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「琴実:6/16 h」(2009/03/24 (火) 01:00:24) の最新版変更点
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……しかし、いったい何の用なのだろう?
話しかけてもらってうれしい、と思う以前に何の脈絡もないのは不自然だ。
琴生「あの……」
遙「えっ、なっ、何?」
琴生「すみませんが、何かご用ですか?」
遙「よっ、用っていうか……話したいことがあるっていうか……ただ、一緒にご飯を食べたくなったじゃ駄目かな?」
しどろもどろしていて、はっきりしない。
それに、駄目かな? はないんじゃないかと思う。
琴生「あの……本当になんなんですか?」
失礼かもしれないが、疑るようにして聞いた。
小さい頃に、こういうコトでからかわれた、苦い記憶が頭をよぎる。
……つい身構えてしまう。
遙「えーとね……」
遥さんはしばらく視線をさまよわせると、やがておずおずと切り出してきた。
遙「琴生さんが、捨て犬の世話をしている、みたいな話、聞いたんだけど、本当かな?」
琴生「捨て犬……」
私に関してなら、たぶんあの橋の下の子で、間違いないだろう。
実は、あの子のほかに捨て犬が、二匹や三匹いましたなんて話はない。
見知っているとはいえない私と話しているせいか、遥香さんも緊張しているようだった。
さっき妙に張り切った話し方は……たぶんそれの裏返しだ。
その様子を見ていると、いつもの人と接するときに感じるような、不安な気持ちが払拭されていき、自分が落ち着くのがわかった。
……しかし、どうにも話し方はぎこちなくなってしまう。
琴生「はい……そうです……けど」
遙「あれ? やっぱりそうなんだ」
琴生「……それがどうかしたんですか?」
遙「えっとね、私の友達にノトさんっていう子がいるんだけどね、その子の飼っていた犬が逃げ出しちゃったみたいなの。黄色くて結構大きい、ラブラドール・レトリバーだって言ってたんだけど……」
ノトさん……たぶん能登と書くのだろうか。
遙「それで結構前から、一緒に探してたんだけど、そんな時に琴生さんが橋のあたりで、捨て犬の世話をしている、みたいな話を聞いてね」
私の犬が、そうなんじゃないかと思ったわけだ。
琴生「た、確かにそれは私だと思いますけど、でもたぶん、犬は違うと思います。そんなに大きくないっていうか、あの子、まだ生後六ヶ月もたっていなかったから……」
遙「……そうなんだ。じゃあ、まるっきり違うんだ。変なこと聞いてごめんね」
それほどのことでもないのに、遥さんは両手をあわせて謝ってきた。
しかし不思議なことがある。
琴生「あの、その話……誰から聞いたんですか?」
遙「えっ? もちろん、能都さんからだけど」
琴生「ええと……そうじゃなくて、私が犬の世話をしているという話です」
あの橋の周辺は地形的にも複雑で、近くに大通りにも面したもっと広く大きな道もあるので、人通りは多くない。
それに誰かが通りかかっていたとしても、橋の上をそのまま通過して終わりだ。
……通りかかった同じ高校の女生徒に見つかったとは、考えられない。
遙「男の子の友達……なんだけど、つい最近、あそこに琴生さんがいるのを見たって……伊吹優也くんって知ってる?」
琴生「……知りません。そんな人」
首を振って答えた。
男子生徒でも同じだ。男子だから、女子の私が橋の下でコソコソしているのを、見つけたとか、そんなこともないだろう。
伊吹優也——聞いたこともない。交友関係の狭い私が、男子の名前など知っているわけもなかった。
琴生「あの……すみませんが、どうしてその人に聞かないんですか?」
……私の姿を見たということは、当然犬の姿も見ているんじゃないだろうか?
私にわざわざ尋ねるよりも、その人に聞いた方が圧倒的に楽だろう。
琴生「……結構親しい仲なんですよね?」
遙「うんっと……親しいには親しいんだけどね……でも、もう聞いたっていうか……」
最初と同じく、またもや遥さんは困ったような赤い表情をすると、もごもごと口ごもってしまった。
琴生「あっいえ……えっと、これは無理に答えなくてもいいです」
理由を聞いてみたくもあったが、これ以上追求するのはやめておいた。
正直な話、変な問答しかしてなかったようだが、久しくしていなかった他人との会話に、、私は充実した感じがしていた。
途中で緊張がほぐれた分、わりかし普通の受け答えができたような気もする。
……犬のことを訊きに来た遥さんは、話が終わった後に、すぐにどこかに行ってしまうような気もしたが、最後まで私と一緒に食事をしてくれた。
少しばかりたどたどしくなりながらも私たちは、例の犬のことから、自分のことや学校のことなど、高校二年生の女子が話すような内容の会話で、笑いあった。
遙「それで? その子にはなんて名前を付けたの?」
琴生「えっと、特につけてはいません。一匹しかいないし……」
遙「名前つけないのはよくないよ。ちゃんと認めてあげないと可哀想じゃない。えーとじゃあ私がつけてあげるね。うーんと……ボン太くん!」
琴生「……なんだか、暑苦しそうな名前ですね」
………。
食事が終わった後、遥さんは、また、一緒に食べようねといって、数5の教室を出て行った。
彼女とは同じ学年だが、受ける講座が違うのだ。
時計で時間を確認すると、もう授業が始まる時間で、図書館に行くような暇はなくなっていた。
久々に、一人で図書館に行くこともなく、同時に久々に楽しかったと思えた。
シーン「教室」
………。
五時間目の授業も終わりを迎えた。
家に帰ってもすることはないが、学校が終わり、一番ほっとする時だ。
鞄を背負って廊下に出た。
シーン「道(昼)」
一日の授業が終わって、一番最初に下校するのは、いつも私だった。
校門の周りを見回してみても、まだほとんど帰ろうとしている人はいない。
……みんな、そんなに学校でやることがあるのだろうか。
授業が終われば学校にもう用はなくなる。
部活にも入っていないし、一緒に遊ぶ友達もいない。
………。
まだ日は高く、太陽があたりをさんさんと照らしている。
その日差しの中をーーそれでも私はとぼとぼと、一人で家にと向う。
朝、この道を学校へと向かって登校してくるときには、いつも憂鬱に感じている。
学校に行ってもすることは何もなく、私はただ、無感動に動く心を持たない人形のように、過ごしていくだけだからだ。
……しかし、だからといって家にと帰るのがうれしいわけではない。
学校へ向かうときほどいやなわけではないが、家に帰っても結局することがないという点では、同じことだ。
……家に帰っても、おそらく誰もいないだろう。
家族がいないわけではもちろんない。
母と父と、そして兄がいる。
両親は、仕事でいつも帰るのが遅い。
夜も十分更けたような頃に人知れず帰ってきて、朝、私が目を覚ましたときには、すでに出かけてしまっている。
顔を合わせることなど滅多にない。
兄さんの方はよくわからない。
大学に通っているのか、仕事に就いているのか、それとも無職なのか、そういうことすらも全くわからない。
……ただ、両親と同じく、滅多に家にいることはない。
いつの間にか家の中から姿を消していて、時々——ふとたまに、部屋の中にいるだけなのだ。
……だから私は、家に帰ってもひとりだ。
シーン「家(夜)」
………。
玄関をくぐって、家の中に入る。
中は殺風景で、片づける人が誰もいないので、乱雑に散らかっている。
広い割に誰もいないからか、生活臭というものが全くしない。かき分けるようにして自室へと向かう。
……だんだんと、頭の中がぼやけてくる。
家の中にいると、自分でもそうとわかるくらい、何も考えることができなくなる。
視界も薄まぶたで世界を眺めているような、狭く、曇ったようなものになって、曖昧になる。
……どうしてそんなにぼんやりとしてしまうのか。自分では分からない。
ただ……ここにいれば、考える必要がなくなるからかもしれない。
シーン「部屋(夜)」
………。
……部屋の中は暗いが、電気はつけない。
鞄をおろして、ベッドに腰掛けた。
ここにいて、殻のように閉じこもっていればなにもしなくてもいい。
そしてーーそれは楽だ。
それは眠くなるような感覚に近い。
閉め切った部屋の中なのに、何処からか風が吹き込んできて、体が冷やされるような心地を抱く。
……手足を丸めてうずくまった。
シーツをたぐり寄せる。
こうしている間にも、だんだんと意識は削られていく。
頭がぼんやりとしてくる。
自分が何処にいるのかも、明確に感じ取れなくなる。
思考能力が奪われていく。
奪われていく。
……誰に?
ただ……何も考えなくて良くなる。
やはりそれは楽だ。
ベッドに横になって、最後に意識がなくなるのを感じた。
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……しかし、いったい何の用なのだろう?
話しかけてもらってうれしい、と思う以前に何の脈絡もないのは不自然だ。
琴生「あの……」
遙「えっ、なっ、何?」
琴生「すみませんが、何かご用ですか?」
遙「よっ、用っていうか……話したいことがあるっていうか……ただ、一緒にご飯を食べたくなったじゃ駄目かな?」
しどろもどろしていて、はっきりしない。
それに、駄目かな? はないんじゃないかと思う。
琴生「あの……本当になんなんですか?」
失礼かもしれないが、疑るようにして聞いた。
小さい頃に、こういうコトでからかわれた、苦い記憶が頭をよぎる。
……つい身構えてしまう。
遙「えーとね……」
遥さんはしばらく視線をさまよわせると、やがておずおずと切り出してきた。
遙「琴生さんが、捨て犬の世話をしている、みたいな話、聞いたんだけど、本当かな?」
琴生「捨て犬……」
私に関してなら、たぶんあの橋の下の子で、間違いないだろう。
実は、あの子のほかに捨て犬が、二匹や三匹いましたなんて話はない。
見知っているとはいえない私と話しているせいか、遥香さんも緊張しているようだった。
さっき妙に張り切った話し方は……たぶんそれの裏返しだ。
その様子を見ていると、いつもの人と接するときに感じるような、不安な気持ちが払拭されていき、自分が落ち着くのがわかった。
……しかし、どうにも話し方はぎこちなくなってしまう。
琴生「はい……そうです……けど」
遙「あれ? やっぱりそうなんだ」
琴生「……それがどうかしたんですか?」
遙「えっとね、私の友達にノトさんっていう子がいるんだけどね、その子の飼っていた犬が逃げ出しちゃったみたいなの。黄色くて結構大きい、ラブラドール・レトリバーだって言ってたんだけど……」
ノトさん……たぶん能登と書くのだろうか。
遙「それで結構前から、一緒に探してたんだけど、そんな時に琴生さんが橋のあたりで、捨て犬の世話をしている、みたいな話を聞いてね」
私の犬が、そうなんじゃないかと思ったわけだ。
琴生「た、確かにそれは私だと思いますけど、でもたぶん、犬は違うと思います。そんなに大きくないっていうか、あの子、まだ生後六ヶ月もたっていなかったから……」
遙「……そうなんだ。じゃあ、まるっきり違うんだ。変なこと聞いてごめんね」
それほどのことでもないのに、遥さんは両手をあわせて謝ってきた。
しかし不思議なことがある。
琴生「あの、その話……誰から聞いたんですか?」
遙「えっ? もちろん、能都さんからだけど」
琴生「ええと……そうじゃなくて、私が犬の世話をしているという話です」
あの橋の周辺は地形的にも複雑で、近くに大通りにも面したもっと広く大きな道もあるので、人通りは多くない。
それに誰かが通りかかっていたとしても、橋の上をそのまま通過して終わりだ。
……通りかかった同じ高校の女生徒に見つかったとは、考えられない。
遙「男の子の友達……なんだけど、つい最近、あそこに琴生さんがいるのを見たって……伊吹優也くんって知ってる?」
琴生「……知りません。そんな人」
首を振って答えた。
男子生徒でも同じだ。男子だから、女子の私が橋の下でコソコソしているのを、見つけたとか、そんなこともないだろう。
伊吹優也——聞いたこともない。交友関係の狭い私が、男子の名前など知っているわけもなかった。
琴生「あの……すみませんが、どうしてその人に聞かないんですか?」
……私の姿を見たということは、当然犬の姿も見ているんじゃないだろうか?
私にわざわざ尋ねるよりも、その人に聞いた方が圧倒的に楽だろう。
琴生「……結構親しい仲なんですよね?」
遙「うんっと……親しいには親しいんだけどね……でも、もう聞いたっていうか……」
最初と同じく、またもや遥さんは困ったような赤い表情をすると、もごもごと口ごもってしまった。
琴生「あっいえ……えっと、これは無理に答えなくてもいいです」
理由を聞いてみたくもあったが、これ以上追求するのはやめておいた。
正直な話、変な問答しかしてなかったようだが、久しくしていなかった他人との会話に、、私は充実した感じがしていた。
途中で緊張がほぐれた分、わりかし普通の受け答えができたような気もする。
……犬のことを訊きに来た遥さんは、話が終わった後に、すぐにどこかに行ってしまうような気もしたが、最後まで私と一緒に食事をしてくれた。
少しばかりたどたどしくなりながらも私たちは、例の犬のことから、自分のことや学校のことなど、高校二年生の女子が話すような内容の会話で、笑いあった。
遙「それで? その子にはなんて名前を付けたの?」
琴生「えっと、特につけてはいません。一匹しかいないし……」
遙「名前つけないのはよくないよ。ちゃんと認めてあげないと可哀想じゃない。えーとじゃあ私がつけてあげるね。うーんと……ボン太くん!」
琴生「……なんだか、暑苦しそうな名前ですね」
………。
食事が終わった後、遥さんは、また、一緒に食べようねといって、数5の教室を出て行った。
彼女とは同じ学年だが、受ける講座が違うのだ。
時計で時間を確認すると、もう授業が始まる時間で、図書館に行くような暇はなくなっていた。
久々に、一人で図書館に行くこともなく、同時に久々に楽しかったと思えた。
シーン「教室」
………。
五時間目の授業も終わりを迎えた。
家に帰ってもすることはないが、学校が終わり、一番ほっとする時だ。
鞄を背負って廊下に出た。
シーン「道(昼)」
一日の授業が終わって、一番最初に下校するのは、いつも私だった。
校門の周りを見回してみても、まだほとんど帰ろうとしている人はいない。
……みんな、そんなに学校でやることがあるのだろうか。
授業が終われば学校にもう用はなくなる。
部活にも入っていないし、一緒に遊ぶ友達もいない。
………。
まだ日は高く、太陽があたりをさんさんと照らしている。
その日差しの中をーーそれでも私はとぼとぼと、一人で家にと向う。
朝、この道を学校へと向かって登校してくるときには、いつも憂鬱に感じている。
学校に行ってもすることは何もなく、私はただ、無感動に動く心を持たない人形のように、過ごしていくだけだからだ。
……しかし、だからといって家にと帰るのがうれしいわけではない。
学校へ向かうときほどいやなわけではないが、家に帰っても結局することがないという点では、同じことだ。
……家に帰っても、おそらく誰もいないだろう。
家族がいないわけではもちろんない。
母と父と、そして兄がいる。
両親は、仕事でいつも帰るのが遅い。
夜も十分更けたような頃に人知れず帰ってきて、朝、私が目を覚ましたときには、すでに出かけてしまっている。
顔を合わせることなど滅多にない。
兄さんの方はよくわからない。
大学に通っているのか、仕事に就いているのか、それとも無職なのか、そういうことすらも全くわからない。
……ただ、両親と同じく、滅多に家にいることはない。
いつの間にか家の中から姿を消していて、時々——ふとたまに、部屋の中にいるだけなのだ。
……だから私は、家に帰ってもひとりだ。
シーン「家(夜)」
………。
玄関をくぐって、家の中に入る。
中は殺風景で、片づける人が誰もいないので、乱雑に散らかっている。
広い割に誰もいないからか、生活臭というものが全くしない。かき分けるようにして自室へと向かう。
……だんだんと、頭の中がぼやけてくる。
家の中にいると、自分でもそうとわかるくらい、何も考えることができなくなる。
視界も薄まぶたで世界を眺めているような、狭く、曇ったようなものになって、曖昧になる。
……どうしてそんなにぼんやりとしてしまうのか。自分では分からない。
ただ……ここにいれば、考える必要がなくなるからかもしれない。
シーン「部屋(夜)」
………。
……部屋の中は暗いが、電気はつけない。
鞄をおろして、ベッドに腰掛けた。
ここにいて、殻のように閉じこもっていればなにもしなくてもいい。
そしてーーそれは楽だ。
それは眠くなるような感覚に近い。
閉め切った部屋の中なのに、何処からか風が吹き込んできて、体が冷やされるような心地を抱く。
……手足を丸めてうずくまった。
シーツをたぐり寄せる。
こうしている間にも、だんだんと意識は削られていく。
頭がぼんやりとしてくる。
自分が何処にいるのかも、明確に感じ取れなくなる。
思考能力が奪われていく。
奪われていく。
……誰に?
ただ……何も考えなくて良くなる。
やはりそれは楽だ。
ベッドに横になって、最後に意識がなくなるのを感じた。
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