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10月5日「洗礼②」

ガヤー駅を出発して約4時間バラナシに着いた。バラナシの中心街まではオートリキシャーを使って約1時間半。電車の中で出会った日本人3人と割り勘で行くことになった。道が整備されていないためバラナシ市街につくころにはみんな疲れきっていた。バラナシにはガンジス川が流れいて川に沿って建物が建っている、いったん路地に入ると場所が分からなくなりまるで迷路のような町である。しかも夜だったので前は何もみえずゲストハウスを探すのも一苦労である、バラナシでは夜に出歩き行方不明になるということが頻繁にあるらしい。やっとの思いでガンジス川沿いのゲストハウスを見つけた、私たちは本当に疲れていたのではやく横になろうとして部屋に入った、ベットの色は黒色?よく見るとうじゃうじゃ動いている、昆虫だった!!!!ベットの上に数千匹の虫が!!こんなところで寝れるはずもなくゲストハウスを出ようとしたら、オーナーがドミトリーがちょうど4つ空いてると私たちを呼び止め一度見ることにした。部屋は地下窓はなし、ろうそくが唯一の明かり木のベットが並んでいるだけ、はっきりいって牢屋みたいだったがそこで寝ることにした。ベットに横につくなり死んだように寝た。

10月6日「聖なる川」

気持ちよく朝を迎え、牢屋を出て外に出た。目の前にはガンジス川が見えた。。。汚いが第一印象であった、これが聖なる川。水浴びしている人洗濯している人、インド人にとってのとても重要な場所であるのは分かるが何より虫が多い。牢屋で寝るのはもう嫌なので新しいゲストハウスを探した。昼食を済ましゲストハウスを見つけアーグラ行きのチケットを買った。チッケト屋のおじいちゃんは陽気で気前もよくお茶やビスケットを振舞ってくれバラナシについても話してくれた。この街は道が狭いのにバイク、人、犬、牛の往来が激しい。夜はカレーの定食を食べた、豆のカレー(ダール)はおいしくない。

10月7日「ガンガーに触れる」

久しぶりに洗濯する、洗濯といっても手洗いである。今日は4人でボートを手配してガンジス川に行くことにした、ボートに乗るまで時間があったのでここに来たときから気になっていた楽器の店に行った、バラナシは音楽で有名な街である、インドの伝統楽器シタールという弦楽器や、タブラという打楽器があるが両方とも音がとても気持ちがよく一度やってみたかったのである。私は打楽器のタブラに挑戦した、タブラは二つの太鼓を叩いて音を出す楽器である。インド人の叩いているとこを何度も見るが、なかなかそのようにはできず、ボートの時間も迫っていたので楽器屋を後にした。ガンジス川のボート乗り場から出発した、やはり川は汚く、手を入れてみるとどろっとした。ボートはガンジス川の中心部火葬場までやってきた、ここで死者は焼かれ川に流される、とても神聖な場所でありヒンドゥー教徒にとってはここで焼かれることは輪廻から解放されるという意味を持ちとても重要な場所である。火葬場を離れ今度はシバ神の祭壇を見た、祭壇といってもそんな大きなものではなく、側面は黄色と黒のストライプ色で塗装してあり、インド版阪神みたいだった。ボートから降り夕食に日本食を食べた、味はおいしくないが香辛料料理に飽きていたので完食した。バラナシにある日本レストランしゅん亭はおすすめ!!

10月8日「巡礼地」

今日はバラナシから少し離れたサルナートに行くことにした、ここは、ブッタが巡礼した場所で有名で仏教徒にとってはいちどは訪れなければならない場所である。バラナシからオートリキシャーとバスで約2時間、バスから降りると目の前には庭園がありそこには、大きなドーム型の建物があったり、お寺がある。一通り庭園を一周するのに一時間もあれば十分であり、それ以外見るものはないためバラナシにもどった。市場に行きヒンドゥー教の神様のシールと葉書を数枚買った、一枚4ルピー程度でかなりお勧めである。市場ではもうすぐ大きな祭りがあるためその準備のため人が大勢いた。夕食をたべガンジス川沿いを歩いているとナイトセレモニーがやっていたのでそれを見てゲストハウスに戻った。

10月9日「駅のホーム」

朝起きてガンジス川沿いを散歩した、もうバラナシに来て4日経つがまだ道に迷ってしまう。昼食をとりインターネットをしたがすぐに停電して作ったメッセージは消えてしまった、バラナシでは頻繁に停電するのでそのたびいらいらしていた。チケット屋のおじいちゃんのところに遊びに行った、相変わらずお茶とビスケットをご馳走してくれ、最後におじいちゃんは泣きながらまた遊びに来いといってくれた。荷物をまとめバラナシ駅にむけて出発した、たまたま3人の日本人も同じ電車だった。駅に着き乗車時間までホームでまつがなかなか電車は来ない、、、駅員に聞いてもすぐ来るの一点張りである。荷物を置き長期戦に備えぼーっとしていると、手のない少年や目が片目しかない少年たちに金をくれと何度もいわれたがあげなかった、きりがないからである。駅のホームを見渡すと、人や動物の汚物、ごみがそこらじゅうに散らばりその中で生活している人もいる、まさにここは戦時中を思わせるほど最悪なところだった。結局電車は9時間遅れた、電車に乗るころにはへとへとになっていた。