※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

10月1日「仏陀」

夜中何回も目が覚めた、なぜなら私の寝ている真横には備え付けの扇風機が二台フル回転でまわっているのだ。始めは生暖かい風が吹いてきて気持ち悪く明け方になると寒い風が吹いてくる、寝袋を持っていたがそれを使うほど寒くもなくそれが何時間も続きほとんど寝れなかった。。朝の4時30分に駅に着きFさんと合流してS君が来るのを待っているとダンディーなインド人がいい宿があるから連れてってやると流暢な日本語で話しかけてきた。彼の名前はアショさん、日本語は先生?と呼ばれる人に日本語を教えてもらっているらしくかなり日本語がうまい。うさんくさかったがS君が来るまでの間三人で話をしていた。S君の乗った電車のホームまでアショさんが案内してくれた。ガヤーはガイドブックを見てもあまり見るものもないのでそこから少し離れたブッタガヤーを目指すことにした。オートリキシャーを探してみるが早朝だったのか足元をみられなかなか乗ることができずいらいらしていると、またアショさんが来て彼の友達のオートリキシャーを薦められた価格もやすかったのでそれに決めた。運転手の名前はラジジ、彼の顔はおもしろく日本語も片言なら話せ楽しいやつだ。ブッタガヤーまでの道のりは本当に田舎で人があまりいないせいかインドの自然を感じられて気持ちがよかった。ブッタガヤーに着きゲストハウスに荷物を置いた。部屋は8人部屋のドミトリーでイスラエル人3人とドイツ人1人、軽く挨拶した後街にくりだした。ブッタガヤーはのどかな田舎で交通も少なく人ごみもない動物も多くこどもたちが楽しく遊んでいる。少し散歩してから三人でマハボディー寺院に行った、ここの寺院は仏教の開祖ブッタが山での修行を終えこの寺院内の菩提樹の木の下で僧を集め悟りをひらいた最初の場所である。マハボディー寺院は工事中だったが趣のある建物だった。中では靴を脱いで参拝した奥に進むとコブラに乗ったブッタ?が水辺に浮いていた。英語が話せるインド人がブッタについて話してくれた、私は高校で仏教のの勉強をしていたが彼の話しとはだいぶ食い違っていた。寺院を出たらアショさんとラジジと出くわしみんなでチャイを飲んだ、少しすると彼らの日本語教師ナンダーさんがやってきた。彼は日本人の奥さんとインドで宿を経営しるため日本語が堪能であった。夜になり屋台でカレーを食べることた、屋台で食べるのは初めてであり衛生面が多少気になったがおいしかった(サムズアップがうまい←コーラみたいなもの)宿に戻りすぐに寝た。

10月2日「洗礼」

朝はやく目覚めた、なぜなら昨日食べた物があたったからだ。昔から腸が強くなくよく腹をこわすがここまで腹を壊すとは思っても見なかった。さすがインド!腹がものすごく痛く、ベット→トイレ→ベットの行ったりきたりだったが昼前くらいにはだいぶ良くなり外に出て食事をした。お粥やうどんみたいな食べ物もあったがチキンロールに目が行き、結局チキンロールを食べた。調子も良くなったので市場を見に行った、市場は案の定人でごったかえしていた。狭い道の路上で物を売るため道はより狭くなり人口密度はかなり高かった。市場では野菜、肉、おもちゃ、たばこと生活必需品はすべてそろう程多種多様なものが売っていた。私はGパンを履いていたので暑くて仕方がなくこの市場ですぼんをオーダメイドすることにした。生地を選び、寸法を測った、値段は190ルピー(約600円)←後から考えると多少高いがそれでも日本と比べると安い。仕上げまでに数時間かかるといわれたので街を歩き時間を潰した。ズボンを取りにいき夕食はお粥を食べた。ゲストハウスに戻りそのままねた。

10月3日「インド人の富豪」

また朝早く起きた、しかし腹が痛いわけではない異常に寒むかった。目が覚めたので散歩することにした、朝は人がほとんどおらず、動物も眠っていた。あまりにヒマだったのでゲストハウスに戻りまた寝た。朝食を済ましS君と市場に向かっている途中で一人のインド人が声をかけてきた。彼も日本語が流暢でこれから家に来ないかと誘ってきた。うさんくさいとおもいながら暇だったので行くことにした、彼の家に行く途中でお茶でも飲むかといって高級ホテルに入っていった、普通のインド人がお茶をするといえば当然外であるが彼はホテルに入っていった。S君と話合いぼったくられたら逃げようと決めホテルに入っていくと彼はホテルの従業員と仲良く話していた。聞くところによると彼の弟が経営するホテルだった。安心してお茶を飲みホテルを出て彼の家に行った。彼の家は三階建てできれいな奥さんと子どもと三人で暮らしていた。彼は自分の弟の話やインドについて話してくれた。彼のお勧めのチベット料理の店で食事をしてゲストハウスに帰った。

10月4日「謎のドイツ人」

ブッタガヤーはとても静かで自然に囲まれていて、人も親切なので私は居心地が良いが1つだけ問題があった、それは同じ部屋のドイツ人、彼は40歳後半くらいでだいたいベットの上でラジオを聴いてぶつぶつ言っている。しかしそれだけなら問題ないが、彼は5分に一回は何かにつけて大声で罵倒する。彼はよくインドには失望したとか、ドラッグは反対だと一人でぶつぶついっている。そんな彼が今日ブッタガヤーを出て行った、彼は出発する前、私に壊れたラジオとボロボロの布をくれた、欲しいとも言ってないのに。。。荷物になるのでそれらをラジジにあげた。その後バラナシ行きのチケットを買いに行った。ブッタガヤーでの最後の晩餐は一日目の屋台で食べることにした。

10月5日「出発」

朝早く起きた、腹も壊してない!!今日昼過ぎにバラナシに向けて出発する。S君が朝早くネパールに向けて出発するので見送りに行きまた寝た。出発の準備をして昼食にもも←チベット料理を食べた、香草が入っていたのでおいしくなかった。最後にラジジとアショさんに会いブッタガヤーを出た。