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物語


開始前

 熊本県、阿蘇山の中腹にぽっかりと空いた大洞穴。
 地に下りた日蝕のようにも見える真っ黒なそれは、鉄色の臭気を辺りに撒き散らしていた。 『国家刺客試験』、最終試験の会場である。

「――開始の合図はまだなのかしら」

 暗闇の中で、『参加者』 の1人が、憮然とした様子でつぶやいた。 反応を見せる者は誰もいない。 その場に集められた20数名の男女の中で、最初に口を開いたのは彼女だった。

「すでに予定時刻の15時を大幅に超過しているわ。 私たち……ハメられたんじゃないの?」

 さらに言葉を続けると、ようやく、数人が彼に目を向けた。 彼女は、自分の言葉が周囲に沁み込んでいくのを確認するように間を空けて、続けた。

「危険度A級魔人の首を獲るのがどれだけ大変だったか、ここにいる皆なら身をもって知っているはずよね? それもこれも、『刺客試験』 だっていうから命を懸けた……。 だけど、予定時刻になっても誰も現れない。 これが何を意味すると思う?」

 彼女は、周囲によく見えるように、自分が獲ってきた『首級』 を掲げ、左右に振って見せた。 ここにいる全員が、彼女と同じように、1人につき最低ひとつ、危険度A級魔人の首を持って来ている。 それは、刺客試験に必要な、自らの力を国家に示す証なのだった。

「この茶番は、刺客試験の名を借りた、大量の魔人粛清計画だったってことじゃない? 5年前のクーデター以来、この国の政府はまともに機能してないものね。 A級首を始末するついでに、それ以上の『力』 を持ってる私たちを、不穏分子として一網打尽にする作戦かも知れないわよ」

 彼女の話を聞いている魔人たちの反応は様々だった。 動揺する者、もっともらしくうなずく者、睨み付けるように顔を歪める者。
 しかし、大半の者は――彼女に視線を向けることさえしていなかった。
 彼女はそんな、全員の反応を隅々まで見渡すと、ひとつ息をついた。

(…5人、てとこか。 まぁいい。 頃合いだな…)

 小さく息を吸って、声を張った。

「私は抜けるわ。 何が刺客試験よ、バカみたい。 刺客の誘いならアメリカからも来てる。 この首を手土産に、そっちとでも接触するわ。 ……でも、そうね……」

 やや声を落とし、親しげな色を混ぜる。

「あなたたち、どう? 私と一緒にアメリカの所に行く人はいない? 私が口を利いて、向こうのエージェントになれるよう取り計らってもいいわよ」

 数人が、ぴくり、と反応するのが分かった。 効いている。
 いかに強力な魔人であろうと、この状況の中で不安や焦燥を感じていない者は少ないだろう。 皆が皆、A級首を狩ってから今日までほとんど不眠不休、精神をすり減らしながら会場であるここを探し出し、そして来たのだ。 しかし現状、多大なリスクを支払った挙句、盛大な肩透かしを食らわされるかも知れない。
 より良い状態、条件を提示されれば、心がぐらつくのも仕方がないことだった。

「さぁ、どうする……?」

 彼女の呼びかけに従って、数名の男女がゆっくりと立ち上がった。

「全部でひぃふぅ…6人か。 あなたたちは行くのね?」

 立ち上がった魔人たちは、おのおのうなずく。 彼女は、座ったまま動こうとしない残りの16名に向かって、肩をすくめながら言った。

「で、そっちは残る、と。 残念ね、いい話なのに」

 彼女の大げさなボディランゲージに、座ったままの魔人のうち幾人かは心中で警戒を強めていた。 去り際に、何か能力を使ってくるかも知れない――。 空気が緊張感を帯びた、次の瞬間。

「はい、3次試験、終了」

 彼女がそう言うと同時に、立っている者の中の1人、ナタのような刃物を握っていた男が、自らの頭をざっくりと右側から真っ二つにしてしまった。 縁日などで売っているお面が外れるように、首を支柱に残したまま、顔がぺろん、と前に倒れた。 その顔は、少しキョトンとして見えたかも知れない。 立っている者も座っている者も、目の前で何が起こっているのか、理解できなかった。

「は…?」

 そのまま、彼はすとん、と膝からその場に崩れ落ちた。 噴水のように、傷口から血が盛大に噴き出した。

「なっ、何なの一体!?」

 立ち上がっていた別の1人、長い髪の女が叫んだ。 叫びながら、彼女自身も、自らの武器である五寸釘を、かなづちで自らのこめかみに深々と打ち込んでいた。 こーん、と、間の抜けた音がして、釘は魔法のように皆の視界から消えた。 もちろん、彼女の頭部の中に。

「えぁっ…?」

 目をぐるりと剥いて、彼女も倒れた。 連続して聞こえる悲鳴と共に、立ち上がっていた者たちは同時多発的に、次々と武器を構え、そして、自らに向けてそれを振るっていった。 フォークを持つ者は頚動脈をパスタのようにぐるぐると掻き出し、銃を持つ者は銃身を口にくわえて引き金を絞った。 狂気に憑かれたような連続自殺劇は、最後の1人が倒れたところで、その幕を下ろした。

 立っていた者たちは全員が倒れ伏していたが、座っていた者たちもまた、余りの惨状を目の当たりにして、身動きが取れずにいた。

「いま座っている者たちは、全員、第3次試験に合格した」

 最初に扇動を始めた女の声が、固まった空気を切り裂いた。 生き残った魔人たちの視線が一斉に集まる中、彼女は落ち着き払って、彼らに向かって言葉を続けた。

「1次試験はメールの返信による『筆記』、2次はA級首の抹殺、および不明な会場を探し出すことによる『実技』、そして、たったいま行われた扇動に対する対処を見るのが、3次試験の『面接』、というわけだ」

 先ほどまでとは打って変わった、硬質な口調だった。 全身黒づくめで、感情の読み取れない瞳を骸に向けている。

「どんな状況でも揺らがない、その精神力を試させてもらった。 こいつらは落第したが、君たちには最終試験に臨む資格を与えよう」

 彼女の目が、初めて、参加者に向けられた。

「私の名前はオルガノン=カノン。 3次試験の面接官、および、最終試験の試験官を担当する、『転校生』 である」

 参加者たちの心身に緊張が走った。 オルガノンと名乗ったこの試験官が『転校生』 であることへの驚きによるものである。 そしてそれは、いま彼らを“自殺”させたのが、彼女の能力であることへの確信でもあった。
 オルガノンは、参加者全員にゆっくりと視線を這わせてから、手首に巻いた腕時計に視線を落とした。

「最終試験は、各々の能力を見せてもらう。 はずだったんだが……困ったことに時間が足りないようだ」

 ぱん、と手を合わせる。 言った。

「よって、最終試験の内容を、『グループワーク』 に変更する。 各自、適当に2チームに分かれろ」

 グループワーク?
 いぶかしげな表情を浮かべる受験者たちに、彼女は事も無げに続けた。

「内容は2チームに分かれての、『殺し合い』 とする」