双谷島小波の部屋

真:6/16


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 シーン「道」

 僕の在学する高校は、いわゆる進学校である。
 ややもって田舎にあるため、校庭をふたつにテニスコートと二十五メートルプール——プールは背後にお墓があり、不健全な環境ではあるのだが、それなりの広い土地があり、優雅に活動することができる。
 とはいえ問題は学校そのものが小高い山の中腹に位置していることである。
 そのおかげで校舎にたどり着くためには、毎日急な上り坂を登らなくてはならない。

 シーン「坂」

………。
 見上げるほどに、すごい上り坂だ。
 今日も僕はいつも通り、その坂を上って学校に入っていった。

 シーン「廊下」

………。
 見慣れた校舎内を通って、教室へと向かう。
 この場合の教室とは、自分のクラスの教室ではない。
 この高校の教室配置は少々特異であり、授業毎に変更される。
 講座ごとに分かれているために生徒の顔ぶれも変動するのだ。
 そもそも自分のクラスそのものの存在が疑わしく、クラス単位で行動するのはホームルームの時間だけであり、授業ではほとんどがバラバラになってしまう。
 なので向かう先はクラスで使う教室ではなく、はじめの授業が行われる教室だ。
 今日の最初の教科は現代文であり、使用場所は国語3番教室だった。

 シーン「教室」

………。
 教室に入ったとき、授業開始時刻はまでもう数分しかないというのに、教室の中はかなり騒がしかった。
 席への移動途中、先生が未だ到着していないためだと思い至ったが、それにしてはどうにも様子がおかしい。
 生徒間での会話は席の近しいもの同士、思い思いしゃべっているように思われたが、そこには何故か、いつもならひとつやふたつは聞こえるはずの笑い声などの浮いた感じがなく、心なしか秘密めいた雰囲気をたたえていた。

………。
 僕が腰を下ろすと、それを見計らってのように、霧沢遙が席を立つのが見えた。
 始業時間がとっくに過ぎているというのに、そのままこちらに向かって歩いてくる。
 彼女と僕の机の距離は、間に列が五個もできるほど離れている。
 ほとんど正反対の位置だ。
 これだけ間があいていると、先生が入室してきたときにすぐに席に戻れないわけだから、今わざわざ向かってくるのは都合が悪いはずだ。
 しかし彼女はそんなことを意にも介さない姿勢でどうどうと、僕の前まで来た。

真「早く席に戻った方がよくない?」
遙「どうして?」
真「授業もう始まるよ」
遙「たぶん、始まらないんじゃないかな」

 たぶんといいつつ、やけにきっぱりと答えた。
 それはまるで彼女自身が授業開始の主導権を握っているみたいな、よほどの確信に満ちた物言いだった。

遙「だって先生が来るの、だいぶ遅れるから」

 これもまた絶対の真実みたいな言い方だったので、僕は眉を細めた。
 今度は僕がどうして、と聞く番だった。

遙「昨日の夜、また通り魔事件が起きたんだって……」

 霧沢は声を小さくして、ささやくように言った。
……彼女の話によると、昨晩、遅くに下校した高校生の中に被害者はいたらしい。
 いつまで経ってもいっこうに帰ってこないのを不審に思ったその子の母親が、警察に連絡。
 夜間を通して捜索を続けた結果、明け方近くに遺体となって発見されたらしい。
 背後から鋭利な刃物のようなもので、首を一線。
 これは先二件の通り魔と、同じ手口だった。

真「それがどうして?」

 通り魔事件が起きたことは、当然僕も知っていた。

遙「どうやら、この高校の生徒が襲われたみたいなの」
真「ほんとに? でもニュースだとそんなことは一言も言ってなかったけど」
遙「うん。友達から聞いた。でもあんまり、確かじゃないけど……」
真「そうなんだ」

 ここで僕はようやく納得した。
 クラスの人が精を出してひそひそと話しているのは、このことであったのだと。
 確かにこんなインパクトのある事件が起こったなら、笑い話などでるわけもない。
 先生達もただの通り魔が発生しただけならともかく、本校の生徒が被害者となってしまっては、大わらわだろう。
 朝の今も、授業時間を押してまで、会議でも開いているのだ。

真「殺された人の名前はもう知ってる?」
遙「そんなとこまでは聞いてないよー」

 霧沢は、殺された生徒は三年生らしいけど、よくは知らないと首を振った。

伊吹「やぁ、君たち。面白いこと話してるね」

 僕らの会話に口を出してきたのは、国語で同じ講座の伊吹優也だった。
 それほど仲良くはないが、僕と遙の両方と面識がある。

遙「あ、伊吹くん。面白いことって不謹慎だよー」
伊吹「ごめんごめん。でも、殺された生徒の名前、知りたくない?」
遙「えっ、知ってるの?」
伊吹「テニス部の鈴木って人らしいよ」
真「鈴木先輩? 本当?」
伊吹「本当」

 優也は淡々と話した。
 その話し方には、自分が知っていることを自慢する様子もなく、ただありのままの事実を告白している、と言った感があった。
 しかし、彼は別に情報通だとかいうわけでもない。
 いったいどうしてそんなことを知っているのだろうか?

遙「どうしてそんなこと知ってるの? あやしー。犯人フラグだよー」
伊吹「はは。変なこといわないでよ。あそこにいる友達がさ、どうやらその先輩と同じ部活だったらしいんだ」

 後ろの生徒を指さしながら、優也はそう説明した。
 テニス部では、女子も男子も先生に隠れて遅くまで残り、作業をしていたらしい。

真「あの人は一緒には帰らなかったの?」
伊吹「あいつもそう誘ったらしいんだけどね。片付けをするからって、彼女だけひとりで帰ったんだって」
遙「怖いことになったね……」
真「そうだね」
伊吹「この前と同じ犯人かな?」
遙「連続通り魔事件か……」

 遙はひどく落ち込む。

真「完全下校の少し後だから……彼女が殺されたのは七時ちょっと過ぎなわけだね」

 僕が優也を見やると、彼はそうだね、とうなずいた。

真「暗くなった夜道を、彼女は不用心にもひとりで歩いていたんだろう」
伊吹「昨日はだいぶ日が落ちるのが早かった」

 僕がまるで小説の一節を朗読するかのように話し出すと、優也もそこに相づちを打った。

真「事件のせいで出歩く人も少ないし、それだけでも目立ったはずだ」
伊吹「その上、昨日の先輩は赤い上着を羽織っていたから」
真「自分の家までの近道にと、街灯が少なく、大通りから一歩はずれた通りを歩いていた時のことだ」
伊吹「背中から首もとをばっさりと切られたんだよね」
真「声を出す間もなく、ね」

 調子よく進めていき、ふと霧沢を見やった時、彼女はひどく青白い顔をしていた。

真「どうしたの? 遙」
伊吹「ほんとだ。顔白いよ。霧沢さん」
遙「……どうして、そんなに知ってるの?」

 僕と優也は互いに顔を見合わせた。

真「知ってるも何も、連続通り魔事件だとしたら、手口は一緒のはずだろう?」

 僕はイスに深く腰掛けた。

遙「でも……伊吹くんはともかく、如月くんはまるで現場を見ていたみたいに話すんだもん……」

 霧沢の声を聞きながら、少し話しすぎたな、と思った。
 女子の心情はよくわからないが、優也はともかく、普通の女子はこんな話をしていたら不安に思うのだろう。
 特に彼女の場合、妙に鋭いところがあるから、今回もそれで察したのだ。

真「実は、犯行現場が家の結構近くだったんだよ」
伊吹「なるほどね。僕もちょっと不思議に思ったけど、そうだったんだのか」
遙「登校するときに実際に見たからなんだね?」

 疑問形でありながら、霧沢は安堵の息をもらした。
 タイミングを見計らったかのように、ドアが開いた。

遙「あー。先生がきちゃったよ」
真「あんまり遅れなかったね」
遙「ホントだ。どうしてだろう?」
伊吹「まだ秘密なのかな?」

 霧沢も優也も、教師の姿を確認するとそれぞれの席へと戻っていった。
 教師は教卓に上る。
 クラス中が話題にしていたことであるから、教師が教壇に立つと、みんな説明を求めるような視線をそこに向けた。

数学教師「ごほん」

 しかし、先生はそれにちょっとした受け答えをしただけで、詳しいことはSHで、と言ったきり、授業に入っていってしまった。
 確かに学校側にとってもまだわからない部分はあっただろうし、安易にペラペラとしゃべっていいことでもない。

数学教師「それでは授業を始める」

 それからの授業は、事件があろうが無かろうがおかまいがないと言った調子で、いつものように、ひどく平凡な様子で進んだ。
 事件の被害者のことは、みんなよく知らないみたいであるし、知っていたとしても、関係者というのは限られた人間に絞り込まれるため、特に思うところがない普通のクラスメート達は、勉強に集中していった。

………。
 僕は窓から外を眺める。
 雲が流れる様子がハッキリとわかるほど、よく晴れた青空である。
 昨日の夜も、これぐらい晴れ渡っていたならば、殺された当事者——鈴木という生徒は月の光に照らされた犯人の顔を、見ることができただろうか?
 でも、昨日は少し曇った日だった。

……目をつぶって、思い出す光景がある。

 それはとても甘美に、僕の心をふるわせる……。
 あれは、四日目の夜。
 今日とは違う、月明かりが照らす日。
 月明かりを反射する、白いアスファルトの陰。
 白いアスファルトを染めていく、赤い血の海。
 そして、横たわる死体……
 そう。僕はあの時、見下ろしていたのだ。人の死を……。