3.11・偉大なる低能

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偉大なる低能 前編 僕の・・・・・・でありたい事  (一)(法律家)としては、常に法律界の異端者、弁護士界の反逆者でありたい。  (二)(社会運動者)としては、何事にも黙々と賛成する相談役でありたい、どつちにも味方となれる喧嘩の仲裁役でありたい、如何なる屁理窟にでも感心出来る苦情の聴役でありたい。  若し夫れ(三)(家庭の人)としては、何にも知らない唯々諾々の好々爺でありたい、圧制極まる純粋無垢の専制君主でありたい。  これは僕が、昨年暮某誌の創刊号によせた、貴下の・・・・・・でありたい事、と題する問合せの返答である。其後其雑誌は見た事がないが、僕は実際、反逆を好み喧嘩をすく。平和を愛し抵抗を厭ふ。自由を求め専制を欲す。僕の『偉大なる低能児の化石』も、遠く源をこれに発し、流れ流れて漸くここに問題に入つたのだ。 森下代議士の除名と見舞状  けふの新聞には、日本弁護士協会はトウトウ貴下を除名したとある。  協会員たる事が左程名誉でありません以上、除名も左程不名誉でありません。世の識者は多く貴下に賛成してゐます。此機会を利用して益々民衆の為め努力し其盛名を専らにせられんことを熱望します。別途「平民法律」赤印の点も、協会では問題中だとの事ですから、僕も追付け御伴します。尤も僕のは、今迄、協会の人権蹂躙騒ぎは、金持の為めにのみするのだから総て気に喰はぬ、貧乏人などからみると、富豪金持がタマにアンナ目に遇はされる事が痛快でたまらぬ、と云ふのですから、貴下のが、金持の為めにお上に逆らふてはよろしくない、と云ふ官僚的であるなら、其れは根本に於て二人は違つてぬます。  代議士弁護士森下亀太郎氏は、帝国議会で、京都瀆職事件の際人権蹂躙で騒いだ弁護士の声の中にも報酬が多少雑つてるとシヤベツて、弁護士を侮辱するとの理由で協会を除名された。僕のは、『若し本件が三井三菱にあらず、又は富豪と云ふ程にあらずとするも、兎に角有産階級の人に起りたるものとせば如何、弁護士会の如きは直ちに蟻の甘きに集ふ如く、得たり賢しと、民事大家迄が、平素売名家と冷笑する熱心の常連を推し退けてまでも、人権蹂躙を叫はん、無産者なるが故に弁護料なきが故に本件を不問に附すとせば、司法権も糞もあつたものにあらず。』と云ふ一節(「弁護士大安売」日比谷警察人権蹂躙訴状参照)が悪いと云ふのださうだが、平素の素行が良いからと云ふので、除名猶予になつてるさうだ。 青木博士の事件と僕の手紙  世界には偉人があります、正義の為め真理のため、人のなし能はざる事を敢行します。日本では事国体に関するとなると、関すると否とを論ぜず、其善悪是非に拘はらず、之を沈黙に付するを例とします。先生は日本の偉人であります。先生は人の敢行し能はざる処を敢行しました。併し先生の偉人はまだ確定しません、試験は一にかかつて今後の態度にあります。中途ヘコタれ、確信なき哀訴歎願行為に出づるに於ては、商法学者必ずしも刑法を解せず、自分の地位を妄信して無茶の事をしたに過ぎず、との嘲笑を買ふにすぎません。某氏然り、某々氏又然り。切に先生の御自愛を祈ります。    ×   ×   ×   ×   ×  初め脱兎の如き勢を示した先生の談話を新聞で読みまして誠に嬉しく喜びました。先生の偉人が確定すると思ひました。然るに承りますと、先生は、先生を心配する多くの友人の弁護を断り、極少数知名の弁護士の弁護に甘んずるさうですが、之れは非常なる先生の心得違ひと存じます。是非先生の御熟考を願ひます。  私も此頃問題の論文を見ました、あれは確かに有罪となります。今の判事がどうしてあれを無罪にし得ませう。既に有罪として弁護人を付するからには、何か目的がなくてはなりません。悔悟謹慎、哀訴歎願、只管同情を求め憐愍を乞ふなら、「静かに温和しく、騒ぐなあやまれ、御手数かけずに御慈悲が第一」と常にオツシヤられる、老人心理官僚心理、有閑支配階級心理の持主に従ふに限ります。併し其れでは先生が立たなくなります、偉人が凡人となります、商法学者が刑法を知らなかつたことになります。それよりは先生の意見学識で凡人を教へ導くがよろしい。判検事を教育するがよろしい。判検事を教育した処が僅か三四人です、弁護人の四百人も付けて之れに傍聴させるがよろしい。之れが一種の裁判所教育方法にもなります。否先生が真実先生の新しい鋭どい処を弁護して貰ひたいと云ふなら、その気分を味ひそれに共鳴し得る新進気鋭の弁護人でなくては迚も駄目であります。自分から悪かつた失策つたと卑下すると、人もさう思ひます。すると気の毒になります、気の毒なら遠慮して誰も、より付きません、門前雀羅を張り事件が衰退します。有罪無罪は裁判所できめます、先生に関係はありません、世間には関係しません。断じて行へば鬼神も之れを避く、先生が威張つて通れば不景気は引込みます、世間は評判します、門前は市をなします。偉人凡人天下岐れ目の関が原であります。どうか先生の終りが処女の如からざらん事を祈ります。  何でも匿名で併し後日の為め自筆で-三四通出した様に覚へてる。青木博士慰労会と云つたような会合が、僕の発企で開かれた、其時は中々の大元気であつたときいた。発企人の僕には遠慮してくれとの事であつたから出席しなかつた。青木君は事件のために、事件がへつてシヨゲ出したと聞いたから、コンナ手紙も書いた。被告人心理が勝つて僕の考などは一顧もなく、コソコソと大審院で四ケ月になり、本月初め(今は大正十一年八月十六日で、茅ケ崎は盆だ)仮出獄で出たと新聞にあつたが、裁判の模様は知らない。博士の感想も聞かない。 協会を代表して江渡君に答ふ  日本弁護士協会に対する江渡弁護士の非難に対して「協会の一人」が二十日夕刊の本欄でお答をしたが、アレは吾々を代表した意見でないから不悪御承知を乞ふ。実はアレがアノ人の、くせで、吾々も殆んど常に困りヌイてる。依て東京弁護士協会長たる私は、独りで自ら進み日本弁護士協会をも代表してお答へをする。  協会が京都事件に起つた理由は、全く世間一般が確信する如く、二三の人の弁護料の為めである、からではない。所謂紳士紳商高位高官富豪金持の被告たちが、案に相違して優遇を受けず人間並の取扱を受けたに憤慨し、驚愕し、熱涙を流して商売関係、友人関係、主従関係の深い諸君に其不法を愬へ、其弁護人諸君が同種相扶け同病相憐むの心理作用から、哀心之れに同情して大に起たざるを得なくなり、利害関係又は其境遇を同ふする諸君が、之に附加随行したに外ならぬ。協会が神戸の労働事件に起たなかつたは、決して君等を信用し君等に任せて置いたからではない。起たなくとも差支のない理由があつたからでもない。只起つ気になれぬ理由があつたからである。勿論労働者が警官に斬られたからとて殺されたからとて、金持が豚箱に待たせられた程、金にも事件にもなるものでない。併し吾々はソンナ金や慾の事を考へる程気にも留めなかつた。考へても見給へ、行列を警官の馬蹄に蹂躙される、逃場を失つて倒れた、後ろから抜剣巡査に斬り殺される。ソンナ事が吾々乃至知人の身に取つて、一生に一度でもあるものか、あつてたまるものか。如何に正義に敏感の吾々だからとてソンナ対岸の火災を痛切に感じられる道理がない。ソコは我身に比べて痛切に感ずる事の出来る、君等新米の貧乏弁護士諸君が奮つて起つべき秋である。  協会が会員森下君を除名したに就ても大に当然の理由がある。協会は逓信官署、警察、検事局等とは違ひ、絶対に社会民衆と直接の交渉がないから、時代に反応し自然官僚化して行くが当然である。官僚式の特長は形式である、偽善である、表面である、体面である、世間の口へは戸が建てられぬ、只さへ世間がヤレ弁護料だの金だの慾だのと言ふて困る処へ、当然上流保護の役にある代議士仲間が、内輪から公然内幕をブチマケては困るではないか、体面上除名せざるを得ないではないか。  要するに君の論は、協会の内情も社会の事情も人慾発達の歴史も知らない純理論だ、書生論だ、机上の空論だ、正義一方の議論だ。気を附けないと後が怖いよ。  切抜のない処を見ると之は新聞へ載らなんだかも知れぬ、何の新聞だつたかも覚へがない。弁護士江渡由郎君が協会へ一本参つたのへ、某弁護士が匿名で答へたはよいが、ソレが甚だキザで江渡君を小僧扱ひした文だつたから、僕が横槍を入れたのだ。序でに次の一篇を白状して置く。 人権蹂躙の秋  全国三千有余の弁護士殆ど凡てを網羅して人権蹂躙調査委員会を設け盛んに人権擁護に狂奔せる日本弁護士協会では、曩に会員大阪弁護士森下亀太郎君が協会を侮辱したと云ふ理由で全会一致同氏を除名した。  森下君の申分は、由来弁護士会口を開けば人権擁護々々と云ふが何時一体貧乏人の為めに人権擁護の叫びを挙げた事があるか、今迄に一回でもソンナ事があつたら御目には懸らぬ、京都でも茨城でも弁護士会の問題になるは何時でも三井三菱の縁類や長者議員の片割が被告になつた時許りではないか、畢竟弁護士会の人権擁護は弁護料又は運動費の取れる見込ある時に限る、未来永劫、若し貧乏人の為めに人権蹂躙の叫びが弁護士会から起つたら此首を懸け申す、と云ふ趣旨の様だつた。  協会幹部の御歴々は日本弁護士協会録事で之に対して、弁護料と人権擁護とは全く別問題、仮令貧乏人たりとも苟くも少しでも官憲から無理無法の取扱ひを受けた者があれば、ソレコソ吾々は当然猛然として為に起つべきである。従来吾々が貧乏人の為に起つた事がないのは蓋し幸か不幸か貧乏人に限つて一度もソンナ事がなかつたからである、然るに森下君が神聖なる会員しかも代議士であり乍ら帝国議会で矢鱈に内情をシヤベツて仕舞ふと云ふは不都合であると弁明してゐる。  今神戸では警官が上官の命令で適法に後から人民を斬つて居る。昨日の朝日新聞によれば貧乏人ながら無智無教育者の下級団体ながら、東京の各労働団体は事実調査の為めにも続々其会員を神戸の現場に特派して居る。我大日本弁護士大協会の人権蹂躙調査委員会は之に対して如何なる処置を取るであらうか。  森下君は愈得意になつて大気焔を挙げるであらうか、夫れともトウトウ首を渡すであらうか、協会の御歴々は千載一遇の好機が来た事により腕を示すであらうか、夫れとも既に弁解の辞を考へ出したであらうか。(八月三日朝日新聞鉄箒) 大正弁護士会を嗤ふ(岸博士等の調査で)  今日の夕刊を見ると、大正弁護士会の諸君は岸博士や鳩山代議士の毒瓦斯事件を問題とするのに、コレから態々調査を初めると書いてある、ベラ棒にお目出度いにも程がある。  岸博士がチヨツト了解を求める為めに司法記者諸君をよんだとて頻りに義憤を発した諸君が、今更ソンナお節介をしなくとも、其点の事なら、瓦斯会社や同門同シユウの諸君が、其後新に充分調査を遂げた筈だ。現に岸博士の為めには専務の磯部保次君が証明書迄書いて居る。  今になつて瓦斯会社の人達が、お抱へ弁護士の証明をしたり、同門同シユウ人達が矢鱈に人の人格を信じたりした処がアテになるモンジヤない、ソレ故吾々は新に調査に取り掛るのだと云ふのなら、ソレは余りに人を信用しなさ過ぎる。ソンナに人を疑ふなら、申立の打合せが出来ない予審中に、磯部や辰澤や浅川等が条理整然と全く一致して申立た申立も信用出来なくなる。  僕は一体何を云ふてるのか、わからなくなつて来たが、諸君も一体何の目的で騒いでるかわからない。僕は元来弁護士に品位なく官吏に体面なしと云ふ論者で、之がため前後五回の懲戒問題を起し、今度これが問題となれば六回目になるわけだが、アノ絶対に信用すべき磯部辰澤浅山等の予審調書に拠つて、一体、岸、鳩山君が今回取つた行動に何の不都合があるか。今の弁護士にあの場合あの行動を採り得ない人が一人でもあるだらうか、あつたら手を挙げて見るがよい。  此意味で僕は先日、此問題を盛んに論じ出した読売新聞に『岸博士弁護論』を投書した。二三日すると博士門下の某氏が、偶然僕の処の徳田君へ了解を求めに来た。僕の投書は没になつた。読売新聞は其後博士門下の弁明や例の保証書の外は、一切此問題を論じなくなつた。運動は結局ヒイキの引倒しだ、大正弁護士会は別だ、仲間が割れたり厭になる事もあるまい。(二十三日夜)  コレも原稿があるだけで切抜がない、矢張り没書だつたらう。読売でない事は明かだが何新聞だかも解らない、二十三日頃ではあるが何月だかもわからない。イヤ考へたら、だんだん判かつて来た。此新聞許りでなく天下の新聞残らず此頃から絶対に此問題を書かなくなつた。そして其後新聞記者諸君が仲間喧嘩をした。読売へ投じた「岸博士弁護論」は原稿も無くした。僕の弁護論なら、牧野所長答弁書(『弁護士大安売七〇頁』)の類だと速断するも無理はないが、必らずしも皮肉計りではなかつた。僕の主として論じた処は、喧嘩其儘精力其儘強情其儘と云つた様な破格特長偉大の顔の持主なる博士は、どうか他の者と其選を異にし、思ひ切つて弁護士の為め官僚と喧嘩をして貰ひ度い、気を吐いて貰ひたい。何と後顧の憂ひはないではないかと云ふにあつた。 被告人心理(高木弁護士の小僧判事)  小僧判事で懲戒裁判中の弁護士高木益太郎氏は、曩に同僚三百五十人の弁護届を取つて、法廷に於て大に官僚式の征伐をやると云ふ意気込だと伝へられたが、此程になつて又心機が一転し、曩に依頼した弁護人は皆断つて、江木花井の両博士のみで専ら弁護をする事になつたと云ふ。之に就て口の悪い某法曹は、高木氏の懲戒は多年法律新聞に拠て平沼鈴木の一派と抗争した酬ひで、名誉でこそあれ不名誉でも何でもないのに、今更謹慎して年来の敵手花井博士の軍門に降り、哀を私かに官僚に乞ふの態度にでるのは、蓋し之れが被告人心理と云ふものであらうと語つた。  国民新聞には恁んな事があつた。僕が似た事を話した翌日か翌々日だつたから、口の悪い法曹とは蓋し僕の事だらう。  『小僧判事』事件の内容は、不思議にも当事者たる高木弁護士が之れを秘し隠しにしている故、ホントの事実は決して解らない。表面に現はれ新聞に伝へられただけの事では、決して秘さねばならぬような事柄ではない。秘くすからには何か秘くす訳があるかと疑はれるだけでも損である。大きな手柄でもしたように余り之を吹聴するのは子供らしい、紳士の採るべき態度でないと云ふなら、馬鹿と狂とに関係をせず、只だまつて見て居る方がよい。喧嘩をどこ迄もしようと云ふなら、正々堂々議会の如く、鳴物入りでやるがよい。俺れはその積りだが友人が心配して呉れるから、此度は降参して御祭り騒ぎはよしたといふなら、何もコソコソと二三人でやつては了はずともよい、尾崎弁護士佐久間代議士以下、天下の直参レツキと二十人や三十人は付いてるではないか。今更節を屈して花井博士を通してでもあるまいジヤないか。僕が見込んで東京市長にまで推薦した人物だ、立派にやつて貰わないと僕が困る。コンナ事を国民の薬師寺君に話した。 <山崎今朝弥著、山崎伯爵創作集に収録>

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