも送らないことにする。前金者でもない癖に無やみに送られたら、購読勧誘のためか、寄贈か交換か返礼か見舞代りと思つて下さい、其れに対しては苟くもビタ一文でも請求はしない、若し夫れ金を出すは厭だが雑誌は欲しいといふ人があるなら、喜んでイクラでも送る。週報を止めたと思へばドンナ気前でも出る。
   六
 序に左に営業広告をして置く尤も昔の紙型を使用するのだから今は違つてる処がある。
(以上6ページ)
<平民法律所、上告専門所の広告。略。>
(以上7ページ)
 私は大審院で『全国の司法官は偉大なる低能児の化石なり』と喝破した為め第一、二審共重罪に処せられた被告を無罪とし、其効能を以て休暇四ケ月の恩命を蒙りましたが。が、病気も殆んど全快の域に達した今日、悠々閑々休養之れ事とするは却て恩旨にも背く事と思ひ、其間社会奉仕的道楽の意味を以て平民大学総長法律博士兼米国伯爵の資格で、誓て、熱心激烈に、取り敢へず
 一、不当の値上明渡の要求に苦しむ借家人の為めに悪家主悪差配の征伐
 二、不当の解雇首切り、轢き逃げ殺傷人権蹂躙等で損害を受けた貧乏人の為めに、悪富豪会社悪官吏の問責
 三、天下の悪法違警罪即決例及び行政執行法即時廃止の期成
の実行に従事し及相談に応ずる事に極めました。
 就ては平素私をヒーキせらるる貴下は何卒、筆に口に、別に費用のかからぬ方法を以て、之れを一人も多く世間の人に吹聴宣伝し、遂に私を忙殺するか若くは降参閉口せしむるよう御尽力あらんことを、暑中伺に代へて御願致します。
 大正十一年七月    東京市芝区新桜田町十九(電話銀座二〇七七)
            弁護士 山崎今朝彌
(以上8ページ)
<東西連合事務所と題して、山崎らの法律事務所の広告。略。>
(以上9ページ)
<以上は、山崎今朝弥氏が著作者である。>
<旧仮名遣いはそのままとし、旧漢字は適宜新漢字に修正した。>
<底本は『復刻版労働週報』(不二出版、1998年)199頁。底本の親本は『労働週報』(労働週報社)第40号1頁(大正12年(1923年)4月19日号)。>
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