尾佐竹猛君と平松市蔵君と


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尾佐竹猛君と平松市蔵君と
 人として秀才でない者はありません、女にして美人でない者はありません、尾佐竹君も明治大学秀才中の秀才です、当時流行の法曹会討論問題のビラ下に白鳥徳利を赤黒く塗つて逆にした雁首から矢鱈に白い泡を吹いて、短かい袴から赤い丸い足を出して盛んに議論の中心となつて居た書生さんは尾佐竹君です、何の必要からアノ顔の中にアノ目元と口元が存在するかとの疑問を懐いた愛嬌を以て幾百の野次を沈黙せしめ、学は東西を極め識は古今を貫くの議論をした弁士は尾佐竹君です、首席優等を以て学校を出で直ちに判検事試験に及第する、自ら好んで無給試補となり東京に留まる、今も尚癖であるが如くすぐ役にも立たぬ金にもならぬ事柄を飽迄研究する、校友からは明治大学が第一に出すべき博士の候補者と評決されました人は尾佐竹君です、其後強固不抜の意思を以て終始一貫陪席判事に志し、事物の解釈法を知らぬ校友からは多少期待に背いた人の如く感ぜられ、今は其事に第一に指を屈せらるるは水口ドクトルでありますにあらずして却て岡田ドクトルでもありません、矢張り尾佐竹君であります。私が伯爵になつたり博士になつたりした事は大した名誉でも出世でもありません又重大の意義を有するものでありません、併し尾佐竹君の博士になる事は深い意義があります、私は尾佐竹君の博士になる事を希望致します。之れを考へるに就ても反逆性の私は第一日本とか云ふ国の人の心理が嫌いです第二明治大学当局者の態度が癪です第三尾佐竹君に洋行費が無いのが気に喰いません。
 東京弁護士中には常に相反せる二の潮流があります、自己の性と質とに適応する方法を以て頻りに営業的に広告する者と営業的広告を卑観し人間生活に依り敢て自己を天下に広告する者との二、平松君は後者に属します、大に愛嬌を振りまき時々権利を放棄し盛んに人心を収攬する者と矢鱈に強情を張り決して一歩も譲らず大に手腕を振ふ者との二、平松君は後者に属します、人に利用さるるを恥辱と推定し損害と見做し兎角責任の地位を回避する者と先棒は実権の隣家なる法則を悟得し好んで矢面に立つ者との二、平松君は後者に属します、後者属の人にも二個の流派があります、人に憎まれ人望を失し馬鹿阿保生意気と笑はるる者と愈々手腕を認められ益々信頼を博する者との二、平松君は後者に属します、平松君は明治十三年生れの辰年であります、地方裁判所の弁護士控室には明治十三年生れの辰年弁護士四十の名が並べてあります、其中で、美人の又は持参金付の妻運が一番よいのは平松君ではありません、収入の一番多いのは平松君ではありません、政治的に又は社会的に一番活動して居る人は平松君ではありません、併し一番役に立つて一番未来のある人が平松君であります。
<山崎今朝弥著、弁護士大安売に収録>
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