不敬罪とはどんなものか


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不敬罪とはどんなものか
         弁護士 山崎今朝彌
 今し方、法律新聞と同時に十二月十五日の中央法律新報が配達された直に封を切つて、飛び読みして行くと、ガーンと私の頭に響き同時に目の廻りがボツとして、倒れる様な気持になつた一項があつた。一度に読んで了ふは惜しくて二度にも三度にも読んで漸く冷静になつた。
 問題は十九頁の『松山の不穏文落書事件』だ。実際僕も、天長節の日に松山市十五ケ所に不穏の落書をした者があつて国中、上を下へで大騒動との松山電報の新聞記事を見て、アー之れも亦例のと思ふてると、二三日過ぎて十九才乃至廿才の青年四五名が捕へられたとの記事が出た。之は困つた、ヒヨツとすると又例の恐懼蒼惶不敬罪にでもするかと案じてると、案ずるより来るが早く、四五日すると、五年二人三年二年の判決電報があつた。マサカと思ふたがドノ新聞にも書いてある、ソレでも今迄僕は之れを信じなかつたが今は中央法律新報の記事を見ると、愈以て事実らしい。事実として偖諸君之れを何と見る。不穏落書と新聞にあるからは不敬罪を構成するに足る文句だつたと往生しよう。併し諸君、十月卅一日の犯罪が十一月四五日に検挙され十一月十二日に判決言渡があつたのだ。如何に裁判官がノンビリした田舎判事て、如何に不敬罪が簡単軽微の犯罪で、如何に三年五年の懲役は、初犯の青年や未成年者には大した刑罰でないとした所が、僅か半月足らずの年月間に此重大事件を片付けたは、果して周章狼狽しなかつたらふか、果して迎合阿世しなかつたらふか、果して恐懼戦慄しなかつたらふか、果して呆然自失しなかつたらふか、被告に充分弁解を蓋させたらふか、審理は鄭重を極めたらふか、弁護の機会を与ふるに少しも遺憾はなかつたらふか。一体其判事はドナタとドナタか公然名乗つて貰ひたい。
 僕はナニ之れ一つ位でソウ腹を立てる訳ではない、実は僕は不敬罪専門の位、不敬罪の弁護をして見たが(而して之れが至極案に相違して不思議にも社会主義者は一人もなかつた)ドノ事件でも不敬罪と云へば裁判官が少し乗つてる様に思つた。新聞紙法及出版法上の不敬罪には不敬の意思を必要としないが、刑法上の不敬罪には犯人に不敬の意思ある事を必要とする、事すら知らぬらしい。よし知つてるとして、ホンマにドウも其気になれず、悪い方へ悪い方へと解釈を持つて行きたがる。親友が軍隊で古年兵に極度にイジメられるを憤慨して態と軍隊の□に見せる為に端書で其親友に宛て君をソンナに苦しめる者は却て陛下の徳を傷くるものだ、との意味を円曲に書いた事件も遂有罪になつた。校長を陥るる為め御真影を隠匿して不敬罪になつた例も二三件ある。勅語のある額椽に貼札をしたから不敬罪だとて一年半の懲戒に処したは富山の裁判所で詳細は半月計り前の新聞にある。
 僕はコンナ心理状態を知つてるから今度の高澤正道の『お目出度』不敬事件も、公然首を賭けて其無実を保証した訳だ。警視庁では○○事件も大陰謀事件も物にならなくなつたら此不敬事件はドコ迄も責任を負ふと云つたと云ふが、僕は今でも尚断然警視庁の責任即ち辞職に対して、無実に首を賭ける。聞く処によれば警視庁でも今は、其不敬事件の無罪を思ひ煩ふて、私かに責任回避を企て最新の日本共産党秘密結社並に出版法違反事件に世の耳目転換を宣伝してるとの事ではある。
 不敬罪に対する判事の心理作用は此度の日本共産党事件にも現象した警保局長や警視総監の公表する処によると、十一月十二日の夜を期してあのビラ貼を全国一斉にする事は早くから分りビラも早くから押へた。併し其れを早くから発表すると一網打尽の検挙が出来ぬから、其日迄隠し切り十一日の夜漸く其出版物も秩序紊乱で頒布禁止の処分に付した、して私かに十二日の夜、網を張つて待つてた、と云ふのである。流石は東京だ、十人か二十人の現行非現行を捕へて、名の付け様がないから浮浪だの掲示だのと色々の名目を付して、画一的に廿日乃至廿九日の拘留に処し、只正式裁判の申立だけを許可しなかつた(本人から提出した申立書は皆焼いて仕舞ふたらしい)。然るに横浜と云へば田舎でも都会地だのに、其処の裁判所では其の非現行犯人を秩序紊乱の頒布禁止物頒布の出版法違反として、公開を禁止して裁判し、禁錮四ケ月を言渡したとの事だ。断つて置くがイクラ田舎でも其出版物が禁止されたるを知つて之れを頒布したでなければ罪にならぬ事は知つてる、他所はイザ知らず東京では、いま時秩序紊乱事件や禁止物頒布の出版法違反事件で公開禁止をする判事は薬にしたくもない。然るに横浜地方裁判所の判事がコウ周章狼狽したのは蓋し恐懼蒼惶した所以であらうか。即ち其後発見した朝憲紊乱の出版法違反で多数が検挙されたり予審へ廻されたりして新聞や東京で大騒ぎしてるのを見、之れはテツキリ此のビラ貼事件と同一事件だと合点し、東京に負けず重く有罪にしなくてはなるまいと勘違ひをした結果だと思へる。
 議会の懲罰も刑罰である、初期の議会に於て懲罰に附せられたる者は皆不名誉の感がした。併し多数が多数を恃んで横暴を逞ふし、横車を押す様になつてからは、議会の懲罰は一種の名誉となり羨望の的となつた若し我輩に汝何故に議員になり度きやと問ふ者あつたら我輩は直ちに懲罰に附せられ度為也と答へる。昔は国賊の一語能く人を葬つた、不忠の一語よく人を陥れた。併し盛んに濫用して屢々奇効を奏した今日の今は果して如何。仏の顔も三度、噫矢鱈に忠義面する者よ今改心して度胸を持つにあらずんば、仮令後悔しても到底駄目の事あるべし。まだまだ言ひ足りない事は沢山あるが、愈々十二時が打つた、今夜も亦眠られぬべし。
 終りに僕はアノ一文を載せ得た貴誌と、之れを書いた記者とに満腔の尊敬を払ふと同時に、背景と周囲と事情とか最も相応はしい貴社が敢然として何時か『不敬国賊号』でも発刊し、大に世を警められん事を希ひ以て新年の辞に代ふと爾か云ふ。
<以上は、山崎今朝弥氏が著作者である。>
<旧仮名遣いはそのままとし、踊り字は修正した。旧漢字は適宜新漢字に直した。>
<底本は、社会問題資料研究会編『中央法律新報第二巻上』(東洋文化社)844頁、底本の親本は、『中央法律新報』(中央法律新報社)第2年(大正11年、1922年)第2号16頁>
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