双谷島小波の部屋

真:6/15


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 シーン「教室(朝)」

 一時間目の授業が終わって間もなく、廊下側に席を構えている霧沢遙が、僕のそばに来た。

遙「如月くん」

 机の横に立った彼女は、僕にそう呼びかけた。
 彼女の手には既に鞄が握られており、移動の準備が整っている。
 一方僕は、ほとんど片付けをしていなかった。

真「どうしたの?」
遙「授業中、ずーっとボーっとしてたでしょ。何考えてたの?」

 彼女の席から僕は丸見えである。
 昔のことを思い出していた僕の姿は、確かにボーっとしているように見えたかも知れない。
 隠す必要もなかったので、僕は遙を見上げると率直に答えた。

真「遙と僕のこと」
遙「はい?」

 そういった瞬間、彼女は固まった。
 僕は不親切な言い方だったことに気付き、すぐに訂正した。

真「——いや、昔のことかな?」
遙「何? どういうことなの?」
真「関係ないことだよ」

 面倒くさくなったので、僕は無理矢理うち切った。
 隠す必要はなかったが、言う必要もなかったからだ。
 遙はやや釈然としない表情を浮かべたが、僕にこれ以上話す意志がないことを知ると、そうと小さく呟いて黙った。

真「ちょっと待ってて。すぐ片付けるから」
遙「うん!」

……僕は片付けを始める。
 彼女とは記憶にもあるとおり小学生の頃からの付き合いということになるのだろうが、離れた学区にいたため、中学という期間はすっぽりと抜けている。
 小学生の時から、僕は遙とよく一緒に行動していた。
 丸三年、顔も合わせなかったはずなのだが、高校で再会してからというもの、やはり同じグループを作っている。

遙「次の授業なんだっけ?」
真「僕と遙は講座違うでしょ」
遙「あれれ? 一緒だよー。リーダーでしょ?」
真「そうかな」
遙「そうですよ」
真「そうかな」
遙「そうですよ」
真「そうかな」
遙「そうですよ」
高野「おい、お前ら。全然終わらないぞ」

 いつの間にか、同じ講座の高野和人がそばに来ていた。
 高野は、もう少しで片づくところだった僕の机の上に、不揃いな紙束を置いた。

遙「なんだろう? これ」
真「なんだろうね」

 僕と遙が注目する。
 何なのか検討もつかない。
 どことなく最近見たような気もするが、ハッキリとは思い出せない。
 色紙を多用してあり、整えれば見栄えもあるだろうが、目の前のそれにはセンスがなかった。

高野「終わった」

 彼は言った。

真「確かにオブジェとしては終わってるけど」
遙「これなぁに?」
高野「って、一目見て、全校制作の道具じゃん! 宿題で出しただろ」
真「ああ、そういえば」

 僕はうなずいた。
 文化祭で使う装飾品だ。
 だいぶ前に生徒会から全校生徒に、つくるように指示されたものだった。
 色紙を使った折り鶴。
 正確には宿題ではなく、各自家でやってきてくださいとお願いされたものだったのだが、あえて指摘はしなかった。

高野「何でこれが分かってくれないかな? とっても美しい鶴じゃないか!」
真「これが鶴か……」
遙「頭としっぽが区別できないよ……」
真「残念ながら、高野以外は理解できない存在みたいだね」

 僕がすぐに察しできなかったのは、僕の機知が疎いからではなく、差し出された物体が、僕にそれと気が付かせることができないくらいに素晴らしい出来だったからだ。

高野「俺の鶴姫が……」

 名前まで付けていたらしい。

真「他のみんなは出したのかな?」
遙「私は出したよ」

 遙が気を取り直して明るく返事した。
 彼女は本場の装飾委員でもある。

真「でも、まだまだ出してない人の方が多いから、このままだと文化祭に間に合わなくなるかも知れないね」

 僕が答えると、

遙「自分のことしか考えてない人が多いからね、この学校」
高野「そんなもんかなー。やっぱり家でやってくるのは結構大変だからな」

 遙が首肯して、高野が同意した。

真「ところで、どうしてこの鶴らしき物体を僕のところに?」
高野「あれ? 真が文化祭実行委員じゃなかったっけ?」
遙「全然違うよ……真くんは警備小委員長だよ」
真「そのとおり」
高野「おかしいな……だれかからそう聞いたんだけど……」
遙「幻聴でも聞いたんじゃないの? 高野くんももう年だね」
高野「それだったら、遠くなる気が……」
遙「じゃあ、なんか変な薬でもやったね。いけないよ!」
高野「それは時期的にまずいよ、遙さん!」
 ぶんぶんと手を振る高野。
高野「それより、真は警備小委員長かぁ……よく委員長なんかになったな」
真「そうだな。僕もよくなったな」

 笑いながら答える。
……周りと調子を合わせるのは簡単だ。
 人がいやがる仕事を率先して引き受けておけば、他の人からはイイヒトと認知される。

真「仕方ないな。僕が出しといてあげるよ」
高野「そうか。わるいな」

 高野が置いた折り鶴も、鞄に詰めた。

遙「そういえば警備……今日の放課後はどうするの?」

 訊かれて僕は、遙に顔を向けた。

真「どういうこと?」
遙「そう長くはできないでしょ」

 端的に指摘されなかったが、彼女がいいたいことはわかった。
 学校からなるべく早く下校するように、お達しがでているのだ。
 原因は事件——この街でつい最近起こった、通り魔事件だった。
 街からほど遠く離れた山際で、ひとりの女性が殺された。
 路上で頸動脈を切られて、辺り一面に血をまき散らして死んでいたのだという。
 事件の発生時刻は夜だったため、学校もそれを受けて注意を促しているのだ。
……犯人はまだ捕まっていない。

遙「警備小委員って文化祭前は、夜遅くまで居残りやるんだよね?」
真「そうだよ」
高野「どれくらいまで、居残るんだ?」
真「一番最後の生徒が帰るまでかな?」
遙「うわー。それって七時過ぎじゃないの?」
真「でもまぁ、先生もいるからね」
遙「そっか。先生は最後までいるんだもんね」

 遙は腕を組んでうんうんと頷く。

遙「私も装飾小委員で、たくさん仕事が残ってるから、それくらいまでのころっかな」

 遙がやや張り切った声で主張したが、僕はこれには首を振った。

真「それはだめだよ」
遙「どうして一緒に残っちゃだめなの?」
真「女子生徒には、特に早く帰らせるようにいわれているから」

 僕が理由をいうと、遙はひどくがっかりした顔つきをした。
 そして先ほどと同じように、そうと小さく呟き、うなだれてしまった。
 彼女は普段、明るい性格であり、社交性もありクラスでの人気も高い。
 滅多なことでは気落ちした表情を見せないのだが、僕と会話をしていると、こういうことがたびたびある。
 その理由が何故僕に限ってなのかはよくわからないが、たぶん僕の素っ気なさにあるのかも知れない。
 そうならないように注意しているのだが。

遙「あっ、早く移動しないと」

 気落ちしたようだった彼女は、携帯で時間を確認すると、すぐに焦った顔をしていった。
 回復が早い。

遙「早くいこうよ! 真くんもお片づけ終わったでしょ」
真「お片づけって、君なぁ」
高野「いこーぜ」

 彼女が催促するので、僕と高野も立ち上がり歩き出した。
 遙と高野が並んで歩き、僕はその後ろをついていく。

高野「次の教室どこ?」
真「英4かな?」
遙「うわー。すごく遠いよ。反対側じゃない」

 この学校は授業の度に、教室を移動しなくてはいけない。
 どうしてそうなっているのかわからないが、昔から続いているシステムらしい。
 これはどの学年でも同じことなので、授業と授業の間の廊下は、各々の教室へと向かう人で一杯になる。

……僕はそれをある感情を持った目で見る。

 遙と高野が先行して話をしながら歩いていき、僕がその後を追っていくという形はいつものことだ。
 歩きながら僕らは話をする。

遙「……あーあ。どうして殺人なんかするのかなぁ」
高野「全く。迷惑だよな」
遙「ね、真くん」
真「そうだね」

 内容は、先ほども話題に出てきた、通り魔事件のことだ。
 僕は心からそう思っているように、頷く。
 彼女の疑問は、普通の人にはもっともなことだ。
 それが普通の人の考えだ。
 しかし、僕は通り魔事件に大きな興味がある。

遙「通り魔なんて、何を考えてたら平気でできるのかな……?」

 おそらくそういう彼女みたいな前向きな人間には、犯罪をする心理など、決してわからないだろう。
 廊下は人で溢れている。
 彼女たちは何とも思わないだろうが、僕はうっとうしく感じる。
 それが僕らの差だ。

高野「そろそろ、チャイムなるんじゃない?」
遙「えー。あの先生時間に厳しいからなー」
真「走る?」

 ネガティブな会話から、一般的な話題へと移り談笑する彼らに僕はあわせる。
 これが僕のいつもの態度だ。
……そうして僕の時間は放課後を迎えた。