被告欧打事件

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被告殴打事件  拝啓 十一日公判の[甲野]事件十日早朝本人態々出京候、貴殿に送候一点限の趣意書の控と到底駄目の意見書とは持参候、帰阪を勧候処帰らず候、翌朝又来候、花見を勧候処応ぜず候、裁判所へ同行候、面白い控訴院の刑事傍聴を勧候処聞かず候、折角故私も出廷候、[甲野]は傍聴候、長弁論の次が私の番で候、書面通りに候、直ぐ記録閲覧室に帰候、間もなく給仕が控室迄と呼に来候、参り候[甲野]が泣候、叫候、私に喰て掛り候、私も怒候、私の拳と[甲野]の頬とが衝突候、私は再び閲覧室へ戻候、聞けば[甲野]は私が法廷を退くや否傍聴席に突立上り、私が一言も弁論せぬと泣出し、猛り出し狂ひ出し、判事の命で廷丁が漸く廷外へ連出したとの事に候、廷外でも尚泣騒ぐ故給仕が私に賺かして貰ふ為め呼に来たとの事に候。  考へれば気の毒でした、面倒がらず上告の性質を説明すれば宜かつたのです、磯部博士の事として人口に噲灸してる如く、拇指で後方を指し、残の四指と目で裁判長に語り、弁論をすれば宜かつたのです、廷外に待たし、第一番に頭を下げ、見えぬ故弁論を済まして仕舞ふたと云ふ習慣法に倣へば宜かつたのです。此事実を見聞した大概の人は、私に対して之が一の気の毒の事実であつたかの如く思ふてます、此事の直後他の廷丁は私に、新潟の松井弁護士と共に出廷した時、趣意書も弁論も簡単明瞭でよいと部長が賞めていました、弁論には出ぬでもよいと云ひました、と語りました、裁判所も亦気の毒だつたと思ふてるのかも知れません、併し私は之を面白かつた愉快だつたとこそ思へ、自分が不名誉だつたとも厭な思をしたとも思ひません、只[甲野]が遂了解せずに終るかと其のみが気の毒でなりません、貴殿から何卒其辺を納得する様説明して頂き度いのです、何時か書かうと思ふてましたから、丁度此末節を利用して、之を書いたのです。  四月卅日    山崎 天野弁護士 殿 <[ ]内仮名> <山崎今朝弥著、弁護士大安売に収録>

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