国家賠償法雑感

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国家賠償法雑感           山崎今朝彌 ○私の従来チヨイチヨイ目にし又は耳にした国家賠償法は則冤罪者国家賠償法の制定であつた。冤罪者であるから一度判決で有罪者と確定され、其後無実の罪である事が判明した人に限られた。云はば再審又は非常上告で前の有罪判決が取消された者に国家が損害を支払ふと云ふのである。先づ一年にセイゼイ五人か十人の問題であらう。  ソレでは問題にならぬから第一審で有罪の判決を受け控訴して第二審で無罪になつた者にも国家は其損害を賠償すべきだと云ふ誰かの論議も見た。が私にはナゼ第一審で初めから無罪となつた者には未決拘留などの損害が払へないのか、其理由が解せない。  損害を払ふ方の理屈は間違が大きく損害が多ければ已むを得ないし気の毒でもあるから仕方ないと云ふのかも知れぬが、損害を受けた側に云はすれば、間違が小さくても損害が少なくても間違は間違損害は損害だ、特に第一審で無罪になる程の事件を検挙するなど間違も間違大間違だと云ひたい。では国家の裁判で無罪と保証した人全部に、受けた全部の損害を国家が賠償すれば、それで少しも申分はないか。 ○最近の裁判統計は手元にないが昭和二年の統計によると全国裁判所で一年に取扱つた第一審の有罪件数は合計で三萬二千九百七十件、無罪は恐らく其百分の一の三四百のものではなからうか、之れに対し昭和五年解放社版の年鑑日記によると、違警罪即決例により警察の裁判を受けたもの昭和元年が六十六萬件、二年が七十萬件、三年が七十五萬件、其内正式裁判の申立を許されたもの元年がタツタ九百七十二件二年がタツタ八百四十九件三年がタツタ七百八十件となつてる。警察が無警察地帯である事実を知つてる程の者なら之れがため特に訓示を発した安達内相に非ずとするも、残余の年約七十余萬件の正式裁判申立が、如何にして闇から闇へ葬られてるかを知つてるであらう。若し此の年約七十余萬件の正式裁判申立が全部規則通り裁判所に廻され、衆人監視の公判廷で証拠裁判に依て判決を受けたと仮定したら、其結果はどうであらう。この正当なる裁判を受けたいと希ふ合法的の正式裁判申立さへ顧られない憐れなる者は全部無産階級に属する者であるとは云へ、従来の正式裁判申立を許された事件は殆んど全部公判で無罪になる例を知つてる者から見れば、その年約七十余萬件の無産者の事件大半は元来無罪たるべき事件であると断言が出来る。だから今の規則を改正して警察裁判を絶対に廃止し、裁判は凡て裁判所ですることにすれば格別、金の有るに任かせて弁護士や法律家の力で無罪になつた者のみに、蒙つた損害の一部又は全部を賠償する様な国家賠償法は、法律遊戯又は政策遊戯としては結構面白いかも知れぬが社会大多数の無産者にとつては何の変哲もない全く無意義の事と云はねばならぬ。 ○ソコで流石に無産党はドノ無産党も一律に其の政策政綱中に国家賠償法の制定と共に不当拘束国家賠償法、治安維持法、違警罪即決例等無産者圧迫法の即時廃止、無産者の裁判費用国庫負担法等を掲げて居る。なる程違警罪即決例を廃止し裁判は必らず憲法通り公開の裁判所で裁判し、無罪になつた者には一定範囲の損害を賠償し、尚不当拘束等人権蹂躙の行為あつた不法官吏の為に蒙つた損害も国家が賠償することとし、其の裁判費用は凡て国家が立替へることとすれば、至れり尽せりでコレなら無産者にも少しの文句もないように見へる。がコンナ事で無産者の権利は決して完全に擁護されるものでない。無罪になるには事実上先づ第一に弁護人を頼まねばならぬ、其の金まで国庫で払つてくれるかどうか。官吏の不法は国家の不法だから官吏の不法から生じた損害は凡て国家が賠償する法律に改正されたとしても、無罪者の蒙つた損害は何時でも全部警官検事又は判事の不法の為に生じたものとも限らないから、有罪無罪の刑事裁判の外別に又新に官吏訴の不法行為に基く損害賠償請求の民事訴訟を起さねばなるまい。この訴訟費用は仮りに国庫で負担して貰へるとして、弁護士費用はどうなるだらうか、コンナ面倒の事件は相当高い手数料を取られるものと覚悟しなければならない。  要するに私は、国家賠償法の制定は先づ第一に警察署裁判を絶対に廃止した上でなければ問題にする代物ではないと思ふ。問題になつた所で、其中に又は別に官吏の不法行為に基く損害を凡て国家に負担させる旨の規定を設け、同時に無産者の訴訟費用も凡て国庫で一時立替る事にしなくては更に実用のない飾りの法律たるに過ぎないものとなるだらう。そして最後にソレで飯を食ふ弁護士なる職業が出来た程厄介な法律といふ専門の知識を要するものがある限り、其の訴訟費用中には弁護士報酬が含まれているといふ事にしなければ仏作つて魂入らずで其国家賠償法は大多数を占むる国民の為には遂に画餅界の死法となるであらう。其の訴訟費用中に弁護士報酬が含まれるとなると私など早速宗旨を変へて、日本帝国嘱託、悪官吏征伐専門弁護士、山崎今朝彌。と広告して一人ででも全部の事件を引受け相当法律の威力を発揮してやる。 <以上は、山崎今朝弥氏が著作者である。> <旧仮名遣いはそのままとし、旧漢字は適宜新漢字に修正した。踊り字は修正した。> <底本は、『法律時報』(日本評論社)第2巻(昭和5年、1930年)2号33頁>

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