弁護士大安売


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弁護士大安売
 度胸のないのと、胆玉の小さいのとで有名の僕は、従つて又随分と物事に注意を払ふ。然るに広告では屢々不注意極まる失敗を仕出かす。序に今茲に実例二三を並べて其法律上の関係を攻究せん。
      (一)
 僕が明治四十年に米国伯爵と欧米各国色々博士を唯一の土産として帰朝した当時は、僕の気が驕り、心が大きくなつて居た時であるから、前後の弁へもなく、米国大使館前に事務所を開き、大々的広告をして、某小さい下宿屋の一室を借受け看板を出した。処が其頃は電話が至つて少なく、初めて開業する弁護士が其場所を選定するには、先づ第一要件として、近所に電話の架かつてる家があるか否やを調べたと云ふ仕末であつた。
 僕の近所には電話がなかつた。僕は田町辺の或肉屋に電話を見付け、之を名刺や広告に濫用した。初めの間は肉屋でも妙な電話がよく懸る位に思ふていたが、仕舞に僕の業と知れて、肉屋から尻を持ち込まれた。
 右の僕の行為は明かに、民法第七百九条の所謂、故意又は過失に因り他人の権利を害したる者で、同条の規定により僕は、其電話加入者に対し、之に因りて生じたる損害を賠償すべきものである。併し僕の行為は所謂故意であるか過失であるか、害した権利は財産権であるか名誉権であるか或は其他の権利であるか、随分面倒な法律問題であると思ふ。
      (二)
 僕は又其頃盛んに左の如き広告を東京と郷里信州との新聞に出した。
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公事訴訟は弁護士の喰物
東京米国大使館前
弁護士 米博士 山崎今朝彌
電話赤局八〇〇番
弁護士頼むな公事するな
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 東京では流石にこんなものは問題にはならなかった、が信州では問題が湧いた。当時長野在住弁護士で僕の同窓たる某君からは親切に左の意味の手紙を呉れた。

君の広告が当地弁護士会の問題となつた、僕等の組織してゐる何曜会では委員を挙げて調査を為し其結果君を懲戒裁判に付すべく、君の属する東京弁護士会へ交渉する事に決議した。僕は個人の資格で君に質問する、一体公事訴訟が弁護士の喰物と云ふ「喰物」とは何の意か?

 僕は直ちに左の如く応えた。

拝復御親切を特に感謝仕候従て御返事は仕らず候、只、某会へなら左の如く答へ度候。
 拝復扨御照会に相成候「喰物」とは、口扁に食と云ふ字にて甘く参れば飯が食へ、不味く参れば飯が食へ申さず、此処が千番に一番の兼合に御座候
          山崎伯爵家家扶一同
貴会 御中
何某 君
 此問題は其後、今は既に口無き平出修弁護士の報告に拠れば、正式か不正式か判然せぬが、長野弁護士会の委員から東京弁護士会へ交渉があって、前塩谷弁護士会長等の強硬論が多数で、すんでの事僕は訴追を受ける事となった処、誰だかが(多分現小川弁護士会長だと云つたと記憶する)君等は(長野の委員を指した話の様に記憶する)山崎の事務所を見た事がないからソンナ問題が心配になる、一度行つて見て来給へ、との一言で問題が消滅したとの事である。
 此広告の法律問題は只、公事訴訟は弁護士の喰物だなと云ふ事は弁護士の職務を侮辱したものであって、弁護士法により懲戒裁判に付せられるべきものなりや否やと云ふにある、小川東京弁護士会長?の論?は、法律上の意見ではない、一体諸君が騒ぐのはエンビーにあらずんばセンボーに過ぎぬ、併し山崎の下宿屋へ行つて見れば其んな勇気は失せて仕舞ふ、と云ふ心理学上の説明である、が私は法律上こんな事は問題にならぬと思ふ。今迄は成るべく問題になればよいと思ふて説明や弁解をせずに仕舞ふて居たが、到底問題になる望がなくなつたから白状するが僕の広告文は、公事訴訟と云ふものは弁護士の喰物になる計りのものであるから、公事訴訟をするなと云ふので、弁護士は訴訟を喰物にする者だから矢鱈に頼むなと云ふのではない、問題にならふ筈がない。
      (三)
 米国大使館前の事務所が没落して、僕が信州諏訪へ退去したのは明治四十年十月頃であつた。諏訪では法務局と法律所を発明して種々雑多の広告はしたが大した問題は起さなかつた。只左の広告に付ては当時の上諏訪区裁判所判事、今の新潟公証人松澤常四郎氏より君の大胆には呆れたと厭味を云はれたが、之れは大胆と云ふ程でもないと思ふ。
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下らぬ判決に不服ある者の為めに
上諏訪町本町
山崎博士法務局
電話二二四番
専ら公共的に控訴事件を取扱ふ
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 此外門前に『泥棒掛取醜議員の類一切入るべからず』との表札を掲げ、此表札を承知しながら売つた掛金は、請求出来るや否との法律問題を起させたり、『保証連帯無効之印章』と云ふ実印を作つて矢鱈に保証連帯になつてやつたりした事があつた。
 戊申詔勅のあつた頃であつたかと記憶する、僕は諏訪から甲府へ移転し、左の披露をして問題を起した。
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 拙者儀昨年春より人に看板を貸し申、諏訪と甲府を股に掛け、夜と昼とを利用して、稼ぎに稼ぎ候処、今回挙国一家総て甲府に移住仕り候に就ては、御繁忙中甚だ恐入候へ共、明日午後正六時より機山館迄御賁臨の光栄を得て左の順序に従ひ(順序書略す)聊か披露の祝宴相催し度とは存候ものの時節柄貧乏に聖旨の在る所を奉体し只単に端書を以て御挨拶のみに止め申候也
甲府遊郭大門前化物屋敷
  年 月 日    弁護士 山崎今朝彌
何某 殿
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 僕に云はせるとこれとて終り迄読んで呉れたら何んでもなかつたのだ、ソレを周章狼狽してフロツクで会場へ駆付けた者が数名あつた計りに、僕は大に世の非難を受けた。ソコへ僕が直ちに左の新聞広告をした。
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売出に付 弁護士大安売
甲府法務局長 平民法律所長 山崎今朝彌
甲府遊郭大門前旧化物屋敷
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 此広告には二つの法律問題が起つた。弁護士の品位問題と大屋よりの損害賠償問題即ち之れ。先づ前者については、当時の石氏弁護士会長が第一に反対の声を挙げた。其説は(当時の新聞紙に拠る)弁護士は呉服屋太物屋と違ふ、果して然らば弁護士大安売等と呉服屋太物屋の株を奪ふ如きは、弁護士の体面を汚すこと甚しきものだと云ふにあつた。次に[甲野]弁護士は『多数弁護士会員の意見を代表する個人の資格』で弁護士は百世の師表現代の権威でなくてはならぬ、ソレを弁護士大安売とは何事ぞやと、頗る真面目に歯を反らして僕を詰責した。
 弁護士会の方は多少予期した事だが、思ひ掛けなかつた家主の法律論に依れば、此家が仮令旧は化物屋敷であつたにせよ、ソレを新聞にまで吹聴する法はない、借る者に迷惑はなくとも貸す身になれば、後に借り人も少なくなり従つて家賃も安くなり大に迷惑である非常の損害であるとの説であつた。
 成程民法七百九条には、過失にても他人を害し他人に損害を与へたるときは損害を賠償する責に任ずと書いてある。僕が悪かつた。弁護士諸君の説には至極賛成は出来ないが、これも人の厭がる事を強いてやる必要を認めぬ故、其後は新聞広告を左の如く改めた。
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甲府市新青沼町五十七番地
民刑 品々 弁護士 山崎今朝彌
追て旧化物屋敷の儀は今後家賃に障るとて大屋大目玉に付全部取消
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 此広告を見た大屋は直ぐ飛んで来て、取消の広告は是非止めて貰ひ度いと申込んだ。其後此家主と僕とは心安くなり、自分の住むために建てた家を僕に借りて呉れと申出た位だから、家主と僕との間の損害賠償問題は暗黙の合意で消滅したものと思ふ。又弁護士会の方も問題が立消になつたのかして其後何等の咎めも無かつた。尤も[甲野]弁護士に聞いたら、マー君は少し気違ひだと云ふ事だから許して置く事にした、又取消広告でも出されては大変だからなー、と云ふ事だった。[甲野]弁護士は間もなく確かに気違になって、東京辺へ飛出して来ては、百世の師表当代の権威大弁護士[甲野太郎]と頻に広告した事があつたが、今は死んだのか弁護士名簿には載つて居ない、石氏会長は其後市会議長をしたり刑事被告人になつたりして居つた。
<[ ]内仮名>
<山崎今朝弥著、弁護士大安売に収録>
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