辞職解職の場合

辞職解職の場合
      雇人自ら追ん出る時
 雇傭契約には雇用期間を定めたものと定めぬものとある。丁稚奉公、弟子入、見習契約及び女工契約等には期間の定めあるが多いが他は大概年期又は期間の定めがない。前にも述べた通り一の掟に過ぎない契約証にある年期の如きは実はホンマの年期ではない。期間の定めがあれば其期間中働かなければならぬ、が雇主の約束不履行、働主の病気家庭の事情其他已むを得ざる事由あるときは即時辞職が出来る(民法六百廿八条)已む事を得ざる事由が無くとも若し其契約期間が五年以上なるときは五年以後は何時にても勝手に辞職が出来る、尤も弟子奉公、伝習契約等の場合は五年でなくて十年となつて居る(民法六百廿六条)但し今日スグ之れから暇を呉れと藪から棒では無理だ、三ケ月前に申出よとしてある。(同条第二項)
 雇傭期間の定めなき普通の場合は二週間前に予告をすれば何時でも辞められる、二週間の予告期間を置いたは雇主をマゴ付かせ又は其れに損をさせぬ為である、従て働主に已なき事情あるときは予告なしに暇が貰へる。其れは期間の定めある場合でも定めなきときでも同じである、契約の期間の定めはなくも給料が期間で定めてある場合即ち月給年給等の場合は二週間の予告では足らぬ、必らず当期の前半期に於て次期以後に暇を貰ふとか辞職をするとか申出るか、又は三ケ月前に予告をしなければならぬ(民法六百廿七条)勿論の話であるが此二週間なり三ケ月間なりの予告期間中はまだ働主であつて賃銀を取るのであるから働主は仕事をしなくてはならぬ。併し雇傭期間の定めのない契約の場合は予告を要せず直ちに暇が取れるといふ慣習になつてる仕事の方が多いから実際上は予告なしに追ん出る者が多い。
 働主自ら追ん出る時は仕事をした日迄の給料は貰へるが、退職手当とか賞与金とかに付ては雇傭契約条項又は身売先なる雇主の御家則に依る外はない。のみならず前述の予告すべき場合に拘はらず予告なしに暇を取りたるときは、若し御主人に損害ありとすれば其損害を賠償しなければならぬ。其れ処ではない現今職工等が雇主に差入れある多くの契約証書の文面に依れば、多くの場合に於て働主は働いた給料や積立金迄没収されて仕舞ふ様である、が之れは畢竟無効の約束で此部分は反故になる事と思ふ。
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 雇傭契約は労務に対して報酬を支払ふ契約であるから労務員が仕事を為なければ義務の違反である。此場合即ちサボ又はストの時などは雇主は民法五百四十一条に従ひ相当の期間中に就業又は精勤すべく催促し其期間内に就職又は精勤せざるときは契約を解除する事が出来る、解除すれば解除した日以後の給料は支払を要しない、退職手当賞与金等手製のままである。只弱る事はサボの時何人がサボり居るや知れざる事である、全体ではサボが判明したとて全部の人が惰けているとは云へぬ。又相当の期間は何日であるかも問題となるが、私は雇傭期間の定めのない時の如きは予告期間たる二週間、期間を以て報酬を定めたる場合は三ケ月以内の契約期間の半期が相当であると思ふ。期間を定めてある場合も之に準じ例ふべきであると思ふ。
 雇主が人を雇ふには其人を試験して雇入るるが普通であるから仕事をする人は必ず試見した人、換言すれば契約本人でなければならぬ、故に働主が勝手に人を代へた時は雇主は直ちに雇傭契約の解除が出来る。此場合の給料手当等前の場合と同じである。
 雇傭期間を定めてないときは何時でも解約の申入が出来る事働主と同じである。申入から二週間経てば働主でなくなり雇主でなくなる、従て其後は給料支払を要しない。雇主が暇を出すと云ふには多くの場合働主との間に何か面白くない事があるに相違ない例へばサボ、ストのように。此場合は二週間前に解約を申入れて其間働いて貰ふよりも一ソ二週間分給料を支払ふて、モウ来て貰はぬ方がよいと云ふて二週分の給料を渡して即日解雇の辞令を出すが普通である。此場合の給料を俗に退職手当と云ふてる。(民法六百二十六条第二項、同六百二十七条第三項の場合は三ケ月、六百二十七条第二項の場合は二週間以上三ケ月以下分の給料が即ち所謂退職手当なり)故に特別に退職手当の定めなきときは前述の退職手当より外に手当は取れぬものである。尤も多くの所謂模範工場に在ては退職手当なる規定があつて勤務年限、給料額等によりより多くの退職手当を給すが、悪い雇主になると雇入の際何時解雇さるるも異議なしとか又は一週間分の手当を給するとかの証文を取り置き、裁判の際には其れを出し苦情を付けるが常である。
 雇傭期間の定めあるときは其期間内は解雇が出来ぬ、とは云へ働主自ら追ん出る場合と同じく五年若しくは十年以上過ぎれば期間の定めないと同一になる。期間中解雇の出来ぬは当然なるが已むなき事由あるときは此限にあらざること尚追ん出の場合の如し。民法六百二十八条には当事者が雇傭の期間を定めたるときと雖も同じく已むことを得ざる事由あるときは云々とあるが、当事者が雇傭の期間を定めざるときと雖も同じく已む事を得ざる事由あるときは予告期間を要せず直ちに解雇が出来る事と思ふ。
 尚雇傭契約に於て損害を賠償するの何のと云ふた処が実際上の問題としては給料を払ふか払はぬかの問題で他に損害の生ずる場合は先づないと云ふてよからうと思ふ。
 終りに前来述べた内解除と解約とは同一で解雇と共に直ちに雇傭関係を断つ事、解約の申入とは何ケ月又は何ケ日後には雇傭関係又は主従関係が無くなると云ふ事を申込む事の積りで書いた。
<山崎今朝弥著、弁護士大安売に収録>
最終更新:2009年10月25日 22:23
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