双谷島小波の部屋

琴実:6/16


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 シーン「家(朝)」

……なんだか、変な夢を見た。

 目の前に霞がかかったようで、どうにもはっきりしない。
 目に見えるもの、視界さえもがすべてぼやけて見える。

……家にいるときはいつもこうだ。

 頭にも変なフィルターが張られたようで、何も考えられなくなる。

……そもそもあれは、本当に夢だったのだろうか?

 一人でご飯を食べ終わり、私は外に出た。

 シーン「玄関(朝)」

 鞄を片手に玄関に立った。
 家から出て、ようやく頭がはっきりとしてくる。
 そうだ……私は佐倉琴生(さくら・ことみ)だ。

琴生「——行ってきます」

 返事はない。
 家の中には誰もいないのだから当然だ。
 みんなどこかに行ってしまった。

 七月——夏の初め。

 少し早い文化祭の準備に、学校は忙しい。
 部活をやっているわけじゃないけど、少し早くに登校をする。
 私には行きたい所がある。
 鞄を手に下げて、私は家を後にした。

 シーン「登校中」

………。

 外は雨が降っていた。
 なま暖かい風に乗った、ぬれたアスファルトのにおい……
 あまり好きではないけれど、体にはすがすがしい。
 血のように赤い傘を差して、私は足を進める。

琴生「はあ……」

 今日は木曜日。
 ただの平日。
 だから学校に行かなくてはいけないのだけれど、とても気が重い。
 毎日毎日が同じ繰り返しで、何のために学校に行っているのか、時々わからなくなるときがある。
 私の通っている学校は、地元でも結構な進学校で、頭のいい人達が多いところだ。
 だから当然、みんな勉強をするために行くのだろうけど、他の人達には別に楽しめることがたくさんあるから、普通に通えるのだろうと思う。
 部活で汗を流したり、仲のいいグループで一緒に昼食を取ってみたり、雑談をしているだけでも面白そうだ。

……でも、私はそういうことを楽しむことができない。

 部活動もやっていないし、仲のいい友達もいない。それどころか、話しかけてくれる人すらいない。
 佐倉琴生は嫌われているわけではないと思う。
 だけど私は昔から人と協調したり笑い合ったりするのが苦手で、みんなにとけ込んでいくことがうまくできない。
 学校に行っても、本当にただ勉強して帰るだけ。
 誰とも口をきかない一日もある。
 だから正直、学校に行くのはつらい。
 授業自体は大したことがなくても、通うこと自体が時々拷問のように感じられることがある……。

琴生「ふぅ……」

……それでも行かなくてはいけないのだから、仕方がない。

 落ち込んでいても観念するほかない。
 それに……最近はちょっとした楽しみもある。

 シーン「交差点」

………。

 しばらくして、交差点に出た。
 通学路ではここで右に曲がるのだが、私は構わず真っ直ぐと進んだ。

……学校へ向かう道ではないからか、重々しかった足取りが、自然に軽くなっていくような気がする。

 代わり映えのしない私の日常に、最近ちょっとした変化が表れた。

……私には行くべき所がある。

 今向かっている先には、一匹の子犬がいる。
 生後五ヶ月くらいの小さな犬で、三角に切り立った耳が特徴の、整った顔つきをした子だ。
 赤褐色の毛並みがしっぽの辺りで渦を巻く。
 いちいち調べてないけど、たぶん柴犬だろう。
 首輪はなく、人気の全くないところで見つけた——といえばすぐにわかるが、要するに捨て犬だった。

 ある晴れた日の午後、本屋に寄った帰りに見つけたのだ。
 辺りを見回してみても、飼い主らしき人どころか、私以外の誰もいなかったので捨て犬で間違いなかったと思う。
 段ボールに入って——橋の下にいた——というわけではなかったが、今、その子犬は橋の下にいる。
 運んでいったのは私だ。
 本当は、今その子がいる橋からは、結構離れた所に捨てられていた。
 人気のない裏道だ。
 だが、その場所には近くにゴミ捨て場あり、それにつられて寄ってきたカラスの視線が非常に怪しかった。
 この期に起きる惨劇を想像してみてとても不憫だったので、橋の下まで連れてきたのだ。

……それから、ちょくちょくご飯を持っていってあげている。

 うちの冷蔵庫には、何も入っていないから、ほとんどが朝食の残りだ。
 もちろん、うちでは犬は飼えない。
 今が夏で本当に良かったと思う。
 冬だったら、カラスに喰われなくても、子犬は一晩で凍死だろう。

琴生「……だけど」

……ただ、今日は少し寒い。

 雨が降っている……というのもあるが、それより何より風が強い。
 子犬がとばされていなければいいのだが。

……そう考えると、少し不安になってきた。

 風よけのついた橋の下だなんて都合のいいところでもないし、川面に近い土手の草むらだ。
 いつもはせせらぎの音が穏やかな川だが、雨の日には水かさが増して、流れが速くなる。
 猫は溺れるけど犬は泳げるとか、よくいうけど、あの小さい犬が川なんかに吹き飛ばされて、無事でいられるとは思えない。

琴生「……大丈夫かな」

 傘を斜めにして、少し早めに向かった。

 シーン「橋の下」

………あれ。

琴生「誰?」

 川端に着いて、なだらかな緑の土手を下りている途中で、私はふと足を止めた。
 犬を置いておいた場所に、ちらりと人影が見えた気がしたのだ。
 かがみ込んで背の高いアシに、体を隠した。
 真っ赤な傘も目立つので静かにとじる。
 雨はずいぶんと小雨になっていたのでよかったが、半袖の素肌に触れるカサカサしたアシがとても気持ち悪い。

……でもこれは仕方がない。

 アシの隙間からのぞき込むようにして見ると、黒い陰がちらつく。

………。
……やはり誰かがいるようだ。

 黒っぽい服——もしくはジャンバーを着ていて、座り込んで何かしている。
 結構な距離もあるし、こちらに背を向けているせいで、顔は全然見えない。
 しかしどうやら若い学生のような感じで、男子生徒のようだ。

……何をしているんだろうか。

 いたずらとかしていなければいい。
 しゃがんでごそごそやっているので、つい心配になってしまう。
 あの場所での不審な動きは、犬に何かしているとしか思えない。
 目にタバコの火を押しつけたり、頭に袋をかぶせて車道に放り出したり、世の中には心ない人がたくさんいるのだ。
 しばらくして——私はその男の子が立ち去るまで、しばらく待った。
 左右を確認して、私はなるべく音を立てないようにこそこそと忍び寄っていく。
 段ボールの見かけは、先日と変わったところはない。
 他に人はいないようだ。
 私はすぐに駆け寄った。

子犬「くぅ〜ん」

 その中の子犬が無事な姿を見て、ほっとした。
 私の心苦しい心配など意にも介さず、子犬は懸命にしっぽを振りながら、元気にじゃれついてくる。
 どうやらいたずらとか、虐待ではなかったようだ。

……でもそうすると。

琴生「それじゃあ、何してたんだろ?」

 段ボールの周りや、しっぽをふるっている子犬を観察してみたが、食事とか与えられていたわけでもないようだ。

……本当に何してたんだろ?

 と、不思議に思った時、突然強い突風が吹いた。
 目をつぶって顔を手で覆う。
 橋の下まで雨を運んでくるような強い風だ。
 ほほに当たる雨粒が痛い。

琴生「そうだ……犬」

 慌てて段ボールを固定しようと手を伸ばしたが、子犬+紙というとても飛ばされやすそうな組み合わせは、今の風でも動かなかった。
 よくよく見ると段ボールが土にまみれていて、中には入れた覚えのない、中くらいの石が入っているのを発見した。
 両手で持ち上げることがやっとの、ずいぶんな重さの石だ。
 これのおかげで、今までも飛ばされずにすんでいたのだ。

琴生「そうか……」

 私が来る前に心配したとおり、やはり子犬は飛ばされてそうになっていたのだろう。
 そして、さっきの人が直してくれたのだ。

……誰だったのだろう?

 少年といっても差し支えのない人だったし、この時間に外を出歩いているのだとすれば、高校生だ。
 中学生にしては少し大人っぽい感じもした。

……もしかしたら、同じ高校の生徒なのかも知れない。

 人になれているこの子は、私が与えたご飯をぱくつきながら、ごろごろと甘えてくる。
 それをぼーっと見ながら、いろいろと考えた。

………。

 時計を見てみると、もう学校の時間だった。
 うちの学校は何回遅刻をしても欠席扱いにはならない、生徒側にとってはありがたい学校だが、それでも一、二分の遅刻にうるさい。
 鞄を持って学校に向かった。

 シーン「坂」

………。

琴生「——ふう」

 着いた。
 学校の正門にある時計は、時間に正確でなくて全然役に立たないが、遅刻でないことを知る目安にはなった。
 この学校は小高い山の中腹にあるため、校門にたどり着くには長く急な坂道を登り切らなくてはならない。
 民家が建ち並ぶ中でもあるので、学校へと向かうものも含め、車通りも激しい。
 見通しもいい方ではなく、どうして悲惨な事故が起きないのか、時々不思議に思うこともある。
 登校ラッシュのせいもあって、坂道にいる生徒は多かった。
 中には横一列になって歩いている集団もあって大変じゃまだ。
 迷惑そうな顔を作りながらも、その表情は隠して、横を通り抜ける。

……そのとき。

 シーン「真っ黒」

「……殺人事件」

 シーン「坂」

 ふと、耳元でそう囁かれた気がして、私は身を強張らせた。

……殺人?

 テレビの中では目にするが、現実ではあまり耳にすることがない、物騒な言葉だ。
 気づかれないように振り返って、その言葉を発したらしい一団を伺ってみたが、和やかな雰囲気のまま、別段悪びれたところはない。

……何だろう?

 しかし、それほど声を張り上げている様子でもないのに、その言葉は、やけにくっきりと耳に残った。
 平気な顔を装って、坂道を歩き続けたが、握りしめた拳には汗がにじんでくる。
 なんだか体が落ち着かず、忙しなくなってきてしまう。

……気のせいなのだろうか?

選択肢1

a、耳を澄ましてきいてみる。
琴実:6/16 a
b、たぶん気のせいだろう。そのまま通り過ぎる。
琴実:6/16 b