準備書面

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準備書面           原告 山崎今朝彌           被告 山川秀好  右当事者間大正八年(ワ)第九百号名誉回復事件に付原告の準備左の如し(註一)  (一)原告は他人より常に、君、様、殿、閣下、伯爵、等の敬称を受くる者なれば被告に此野郎と呼ばれたるに付ては人一倍に侮辱を感ず(甲第一号証)  (二)被告の侮辱言が若し原告の売言葉に対する買言葉に過ぎざるものなるときは原告の本訴請求は畢竟無理の訴訟なり、故に原告が請求の原因第四項の挨拶を為すに至りたる前後の事情を明かにするは本訴に於ては決して無益の業にあらざるべし  (三)本講演会は最初五十人位の聴講者を目的としたる小規模のものなりしが、此種の会合に対する時代の要求は意外に強く、聴講申込者既に三百を突破して将に四百に垂んとせるより、被告は甚く之に驚きたるものか、八月五日頃突然原告に種々の事情を訴へて種々の注文を持込み、原告は止むなく被告に同情し泣き乍ら実に左の屈辱的紳士契約を締結したり(註二) 1聴講者を百人に制限する事 2売買譲渡勝手たるべき無料聴講券十枚を被告に贈与する事 3原告書生の如く仮装したる巡査が来会者の氏名を書取る事を原告に於て黙許する事 4原告は速記者を雇はざる事、其代り原告の必要なる速記謄本は原告が自由に買取り得る事 5原告は責任を負ふて講演が過激に渉らざる様講師に交渉注意する事 6原告が責任を負ふて聴衆を喧騒せしめざる事 7被告は原告の誠意に対し尊敬を払ひ誓つて不当の中止解散をなさざる事  (四)講演は八日、九日と先づ無事に済みたるも被告の為したる初日の注意振りには大に非難ありたるのみならず、原告は、被告と講師荒畑寒村氏とは其性質上必ず衝突を免れざるべしと信じたるを以て種々の方策を廻らし、辛ふじて十一日も漸く事なきを得せしめたり(甲第二、三号証)  (五)然るに十三日に至り天候険悪となり講師山口孤剣氏が、維新史の経済的説明に於て、昔の大名は金を借りてる富豪には頭が上らなかつた。と論じ来るや被告は突然中止と叫び居眠りせる聴衆は為めに其静粛を破られ、次で登壇せる宮武外骨氏の、江戸時代に於ける階級思想と穢多は未だ本論に入らずして中止され(甲第四号証)翌十四日の山川均氏の講演の如き殆んど開口と同時に理由なき中止を喰らひたり(甲第五号証)而かも原告の依頼に応ぜる聴衆はムツ乎として一言も発せず之を忍びたり  (六)原告は十三日以後に於ける被告の態度と其以前に於ける被告の態度に雲泥の差あり其容貌も亦著しく相異し来りたるを見て、或は他人の悪戯、投書等により感情家たる被告が何か本会又は原告に対して誤解を懐きたる結果事茲に至りたるにはあらずやと疑ひたる故態々被告に面会を求めて其事を質したるも被告はブン然として更に和らがず  (七)右の事情及警視庁よりの特派官すら原告に対して、被告の処置を非難し原告に同情せる言を吐きたる等よりして、原告は十五日の講演は必ず解散と直覚し、同日は早朝より治安警察法及刑法等を通覧し解散に対する処置を冷静に研究し、然諾の二字を重んじて必らず聴衆を喧騒せしめざらん事を覚悟せり  (八)予期に反して解散にはあらざりしが、果せる哉其夜は、如何なる場所如何なる時に於ても曽て注意をだに受けたる事なき教界の名士西川光二郎氏の、日本労働運動史は詰らぬ処に於て忽ち中止となり(甲第六号証)続く講師室伏高信氏の社会民主々義の批判は全く不法にも水を呑みたるのみにて中止を命ぜられたり(甲第七号証)  (九)此場合常に卑屈と遠慮とを以て聞へたる原告が、主催者として慎重に冷静に深思熟慮の結果になれる、請求の原因第四項の挨拶をなしたればとて決して出過ぎたる事にも言過ぎたる事にもあらず、従て原告に何等の過失あるなく(註三)之れに対し野郎呼ばりを以て酬ひたる被告は全く理由なく原告を侮辱したる者なること頗る明かなり  (十)尚必要なる範囲に於て其後の事情を述べんに、原告は聴衆及講師と共に其夜原告自宅に引揚げたる後室伏氏の講演を継続したるも之を探知せる所轄愛宕警察署は臨監等する様の事をなさず又翌十六日は(統一教会借受の契約は十五日迄なりし故)講師大杉栄氏の講演会(題は社会改革の哲学)を有楽町に開きたれど之を知れる所轄日比谷警察署も亦臨監せざりし事等より推測すれば、被告の臨監中止の不法なりし事益々明なり  (十一)前述の不法ありと雖も原告は被告を、相手に不足ありと信じ、事を起すを好まず今日迄打捨て置きたる主たる理由は、実は曩に聴衆を百人に制限されたる当時より既に原告に、平民大学講演集発行の計画ありたればなり(註四)  (十二)然るに被告は前記の契約を無視し故意か不注意か、単独か通謀か原告に速記謄本分与の手続を尽さず(甲第八号証)原告は恨を呑んで右の計画を放棄するの止むなきに至り(甲第九号証)講演会は徹頭徹尾不成功に終り全く被告等に仕て遣られたる形となりたれば、曖昧なる被告の転任のみを以て満足する事能はず(甲第十号証)茲に権利に基き本訴を提起し聊かなりとも鬱憤を洩らし以て自ら慰めんとする次第なり       立証方法 甲第一号証を以て原告社会上の地位を証す 甲二、三号証を以て原告が契約履行に忠実なりし事を証す 甲四乃至八号証を以て被告処置の不当不法なりし事及び挨拶の正当当然なりし事を証す 甲九、十号証を以て本訴提起の止むを得ざりし事を証す  大正八年十月十一日    右 山崎今朝彌 東京地方裁判所 御中       註  (一)準備書面は口頭弁論の準備の為めに作成する原告又は被告の書面なり。(ワ)(ハ)等は事件の性質や裁判所の種類に従ひ設けたる符号なり  (二)此の契約は個人と個人との契約とは少しく異る  (三)民法第七百二十二条第二項には、被害者に過失ありたるときは裁判所は損害賠償の額を定むるに付き之を斟酌することを得、とあり、故に原告に不法不当の事あり之が為めに被告が野郎呼ばりしたるものなるときは裁判所も幾分之れを斟酌せざるべからず  (四)百人や三百人にては到底収支相償ふものにあらず講演集五千部以上を発行発売して漸く収支相償ふ計算なり <山崎今朝弥著、弁護士大安売に収録>

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