鎮圧令より即決例


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鎮圧令より即決例
          山崎今朝彌
   一、過激法の口実
となつた近藤一派の事件を事実其儘詳細に知つてる者は、今の処世界幾十億中、日本にたつた三人しかない、主任の古田検事と角南予審判事と昨日漸く記録の写取を終つた弁護人の僕とである。或は司法省の山内次官内務省の松田勅参其他之に類する者が知つてるかも知れぬが、ソレは所謂モグリで法律上知るべき筈の無い事は満鉄記録のイキサツで明瞭だ。今此記録によると、政府がアンナ大騒ぎをしてヤレ今日は国家が潰れる明日は日本が倒れると、僕の悪戯に過ぎなかつた「日本社会主義同盟」の解散を命じたり、高津正道君に弟子入りして、共産主義を聴いたと云ふ盲人一人に退去命令を出したり、遂には今回の思想取締法案となつた処の、近藤栄蔵君が上海で古賀簾造氏の親友呂運亨あたりから貰つて来たと云ふ金額は勿驚たつた金五千円其外大杉栄君が前に二三千円取つて来たらしいと云ふ予審調書、警視庁調書 イルクーツク極東大会へ日本より代表者として徳田弁護士高瀬清吉吉田一君等四五人を派遣する旅費千円が来たらしい形跡、高尾平兵衛君の予審調書中「問、オ前もイルクーツクへ行つて金を貰つて来たのではないか、千円も持つて来たと云ふ人があるがドウだ。答、ゴ冗談でしやう」との問答あるも、之を要するに前後合計壱萬円には出でぬらしい。金壱萬円也で日本が亡び国家が潰れるか否かは別問題として、兎に角之れでアノ不評判極まる問題の取締法を拵へる事はヨモ出来まい、ソコで
   二、政府も止むなく手品
を遣ひ宣伝を試むる事にしたと見へ色々の事をやつてる。先づ第一番が新聞の宣伝で、近藤の逮捕、同盟の解教、シエンコの退去以後頻りに「主義者の大検挙」「根本徹底的の検挙」「全国に渉る不穏文書撒布」「爆烈弾」「大陰謀」等の大見出しが競争的に各新聞を賑かした。其内容を、観る人が観れば、出所はチヤンと解かる、皆政府即ち警視庁から出た記事であつた、が結果は皆同一で、大山は□動しても鼠一匹出た試しがなかつた併し人心がコーして撹乱されてる内にとあつて早速アノ法案の製造にかかつた。露国の過激派及び社会主義者を連想させる為めにと云ふ理由が勝つて、治安取締、朝憲紊乱取締、運動取締法等の名前を一蹴し、過激社会運動取締法と題された。無政府主義、共産主義であらふとなからふと、事苟も朝憲を紊乱する事項を宣伝する限り公平に之れを取締るは当然である、故に第一条は直ちに、凡そ朝憲を紊乱する事項を宣伝するものはと規定し、疑義多く無用有害の「無政府主義共産主義其他に関し」との冠詞は之を削除すべしとの正論もあつたが、ソレでは、非主義者アンチ主義者を看板に朝憲紊乱を宣伝する者に、コレはオレにも直接関係ある自分の事だと云ふ事がハツキリ解かつて反対する者が多くなるから、ソレをゴマカ為めに如何にも無政府主義者共産主義者計り罰する規定の如く、少々は無用有害でも別に金の減る事でないから入れて置けと云ふ論が通つた。明治三十年以来の法律新聞を持出し、其れに載つてる朝憲紊乱と秩序紊乱との判決二百五十余を指摘し、此朝憲紊乱と秩序紊乱との区別は結局判からぬと云ふが本当だが、ソレデも判決の多くが一致して居る処は、朝憲紊乱とは「国家社会の根本組織を破壊する事」で秩序紊乱とは「国家社会の組織を撹乱する事」である、此定義によると、第三条の社会の根本組織を暴行暴動に依り破壊する事項は明白に第一条に所謂朝憲紊乱である、然るに其刑罰の点に於て、只の口先紊乱は七年、重い暴動紊乱は五年とは如何なる血迷ひかと詰め寄つた者には、第三条の頭には無政府主義共産主義と云ふ文字がないからと答へたであらふが或は又世が段々進歩して朝憲紊乱にも甲乙丙が出来第一条は甲の上第三条は乙位の処で昔の秩序紊乱は之れからは丙種朝憲紊乱となるとでも答へたらふか、流石の私も此点は想像出来ぬ。若し夫れ衆議院を後廻しにした点に就ては矢張り同じく一のトリツクたる事を免れぬ、其れには僕の自信がある、僕がまだ
   三、岡警視総監
の清風高節を知らなかつた頃、日本社会主義同盟の事で二三回会見した事がある。其時総監は、オレは思想の取締に圧迫は駄目だと思つてる、従て社会主義の結社集会を許しても差閊へないと思ふ、が日本には貴族院と云ふ保守頑固の処がある、殊に今は議会開会中だし、若し議会でなぜ社会主義の結社を許し帝都の真中で其集会を許したかと質問されると弱るから、閣議では許さぬと云ふに決定した、と至極解かつた話をしたが、此話の間から、偖愈々となれば貴族院はイクラでもダマシ利用する事が出来るとの口吻を看取し得られた。又、昔私が明治法律学校で元明治大学々長だつた木下友三郎さんから行政法の講義を聴いたとき、アノ行政執行法は実は議会の議員をダマして拵へたもので、議員をダマスには貴族院から掛からねば駄目です、と云ふ様な述懐めいた事があつた覚へがある、之れ等が先入主となつた訳でもあるまいが政府が本案を先づ貴族院に出したは深い意味のある事と思ふ。ソレヤコレヤ又国務大臣政府委員の答弁、司法次官の弁明等を読めば益々本案は深い考慮を費し利害得失を考へ施行の結果を想ふて出来たものとは請取れぬ、デモ社会主義者撲滅の目的が達せらるものなら先づソレでよいが、其目的を達する事の出来ぬ事は既に多くの人がサンザン言ひ古した通りである。
   四、僕に残余の意見
を述べさへすれば元来社会主義者の宣伝は、ソレが主義主張に基くものであらふと、又は別に確信も執着もなく只面白半分にやつてる者であらふと、其者の心持は皆、落ちても落ちても、此度は此度はと只管逐鹿戦争に熱中し、負けても負けても、今に今にで相場を張つたりバクチを打つたり、懲りても懲りても、尚懲りずに人の女房を付け狙ふたり、瀆職収賄したりする者の心持と同一である、刑の少し位ひ重い事や、損や得や恥やゴボウは問ふ処でない、彼等は只知れぬ見付からぬと云ふ確信と萬一知れたら其次は上手にやつて見せると云ふ自惚と、犠牲者の感ずる無邪気な名誉心と、ナニ近い中に陽気は変り浮世は進み、案じるより泥鰌汁だとの安心よりやつてるのである、尤も中には驚いて逃げる者もあらふ、がコンナ種類の人なら吾々が心配して法律まで拵へて騒ぐ必要はない。彼等の多くは本案が成立した処で、コレに引懸る者は只マサカ乃公はと内心特権を得意に自惚れてる不用意の学者新人思想家であつて、彼等ではない事を知つてる、森戸山内木村青木諸氏の類であつて、山川大杉堺の徒でない事を知つてる、彼等は彼等には帝国憲法発布以来漸く言論出版思想集会の自由が認められぬ事を知つてる、深夜自宅の床から浮浪罪で拘引せらるるは彼等である自殺の虞れありとして保護の為め検束殴打せらるるは彼等である、仲間喧嘩をして治療全快四時間に達するコブを生ぜしめたりとの理由で被害者の赦免願を無視して直ちに起訴収監処罰せらるるは彼等である、白昼公然数百の徒党が警官監視の下に自動車を飛ばし旗を掲げ白刃を振るい彼等の集会を襲ふて石を投げ家を壊し数人を負傷せしめ遂に其一人を刺したが只一人の下手人を拵へたが何等騒擾罪を構成しなかつた、彼等に対する殺人未遂は直ちに執行猶予となり、氏名判明せる共犯は見逃され放免の翌々日は案の定再び脅迫に来た、彼等を取締る法なき適法の彼等の行為の為め彼等は適法に数ケ月間拘禁された、彼等には人権も法律もなき代りに迫害と圧迫とがある、若し本案を以て真に七年以下五年以下にて彼等を保護するなら彼等は本案により初めて法律の保護を受けたりと謂ふべきである。要するに本案は
   五、所謂学者新人に関する事で
社会主義者に関する事でない宜なる哉反対運動は先づ学者新人側から猛烈に起つた、僕は例により、議会の武勇猛闘、民衆と巡査との喧嘩、利権壟断の焼餅、代議士検束の実物教授、等を頗る嬉しく面白く見物する如く、諸君の運動態度を独り悦に入つて高見の見物で、傍ら本案通過の暁は、本法も治安警察法、新聞紙法出版法、爆発物取締規則、警察犯処罰令、行政執行法、刑法中の内乱罪不敬罪、騒擾罪等を打て一丸とした、社会運動家必携、社会運動取締規則解説、一名「無罪で運動の出来る秘伝」定価金壱円、送料十銭と云ふ様な本を拵へ一儲けする事を誰かに勧め度いと考へて居る。が又翻て考へて見ると聊か真面目になつて来ない訳でもない。学者新人諸君が熱心に本案に反対するもソレは悪い事ではない罪になる事ではない、イヤ実際諸君の死活に関する問題である、只諸君自身の死活に関する問題である、故に諸君が諸君自身のみに関する事として論議するは実に聞き苦しくない、一向癪に障らない、只諸君が口を開けば直ちに文化の為だ民衆の為だと他人の為めにして仕舞ふのが気に喰はぬ、吾々民衆は吾々無産者階級の者はコンナ法律が何百出来ようとチツトも困らぬ、吾々は朝憲紊乱の宣伝で飯の食へる身分ではない、ソンナ事を営業にして居る閑人があつたら殺して遣り度い位である、真に吾々無産者、即ち諸君が一口に云ふ労働者に対する
   六、天下無比の悪法
は過激運動取締法でなく、違警罪即決例である行政執行法である、吾々多数は過激法などに関係出来るソンナ贅沢な身分ではない、併し身分相応の違警罪即決例と行政執行法とには殆んど弱つてる、代議士が検束されたと云へば議会の問題になる、新聞記者が検束と云へば署長が謝まる六畳一室に三十人詰め込まれ録々便もたせず寝る事も出来なんだと云へば世間は驚く、併し吾々の実験はソンナ事位朝飯前だ、極軽微の事だ、巡査を下等視し無識階級視し之れを見縊り見下だす事の出来る上流階級の諸君は巡査もコワからず憎からず寧ろ憐むべし等云へるだらふ、諸君は恐らく検束拘留の蒸し返しも、其方法も、即決処分は巡査部長がする事も、一応の取調もない事も、正式裁判の申立は事実に於て許可を要し、事実に於ては大概は絶対に許可しない事も、先日宮古代議士は即決処分が年に六十五萬件だと云ふ政府委員の答弁に驚いたが、コレは蒸し返しを一件としての報告で実際は百萬件以上だと云ふ事も、東京の裁判所で言渡す懲役禁錮の延日数は東京の警察で言渡す拘留検束の延日数に劣る事も、御存知あるまい、裁判所へカカル様なデカイ悪い事は大概紳士諸君が引受けて下さるから取扱も可なり丁寧である、少しの事でも人権で騒ぐ、オマケに金持等のヤリそうな犯罪なら金出せば陪審にも付すと云ふ。反之巡査を旦那扱ひにする吾々労働者は少しでも旦那の機嫌を損するも、名目は何とでも付けられて、別荘と称せらるる監獄を羨みつつ留置場に詰め込まれる、此処には人権もなければ蹂躙もない、自分も騒げなければ人も騒がない、暗から暗へ又帰つて来れたのがモツケの仕合である、若し諸君に一片の同情と他愛の良心と正義の義憤とがあつたら直ちに過激法の反対や陪審法の賛成や治警の改廃や普選の高唱等の運動を止めて、明治十八年以来古今無比の悪法たる即決例廃止執行法改正の運動を起して貰ひ度い、ソレとも、社会風教の為め女中に何十萬かの株を分与した中橋文相を信じた諸君は警察官には人権蹂躙其他不都合の行為が絶対にない、との責任者の弁明を信用するか ソレなら勝手にし給へ。
<以上は、山崎今朝弥氏が著作者である。>
<旧仮名遣いはそのままとし、踊り字は修正した。旧漢字は適宜新漢字に直した。>
<底本は、社会問題資料研究会編『中央法律新報第二巻上』(東洋文化社)981頁、底本の親本は、『中央法律新報』(中央法律新報社)第2年(大正11年、1922年)第6号9頁>
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