双谷島小波の部屋

「Thought or Thought」


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Thought or Thought


 今から四年前——地球時間軸で戦争が始まる三年前に、地球から八光年離れた場所で惑星断層が発生し、同時に大量の電磁波が放たれた。
 直撃してしまったなら電子機器がイカれる程度ではおさまらず、膨大な宇宙線が降り注ぐも同然なわけで、人体に致死的なダメージを与える、かくや悲劇的な事態に発展しうる災害だったわけだが、幸いにして、発生場所と地球との直線上にいくつもの重力磁場が点在していたおかげで、電磁波は地球はおろか火星にも木星にも当たることはなかった。

 良かった良かったと、太陽系人類は安堵したわけだが、被害は全くの皆無だったわけではない。電磁波は太陽系最外小惑星空域をわずかにかすめ通り、そしてそこにはフェーノスの極秘軍事開発研究所があった。
 レクシオン、ケリオスに勘づかれないように、わざわざ果ての果てくんだりまでやってきてこしらえた、新型航宙戦闘機の開発を行っていた研究所だ。
 研究所は、電磁波が通過する際に当然のごとく光学障壁を最大レベルにて展開したわけだが、余波とはいえ、惑星ひとつがぶっつぶれて発生した破壊波である。人命に被害はなかったものの、機械類に甚大で壊滅的な被害が出た。

 もともと成果が乏しかった上に、戦争の足音が聞こえてくるような微妙な時期の出来事だったので、フェーノス上層部はこの研究所に見限りをつけて、所員たちに撤退命令を下した。
 もともとあまり乗り気ではなかった(誰が好き好んでこんな墓場みたいな所に来るか)研究者たちは、この上層部の通告を渡りに船とばかりに受け取り、わずかに残った開発物だけを片手に、地球圏へと舞い戻った。

 開発機・プログラムナンバーED—062は、そんな研究者たちに捨てられた上、外装甲も満足に付けられず、機械だらけの内部を派手に露出した醜い航宙戦闘機だった。
 自律AI型のこの戦闘機は、研究者が調査したとおり人工知能が完全に狂っていて「壊れて」いた。
 だが、研究者たちが去っていくばくも経たぬ内に、その航宙戦闘機は——壊れている人工知能は再起動した。

 拠点防御用に作られていたこの機体の目的はただひとつ。
 うち捨てられたこの研究所を完全に守ること。
 任務を全うする。それ以外に重なる使命もなく、もう妥協の余地はない。
 内部エンジンを赤く灯らせて、ED—062は身を潜ませていた。燃料はガソリンスタンドが近くにある限り、切れる心配はない。それ以前にED—062には、長時間にわたる持久戦、迎撃する際の一対多を想定した、大出力の光弾を連射できるスタミナがある。
 疲れることも、また飽きることも知らない人工知能ED—062は、ただひたすらに時を過ごした。じっと待機状態で研究所の周りを漂っていた。

 そして——

 そして今、ケリオス軍所属のコアパイロット——佳詩子・キャトラップは、攻撃型航宙戦闘機ハドロアクセレイに乗って、太陽系最外小惑星空域を最大戦速で飛んでいた。辺りには見渡す限り、石ころがごろごろと漂っている。無がほとんどの宇宙空間だということを配慮すれば、ここは珍しい空域だ。

(でも……)

 確かに小惑星がごろごろしていているのは分かるのだが、どうにも存在しているといった感じがしない。話には聞いていたが、実際に来てみるとこうも虚無的とは。

(かつて外宇宙への橋渡しをするべく期待された石共——さしずめ夢の屑とでもいったところかしら)

 好意の持てる場所ではなかった。
 早めに通り抜けようと、障害物だらけの中を、佳詩子の駆るハドロアクセレイはスイスイと進んでいく。
 彼女は任務に就いていた。敵機が偵察する必要もないくず鉄だらけの、最外小惑星空域を突破し、敵対組織であるフェーノス基地を背後から襲いかかるという作戦だった。
 もちろん裏から奇襲するとはいえ、佳詩子一機では話になるわけでもなく、当然の事ながら形としては陽動に近い任務である。しかしそれでも大事な作戦の中核をなす仕事であるが故に、彼女が抜擢されていた。彼女は戦場で名をはせているかどうかは定かではないが、ケリオス軍の最強クォークパイロットであった。

(——まあ、でもとにかく。今回も楽勝ね)

 水色のコロイドスーツに包まれていて、戦闘兵器に身を預けていながらも、笑みが浮かぶその素顔はまだあどけなく、実際に彼女の年齢はまだ十代後半だった。
 目の前のコンピュータは少しも機械音を立てずに動いている。
 何の心配もなく気楽に過ごしていた彼女だが、モニタ画面に、

[目的地までの道のり、三分の二を消化しました]

 と出たときに、表情が一変し厳しくなった。モニタ表示を見たからではない。彼女の顔は真っ暗な宇宙空間に向けられていて、その目が虹色の人工光を捕らえたからだ。

(——あれはなにかしら)

 そう思いつつも、だいたいの検討はついている。航宙戦闘殻だ。
 しかし、戦闘殻だとしても、何故あのように虹色発光しているのか?
 宇宙は往々にして黒く、それ故、白い彩色は目立つと思われがちだが、それは間違いである。宇宙は黒いのではなく、暗いのだ。その暗い中でもっとも目立ってしまうのは、光を放ってしまったときぐらいであり、物体の位相反射である色そのものはほとんど関係しない。
 だから、航宙戦闘殻の外郭には、様々なイラストを描いてもいいことになっているが、内部構造からの光だけは絶対に洩れないようになっている。

 それなのに光っているということは……被弾でもしたのだろうか?思うに、以前整備科の人達に見せてもらったエンジンの光に似ていなくもない。
 それから暫時近づいて、ようやくコンピュータの分析が完了した。それによると、やはりというかなんというか、あれはどうやらフェーノスの航宙戦闘殻のようだ。照合結果では名前が、「ニュートバーム」と出た。完全防御型の機体だ。

(警備に当たっていたのかしら——だとすると作戦はばれていた?でも、たった一機で……)

 不確定なことが多すぎたが、彼女の取るべき道は決まっていた。
 そしてそれは、正面にいる戦闘殻について、確実となっている事にもつながっていた。
 あれはフェーノスの戦闘機であり、彼女の行く手を阻んでいる。
 戦うのにこれ以上の理由はいるだろうか。

 あれは“敵”だ。

 彼女の心は、すでに決断を終えていた。
 ゆっくりと深呼吸をして光を見据えると、佳詩子は光学障壁を展開させて、敵機に向かって飛んでいった。



 最大速度として戦闘時に第四宇宙速度を、単体で突破できる航宙戦闘殻の基本操縦方法は、ソリッド方式が採用されている。コンピュータにあらかじめ登録しておいた行動パターンを、コアパイロットが選択して動かすという、九十%以上が自動化される方式である。
 当たり前のことだが、旧世代のように操縦桿なるものを人間がいじくり回して制御する何て事はできない。敵と向かい合ったときの相対速度が、単純計算でも秒速四百キロを軽くオーバーしてしまうような超高速戦闘なのだから、そんなのに時速四キロで歩行する人類がつきあうこと自体が、無理なことだったのである。

 クォークパイロットはコアルームと呼ばれる、部屋とは思えないほど狭く、モニタに囲まれたようなイスに座って収納される。操縦——それ自体は声の音声認識によって成り立っているから、コアルームでパイロットが手にするものはただひとつ。ナースコールのような握りボタン式の「引き金」だけだ。
 最新化が行き届いた結果、ソリッドさえ組んであれば小学生でも操縦できる機械。その最強にして情けない航宙戦闘殻という兵器が、今の人類の最高戦闘機械だ。

 佳詩子・キャトラップは、もちろん小学生ではなく、幼少から航宙戦闘殻の専用教育をたたき込まれた、エキスパート戦闘員であったが、その驚いてポカンとしている様は、十分に子供らしかった。

「なっ、なんなのよ。あれは!」

 彼女の視線がたどり着く先には、敵機、ことニュートバームが超速飛行していた。その機体が虹色に光っていること自体には、先ほどからわかっていたことなので、どうにも感慨は沸かなかったが、近づいてまじまじと見入った瞬間(パイロットには戦場全体が縮図投影されて感覚的に捕らえられるようになっている)、彼女はぞっとした。
 全体的にはとろけたチーズのようでもあり、所々に何故か棘状になった装甲が、放射状に突き出ている。その構成にはまったく法則がないため、歪にバランスを崩し、どろどろした塊が飛んでいたのだ。

 通常は彼女の乗っている機体のように、丸——楕円形が、航宙戦闘殻のあるべき本来の姿だ。黄金比の美しいフォルムは、何もデザイン上の関係でではなく、宇宙のような3D空間で戦うにもっとも適した形だからである。
 だが、この敵の機体はまるで電子レンジに入れられた猫のように醜い。肌が沸騰しているようなのだ。

(——まるで化け物じゃないか、気持ち悪い。近寄るのかあれに)

 相容れないず、理解できないものに嫌悪感を示すのは、決して人間として間違っていないことではないと思う。

「ソリッドF9!」

 関わりたくはないが、そうもいかない。佳詩子は命令し、機体は戦闘態勢に入る。
 と、入る一歩手前、敵機ニュートバームは既に光弾を2発、発射していて佳詩子のハドロアクセレイに吸い込まれていったが、光学障壁に相殺され、花火のように散った。
 周辺視野に、光の膜がほとばしっても佳詩子は全く怯まない。スイッチを握りしめ、その間にもハドロアクセレイは、確実に敵機を追尾する。
 続けざまにもう三発の光弾が向かってきたが、これにもハドロアクセレイは微動だに反応しない。

 「ソリッドF9」は完全攻撃型のプログラムだ。いきなりのこのプログラムは無謀きわまりないことだったが、佳詩子は時間のない中で、一撃必殺にかけているのである。
 岩を避けるというよりも、むしろ蹴散らしながら突き進み、ようやくコンデンサーへの充電が完了した。
 敵の百%の光学障壁を相殺し、なおかつ直撃させるには現在のエネルギー残量のうち、半分を消費してしまうのだが、仕方がない。
 発射の絶好のタイミングは、敵の光弾射撃時。攻撃時には誰にでも隙はできるというわけではなく、エネルギーは内部で共有されているため、その時には敵の光学障壁がもっとも薄くなるのだ。

「見失ったの? どこ」

 巨大な小惑星を一瞬通り過ぎ、陰に隠れた敵機を見失い焦ってしまったが、すぐに発見することができた。やはり宇宙での光は目立つ。そして同時に、彼我の間には何も障害物がなくなり、ついに壊すときが来た。
 醜いボディを直視するのには耐えかねるが、照準は彼女の視線と連動しているのでどうしようもない。
 ナーススイッチを握る右手に力を込める。
 ハドロアクセレイの先端部がなめらかに広がり、吐くようにして光の渦が迸った。

 そして——

 敵はその一撃をひらりとかわした。

「なっ……」

 信じられないことだった。
 ありえないことである。
 撃ったのはロンド粒子波という光学兵器である。
 いくら航宙戦闘殻が超高速を実現させられるとはいえ、時間の基準でもある光をかわすなど不可能だ。どうしても光以上の速度を得たいのならば、時間そのものを加速してやるか、質量を0にして戦闘殻自体が光になるほかない。しかし、その両方とも実現していないのである。
 照準さえ、完璧にこなしていれば絶対に当たるのが光学兵器のはずなのだ。真理なのである。
 ならなぜ、かわされたのか。

(——っつ、そんなバカな)

 焦燥して佳詩子はもう三発連射した。充電されていない光弾なので、当たったとしても光学障壁を削る程度の弾だ。
 やはり、これも難無くかわされた。

「そんな……」

 一瞬茫然自失となった佳詩子だったが、それからの行動は迅速だった。

「っちぃ」

 舌打ちをして、即座に逃げ出したのだった。
 一撃で仕留めるはずが、チャンスを逃してしまい失敗してしまったのだ。敵の光を避けるメカニズムは解明できていないが、彼女に与えられた任務はまったく別なことであり、所詮こんなものは大事の前の小事だった。固執する必要はない。
 こうした思い切りの良さが、戦場ではどれくらいの利益を与えてくれるのかを知っているものは少ないし、彼女の強さの秘密がその点にあることを彼女自身も分かってはいない。

 さっきの攻撃でエネルギーの残量は少なく、ここでジェネレーターの出力を最大にして脱出するのには少なからず抵抗があったが、作戦終了後に味方に回収してもらえばいいというしたたかな打算もあった。
 敵機ニュートバームは防御型であり、最大戦速も航続距離も強襲型のハドロアクセレイの方が上だ。追いつかれることはない。
 が、しかし佳詩子の「常識」はここでも悪い方向へ裏切られた。

「なんだと」

 振り切ったと思ったはずのニュートバームが、進行方向ぴったりに待ちかまえていたのだった。
 そして砲身をこちらに向けている。最悪の位置だった。

(追いつかれたのか……いや)

 敵の崩壊波を二発までは、弾いた。だが三発目が減少率最悪の垂直に、光学障壁を割って入った。機体が恐ろしく震えた。

(何かが違う。追いつかれたというより、最初からそこにいたといような……)

 なんにせよ、ここは突破するしかない。
 佳詩子は回避プログラムを千八十七通り起動させて、立ち向かった。暫時にその内の一通りが選ばれ、実行される。何が選択されるのかは完全にランダムで分からない。結果を定義できるのは選んでいるコンピュータぐらいなもので——
 そして敵機は急反転した。佳詩子のコンピュータが決定するのと同時に。まるっきり同じ方向へと。

「まさか……」

 佳詩子の声には驚きが満ちていた。
 思いついたその考えは、突拍子もなく懐疑的でどうしようもないことだったのだが、いちばん的確な答えだった。
 追いつかれたのではなく、やはり待ち伏せられていた。
 光速の攻撃であるロンド粒子砲は避けられたのでなく、それ以前に、撃つ前に外されていた。

「……心が読まれている……」

 佳詩子のではない。佳詩子の繰るハドロアクセレイの中枢コンピュータ自身の行動回路となるべきものが、読まれている。
 全てにおいて先回りしていたのだ。この化け物は。



 あきらめたわけではない。
 しかし、自機に二発のビーム攻撃が続けざまに直撃し、光学障壁の展開率がマイナスを計測するという、まさに死の一歩手前の段階にきてしまうと、どうにでもなれといった感はあった。
 そしてそんな心境の中、佳詩子はハドロアクセレイに命令を出す傍らで、この敵を見ていると、とある昔話を思い出せずにはいられなかった。

 いつ知ったのか忘れてしまったが、『さとり』という妖怪の話である。
 山中に住んでいて人の心の中を読み通し、最後に呆然とする相手を取って食らうという妖怪のことだ。
 『さとり』は化け物たる容貌をしていたようだが、決して強かったわけではなかったという。だが、『さとり』は昔の人々に大変恐れられた妖怪であった。それはなぜか。
 心の中を見透かされてしまうからである。
 現実と空想の間に殻を作って守らなくてはならないほど、心はデリケートなものだ。アイデンティティや、衝動、人間の本質的なものが心だ。
 心の中を読みとるということは、心そのものに攻撃を直撃させているということであり、『さとり』はそれをやるから恐ろしがられたのである。
 ここは宇宙だ。
 人が生きられない世界だ。



 過去現在に捕らわれず、パイロットは根本的に怖がり屋だ。
 佳詩子は他の味方よりも、多少の恐怖への耐性を持っていたが、この原則の例外には当てはまらなかった。
 寒くもないのに鳥肌が立ち、歯ががたがたするのを抑えることができなかった。

『敵光弾八十三・六°にて直撃角命中。光学障壁減退率二十二%を突破——残存率六%。エネルギー供給率最大——して整調まで八秒が不可欠——』

 駄目だ。
 あと一撃でも喰らったらお終いだ。避ける自信は——ない。

「うう、ううう……」

 次々と飛んでくる敵の弾幕に、光学障壁を整調するいとまはなかった。懸命になんとかはじき返し、命中は防げても光学障壁が削られていることには変わりがなく——
 無駄だ——佳詩子は決断した。
 自分はもう既に死んでいる——必死に逃げようとしたところで“終わり”までの時間がほんの少し延びるだけで、抜本的な対策にはならない。それでは——最後に自分は……。

「……くそっ!」

はしたない言葉を叫びながら、佳詩子は命令した。完全な攻撃プログラムへと。
 機体が逃げるのをやめ、反撃のためにロールした。
 中央視野も反転し、目の前には敵の虹色の光が来るはずだったのだが……。
 一目瞭然だった。

 メインモニタに映し出されていたそれは、設置型の炸裂機雷だったのだ。
 運が悪かったとしかいいようがない。
 普通の飛行をしていれば綽々で自動回避されたはずが、佳詩子のせいで——AIは命令と自己防衛の狭間に陥ってしまい、そこに一瞬のタイムラグが発生し——
 かわすことは不可能だった。
 そして機雷は目前まで迫ってきて——


 結果的にいえば、佳詩子は機雷に助けられたともいえる。
 三キロに及ぶ真空炸裂にキリモミ状態でぶっ飛ばされた佳詩子はそのおかげで、一瞬前まで彼女の機体が占めていた空間に、暫時放たれたニュートバームの最大ロンド粒子砲をかわすことに成功していたのだった。
 エンジンの接続が四分の三も断たれ、ナノ式装甲が文字通り完膚無きまでに焼けただれてしまっていたが、ハドロアクセレイは耐えてくれた。
 佳詩子が考えてもいなかった衝撃による結果だけに、ニュートバームに無論“読まれている”わけもなく、ハドロアクセレイは戦闘空域を離脱していく。
 助かった。
 しかし、彼女の本来の目的は——

「作戦の失敗を確認——全機撤収せよ」

 光学障壁が解除され、キャンセルされていた無線を傍受した。
 たった一機の航宙戦闘殻のせいで、ケリオス第七宇宙軍の一大作戦はあっけなく潰えてしまったのだ。
 その一機とはなにか? 決まっている。
 自分だ。
 自分の責任だ。
 総攻撃の前提条件たる自分が役割を果たせなかったのが、原因だ。

(……)

 彼女にできるのは、帰投までの三十八時間——悔やみ続けることだけだった。


「事情は全て記録映像で確認させてもらった」
「——しかし、まさか君がやられるとは……」
「もうしわけありません」
「いや、謝ることはない。君という貴重な操縦者を失わなかっただけでも、幸運だったよ」
「そうだ。作戦は失敗してしまったが、攻撃に入る前だったから、物理的な被害はこちらはうけていないのだからな」
「それより——佳詩子君の推測がそのままの真実だとすると、これは大変な事態だぞ」

「ニュートバームのことだな」
「正確には、ニュートバームの搭載AIだな。ニュートバーム自体はただの迎撃型量産期だ」
「ああ、そのAIが全ての航宙戦闘殻にインストールされてしまったら、戦争は圧倒的な展開になってしまう」
「……我々宇宙に住むものとしては、たとえ敗北だったとしても、それであっという間に戦争が終わってくれた方が、いいのだがね……」
「それは思っていても口に出してはいけないことだよ」

「上官殿、差し出がましいのですが、おそらくそれはないと思われます」
「何故だね? 佳詩子君」
「あれは完全にはぐれでした。ですから、改造された結果というよりもむしろ——」
「突然変異というわけか」
「はい。何らかの影響で、はぐれていた——もしくはその影響ではぐれてしまったAIのプログラムが再構築された、と考えるのが妥当だと思います」
「——なるほど、佳詩子君の意見には信憑性が感じられるな」
「しかし、それでもあれがレクシオンに捕獲されて、解析でもされたら同じ事だぞ。それに作戦はまだ廃案になったわけではない。再実行する際にも、あそこに潜まれているとやっかいだ」
「もう一度私に行かせてください」
「……だが」
「同じ轍は踏まないつもりです」
「……わかった。許可しよう」
「しかし、くれぐれも死なないようにしてくれよ。君は戦士であると同時に、我々の仲間なのだからな」


 機体の移し替えが始まった。佳詩子が乗っていたハドロアクセレイの外郭は残念ながら再利用の検討はつかず、セカンドアースの資源として活用されるそうで、内部——すなわちクオークブロックは、これからの別のハドロアクセレイに置き換えられ、接続される。
 全ての肯定が完了するまで、三時間の空きがあった。

 さて、フェーノス宇宙軍最強パイロット佳詩子・キャトラップについてだが、彼女には両親がいない。幼いときの彼女の養育は、主にマザーコンピュータ(両方の意味で)なるものによって行われていた。
 こういうと多くの人は、ああ、要するに試験管の中で生まれたんですね、と想像を働かせるわけだが、それは半分は正しいが、後は全部間違っている。
 人類的な意味で「宇宙世代」に入ったのは、E・C以前のだいぶ昔にさかのぼるわけだが、当時好んで宇宙に出るものは少なかった。そんな人が生きられないような所には行きたくないというのが大多数だったわけだ。それじゃあ仕方がないので強制的に、という展開になる。それでも本国というか、本社員を無理矢理に収集するのは賛成が得られないのは当然のことだったので、文句のいえない状態で——つまるところ受精卵時にシャトルによって打ち上げられ、宇宙で育てられるというプロセスになったわけだ。

 コンピュータというものは、入力されたものはパーフェクトに記憶、もとい記録するが、なにぶん知りたいといった好奇心が備わっていないものだから、加えられていないものは何も知らない。
 子供の頃に詰め込めるだけ詰め込んでしまおうとの考え方の、エキスパート教育に沿うためには、昔話やら民話やらのはいる隙は寸分もあるわけがなく、コンピュータに入っていない=佳詩子に教えられているはずもなかった。
 だから佳詩子は、どうやって自分が『さとり』の話を知り得たのか知らない。人間の養育には欠かせないとされる、スキンシップを佳詩子も受けていたらしく、その時に訊いたのかも知れなかったが、遠い記憶の果てのことだ。
 それでも漠然とした知識ではあったが、物語の結末がどうなったかを佳詩子は知っている。

 『さとり』は強い。それは分かっている。身にしみている。
 自分も強い。それだって分かっている。しかし、そんな相手にもう一度ひとりで立ち向かって、今度は勝てるさと考えられるほど、佳詩子は自分を過信してはいなかった。

 だから三人で来たのだ。

「なるほど、『さとり』ってーのは、怖い話だな」
「怖い話っていうよりも、奇譚ですね。血を吸う化け物とか、そういう話もありませんでしたっけ」
「ルート、グリエ、そろそろ戦闘空域だ。私語を慎め」

 身長160㎝強の小柄な佳詩子が、明らかに彼女よりもがたいのいい二人の男を咎めた。
 場所は絶対座標レベル八の、辺りには何もない虚空空域だ。宇宙空間ではもっともありふれた場所でもある。
 三機のハドロアクセレイはその中を飛んでいる。
 見渡せば、星々の光はそれこそ数え切れぬほどあるのだが、それらには決して追いつくことはできない。
 今この瞬間にあるかどうかすら分からないものばかりだからだ。

 『さとり』は人の心を読んだ。だから佳詩子は負けたのだから、これは前提条件だ。しかし、奴は一度に何人もの心を読むことはできるのだろうか?
 物語にも何パターンかあったはずだが、そのどれも被害者がひとりの場合だった。だからおそらくは複数人を対象に能力の使用はできないのではないだろうか。少なくとも佳詩子はそう思う。
 あったかどうかすら定かでなく、水辺の芦のように頼りない物語を参考にしている事自体が馬鹿げていたが、それすらもこの機体を取りまく、絶対真空の圧倒的な無頼さに比べれば、まだマシに思えた。

「夢の屑よ——減速して」

 三機は最外小惑星空域に入った。太陽を中心とした絶対座標でいうとレベル九にあたる。

「——ここか、懐かしい場所だな」

 聞かせたかったのか、独り言なのか判別できない口調で、グリエが呟いたのを聞いて佳詩子はいぶかしんだ。

「前にも来たことがあるの?」
「いいや、それはないが……なんというかこういう夢の跡地みたいなところに来ると、胸の奥から込み上げてくるものがあるだろう」
「大人はそういう感じ方をするの……」
「キャティはどう思うんだい?」
「私は……」

 佳詩子の今の気分は、グリエとは全く逆だ。一度目にここで抱いた感想と、寸分違うところはない。

「イヤだわ。人間(じぶん)の失敗を見るのは、つらいもの」

 間違いを認めたがらない、という点は若い気質だ。
 私語を慎めといった口で、話しに実が入るのもまた、彼女の若い所行だともいえる。

「データではここら辺だ。そうだろう、キャティ」

 先行していたルートが、全周囲を索敵しながら佳詩子に確認を求めてきた。

「そうよ。間違いなくここだわ」

 負の感情は少ないものの、屈辱的な場所である。体が覚えている。
 彼女も負けじと索敵ファイルを起動させたときに、はっ、とした。

「攻撃!」

 正面に光の帯が見えた。三機はそれぞれ回避運動を取ったわけだが、どうしたことかその攻撃はあらぬ方向へ飛んでいく。

「——? なんだ」
「どういうことだ……おいキャティ『さとり』が二体もいるぞ」

 ルートの言葉どおりだった。3Dセンサーは敵影を二体と捉えている。しかし、本当に驚くべき事は——

「——戦っているのか? 敵同士で。識別信号は確かだ」

 ふたつの敵影は端から見ても分かるように、砲火を交えている。異常な事態に拍車がかかったようだ。機体名は両方ともレクシオンのニュートバーム。おぞましいシルエットは一目で『さとり』だと確認できたが、もう片方は至極まともだった。そして普通のニュートバーム側が、分が悪い。負けている。

「キャティ、どうするんだ?」
「状況が状況だ。落ちつくまで、高見の見物を決め込むか?」

 判断は十六歳の少女ひとりにゆだねられた。だが、彼女は全く臆することなく、即決した。

「突っ込むわよ。目標は『さとり』ただひとつ。邪魔するようだったらもう片方も殺るけど、問題はない。アトミットを構成して——三分で片を付けるわ」

 彼女の極まり文句は、今までもやってこられたんだから今回だって、という最高の自信を二人にもたらした。

『了解!』

 そして三機のハドロアクセレイは、光学障壁を展開させて戦場に向かっていく。


 光学障壁の展開下では、無線によるやり取りや、データ通信ができない。したがってたとえ何機で向かったとしても、個別の戦闘になってしまう。
 それを解消するために考案されたのがアトミットと呼ばれる三機一組の連立プログラム方式で、同一時間軸上であらかじめ組み合わさったソリッドを、立ち上げることによって成り立っている。
 地球圏では使われておらず、タイミングの一致が難しいことや、一機にでもトラブルが起きると、連鎖反応で全てが崩壊するといったデメリットもあるが、現在の所宇宙で多重構成攻撃(ジャイロアタック)を行える唯一の方法だ。

 佳詩子達の攻撃が始まると、彼女がした心配は杞憂だったようで、まともなニュートバームは戦線を離脱した。理由は知るよしもないが、これで目標は『さとり』だけに絞ることができる。
 間に時間が入ったおかげで、多少なりとも敵の性質を把握できた。弱点ではないが、それは付け入る隙となる。

 佳詩子は出力を抑えた状態で、『さとり』にむかってベルグ断線マシンガンを乱射した。あたらないのは承知の上だ。だが、相手は完全に回避してしまうが故に、行動範囲が限定され、そして単調になる。
 そこをルート機が回り込んで同じように乱射する。避けるには左か右しかない。どちらにせよ、真横という観点では一直線上だ。そして既にそこにはグリエ機が機首先を向けていて、『さとり』が選択しうる回避方向は——もといた場所、つまり佳詩子の正面だ。
 3Dによる、格子を作って閉じこめることができた。

「もらった!」

 そして動いているが静止状態の矛盾した感覚に捕らわれながらも、佳詩子が放ったロンド粒子砲は——彼我の中間地点で消し飛んだ。

「——そっ、そんな事もできるのか」

 事もあろうに敵は——『さとり』はロンド粒子にロンド粒子をぶち当て、相殺させた。光に光を当てたのである。できないことではないが、可能性の段階を越えている。神業——まさに化け物だった。

「やられるか」

 この状態、一瞬後に隙ができるのは佳詩子達の方だった。それを感じていた佳詩子はとっさに機体をロールさせ、暫時撃たれた敵の光弾を弾く事に成功していた。
 だが、僚機のルート機には——完全に垂直に直撃した。
 激しくスピンしながらルート機は、よじれて飛んでいく。

 それを見送っている暇はない。アトミットの最大の隙——危機はここから始まるのだ。プログラム同士の連携がバラバラになり、システムエラーが起きる。だから、ここですぐに完全回避ソリッドにしないとどうなるか——その見本は間髪おかれずに発生した。まさに直後に今度はグリエ機が吹っ飛んだのだった。
 敵の連射しているロンド粒子砲は出力が抑えられていて、一発一発の威力は小さいが、それでも直撃角で入ると致命的だった。

「これじゃあ——」

 佳詩子は機体に乱数表を作動させ、左右に自分ですら把握できないほどに揺さぶった。それでも敵の攻撃はひっついてくる。
 また一発、また一発と——

「これでは、前と同じで——」

 目を見開き、見据えた真正面に『さとり』がいて、
 ずごん。
 直撃角に入った。果てなく吹っ飛んでいきそうな衝撃が佳詩子機を走った。
 誘爆を起こさぬように、全部の主力武器が廃棄されてしまった。

「またやられるのか?私は——たかが防御型に——」

 言い終わって彼女はハッとした。
 防御型?
 そうだ。何故気がつかなかったんだ。
 戦闘兵器が戦う必要があるから、そう呼ばれているように、防御型はなにをもって防御型と呼ばれるのか?守るべき対象があるはずなのだ。「さとり」には。
 それはなにか?決まっている。当時この辺にあったとされる基地だ。まだ夢を見ていた時の場所だ。

——位置は。

 彼女が「さとり」と出会った場所に間違いない。そこに行ければ・・・。

(だが——保つのか?この機体が——武器もないのに)

 迷っている暇はない。彼女には向かうしか道は残されていないのだ。
 光学障壁の数値が0に近づく。
 二度目の逃避行の再来だ。しかし、今の佳詩子には目標がある。向かうべき道があるのだ。

「見えた」

 視覚的には見えるわけがない。
 本当にあったとされるその基地は、もう何年も前に滅びてしまっているのだから。
 しかし、今の佳詩子にはしっかりと、機械によって確認されるまでもなく、『さとり』が守っている幻影を視る事ができた。

(——そこ!)

 佳詩子は反転して、固定化装甲を全パージした。
 浮遊装置を外された質量の塊はまっすぐに、幻の基地へと向かっていく。
 それらは明らかに遅い。光となど比べるまでもない。
 しかし基地への直撃を防ぐために、『さとり』にとってそれは避ける事のできぬ一撃となって——



 プカプカ漂っていた。
 残りのエネルギー全てを、逆噴射に使ってしまったため、今のハドロアクセレイの抜け殻というか中身には、移動する術はなかった。
 ナノ式装甲も光学障壁もないうえ、止まっている戦闘航宙殻は果てしなく無力だったが、漂っているという点では、まわりにある小惑星と何ら変わりはない。

(グリエのいったこと、何となく分かったような気がするわ)

 そこに人がいようがいまいが、関係なく「ある」というのはとても素敵な事に思えた。
 ルートとグリエの声が、無線機から流れるのは決して幻聴ではない。
「ま、こんなはずじゃなかったんだけどね」
 疲れて首を回し、星空を眺めた。




とある友人が僕に言いました。
「佳詩子・キャトラップって、どこの国の人間だよwwww」

……ですよねぇwwww