名前を呼んで(2) P90

    

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P90 ◆zxHMwgV2XM 投稿日:2006/09/20(水) 01:25:15.14 jcLvqm2O0

 僕が昌俊と付き合ってる。
 その噂はあの日の翌日には少なくともうちの学年全体に伝わっていた。
 なのに、不思議なほどそのことを追究されることはなかった。みんな遠巻きに興味ありげな視線を向けてくるけど、実際に訊いてくる奴はいなかった。
 ある一人を除いて…。
「なんでアキちゃんとトシちゃんが付き合ってることになってるの!?」
 昼休みになるのとほぼ同時に尋海が駆け込んできた。…あ、先生がびびってる。
 一応授業は終わってたけど、本当に終わった直後だったせいで尋海の大声がやたらと響いて、教室の全員が呆気に取られている。
「…ちょっと、尋海、こっち来て」
 変な沈黙に包まれてる教室から、同じ顔をしている兄……いや、姉を連れ出す。
 昨日、帰ってから僕は尋海にこの件を説明できなかった。
 まだ尋海が本調子じゃなかったのもあるし……。
 ぼろぼろになってしまった気持ちのまま、尋海とまともに顔を合わせることなんかできなくて、早々に部屋に引きこもってしまったせいだ。
 息ができないくらいに胸が痛いのに、泣けた方のが楽なのに涙は枯れたようにもう流れてくれなかった。
 ベッドの上で小さく丸まりながら…色んなことを考えた。
 昔のこと、とか…、これからのこと…。考えれば考えるほどに、気持ちが沈んでいって…、だけど僕は一つだけ心に決めた。
 あんまり人が通らない廊下まで来て僕たちは足を止める。
「尋海はやっぱり嫌か…?」
 僕と昌俊が付き合うことになって。
 弱々しくなってしまった口調で尋海に訊く。すると尋海は少しだけポカンとした顔になって、そして尋海らしからぬニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべた。



P90 ◆zxHMwgV2XM 投稿日:2006/09/20(水) 01:26:56.59 jcLvqm2O0

「ふ~ん? あ、そう、そうなんだ」
 何が『そう』なんだ?
 僕がそれを質問する前に…。
「うん、別に僕は反対しないよ。…へぇ~。じゃ、ぼくはこの後約束あるからっ」 
 意味深な言葉を残して、跳ねるようにして尋海は走っていった。
 やっぱり尋海は性格も良いと、こういう時に思わされる。
 さっぱりしてて、人が踏み込まれたくない所をぎりぎりで察してくれる。それを多分自覚なしでやってるんだから、到底僕が敵うものではない。
 あまりの違いに落胆の溜息を吐きそうになって、それを飲み込む。
 そして僕はゆっくりと深呼吸をして肩の力を抜いた。…ほんの少しだけ気分が浮上した気がした。
 誰がどう思ってようと、これで昌俊と付き合うことを口に出して反対する人がいなくなってしまった。
 だから、昌俊と付き合ってもいいんだと、ようやく自分を納得させられる。
『好きな奴と付き合えるんだから、何も求める必要はない』
 これが昨日ベッドの中で辿り着いた結論。
 昌俊がどう思ってるかなんてわからない。だからこそ僕からは何も求めない。
 そうとでも思わないと…壊れてしまいそうだったから。
 自分だけが相手を好きで……なのに相手の気持ちは全く見えない。いや……下手をすれば……。
 ――やめよ…。
 わかりきってることを再確認して傷つくなんて馬鹿らしい。昔からの癖になっている深呼吸をもう一度する。と。
「またこんな変なとこにいんのか?」
 前と同じように声をかけられた。なんで僕がいる場所がこいつにはわかるんだ?
「昌俊…こそ、なんでここにいるんだ?」
「さあな~」
 中途半端な笑みではぐらかされて、それでも一応探してくれたんだろうと思うと、嬉しさが胸に込み上げてくる。
 こんなに幸せなんだから、と自分を誤魔化す材料がまた増えた。
 ――僕は昌俊に何も求めちゃいけないんだ…。



P90 ◆zxHMwgV2XM 投稿日:2006/09/20(水) 16:56:47.22 jcLvqm2O0

 >>138の続き

「遊びに…?」
「そ、明日行くぞ」
 あまりに唐突な昌俊からの誘いに僕は首を傾げた。
 付き合いが始まって二週間。その間に変わったことと言ったら昼休みを昌俊と過ごすようになったくらい。
 でも大体尋海もいっしょだから特に変わったことはないと言ってもいい。
「どこに行くつもりなんだ?」
「映画館。『タイム・ラグ』の続編がもう始まってたんだよ」
「ああ、それ。そういえばなんかCMやってたな」
 正しい名前は『タイム・ラグ セカンド』。二年位前に昌俊がおもしろいとみんなに触れ回ってたアメリカの映画だ。
 僕も実際見てみて、けっこうおもしろいと思ったけど、続編が作られるくらい好評だったんだ、アレって。
「試験のせいで少し出遅れたけど、明日こそ見に行くからな」
 異存はなかった。昌俊から誘ってくれるなんて、それこそ何年ぶりかのことだし、その映画も嫌いなものじゃないから。
「じゃあ、尋海も誘ったほうが…」
 たしか尋海もあの映画が好きだったはずだ。
 そう思ってお弁当を一生懸命頬張っている尋海に話を向ける。
「もう聞いたよ。でもぼく、明日はちょっと用があるんだ」
 それだけ言って、尋海はお弁当の続きに取り掛かる。そんなことに今更ショックを受けている自分に気づいて嫌になった。
「だってよ。だから明日は二人で行くぞ」
 わかった、と頷きながらも、ひどい虚しさに襲われる。
 僕より先に尋海のことを誘ったという事実に。
 けれど、それを昌俊に指摘せずに、僕は気づかれないように深呼吸をする。
 昌俊と尋海は同じクラスなんだから自然と先に聞いただけだから。それにそれでも僕のことを誘ってくれたんだからいいじゃないか。
 少しでも幸いな所、希望が持てる所を見つけ出して、自分を落ち着かせる。
「じゃあ明日、何時ごろ、どこで待ち合わせにする?」
「俺が迎えに行くから家で待ってろ」
「うん。わかった」
 そうして僕は笑ってみせた。
 もうそんな笑顔は慣れっこだった。


881 名前:P90 ◆zxHMwgV2XM 本日のレス 投稿日:2006/09/22(金) 08:58:59.47 /JVGo7Ez0

 >>286 の続き

 次の日。僕はリビングで昌俊を待っていた。
 尋海は言っていた通りに僕より早く出かけていった。母さんもまた修羅場になっている職場に朝から呼び出されていって、今はいない。
 もちろん父さんはまだまだ赴任中だから、今家に居るのは僕だけだ。
「…やっぱり、時間だけでも決めておけばよかったな……」
 ポツリと呟いた声が誰に届くことなく消えていった。
 もうお昼前だけど、昌俊はまだ迎えに来ない。
 いつ来るのかわからずに、準備が終わってからずっと待ってるんだけど…。
――――ピンポーン――――
 呼び鈴が聞こえて、昌俊じゃないことに溜息を吐きたい気分でゆっくりと腰を上げた。
 昌俊なら呼び鈴なんか鳴らさずに、勝手に入ってくるか玄関で人のことを呼び出すかするのが普通だから。
 誰が来たのかと思いながら玄関を開けて。
「準備、出来てるか?」
 そこにいた昌俊を認めて、僕は一瞬立ちすくんでしまった。
「あ…、出来てる、から…ちょっと待ってて」
 訝しげに僕を見下ろしてる昌俊の視線に気づいて、そう告げて一旦家の中に戻る。
 ――……びっくりした。
 昌俊が呼び鈴を鳴らすなんて思ってなかったから。…なにか心情の変化でもあったのか?
 少し考えてみても見当も付かない。そしてすぐに昌俊が待っていることを思い出して、僕は慌てて荷物を持って玄関に戻る。
「ごめん、ちょっと手間取った」
「…じゃあ、ちゃっちゃと行くか」
 鍵をかけている僕に言って昌俊は僕に背中を向けて先に歩き出す。ただその後ろ姿を追いかけることしかできない自分が心底嫌だった。
 …もし、今ここにいるのが――僕が尋海だったら、昌俊はどんなふうに扱うのかな…? もう少しくらい…何か、言葉をくれるのかな?
 有り得ない『もし』を振り切るように頭をゆるゆると振る。
 今は僕が昌俊の近くにいるんだから、考えるだけ無駄だ、と。


882 名前:P90 ◆zxHMwgV2XM 本日のレス 投稿日:2006/09/22(金) 08:59:46.61 /JVGo7Ez0

 バスで駅の近くの大きな映画館に移動する。
 日曜日のせいかけっこう人は多かったけど、それでも僕たちが見る映画はまだ空席があった。
「あいよ。オレンジジュースで良かったよな」
 差し出された紙コップを受け取る。
「うん、ありがと」
 そうして昌俊が横に座ったところで、ちょうど開始のベルが場内に鳴り響いた。暗くなっていくのに連れて周りが静かになっていくことに心の中でほっと息を吐く。
 映画が始まったんだから昌俊と話さなくてもまったく不自然じゃない。
 男だったころは好き放題な言葉をぶつけることができていたのに、今はそんなこと怖くてできない。
 だから言葉がぎこちなくなってしまっているのはわかってる。昌俊もそのことには気づいてないはずないのに何も言ってこない。
 以前の僕のような言葉はいらないってことの証拠だと勝手に思ってるけど、あながち間違いじゃないはずだ。
 自分を否定する奴と付き合うなんておかしい。こんなに不安になってまで付き合うなんておかしいと思う。
 それでも…昌俊の隣に2時間もいられることは純粋に嬉しかった。



883 名前:P90 ◆zxHMwgV2XM 本日のレス 投稿日:2006/09/22(金) 09:00:37.02 /JVGo7Ez0

 映画はとてもおもしろかった。こう、登場人物の掛け合いがテンポ良くて、アクションシーンもただ派手なだけじゃなくて、最後に黒幕と対峙した時の緊迫感なんて他の映画の比じゃなかった。
「っあ~! 今回も満足な出来だった!」
 明るくなった場内で、伸びをしながらけっこうな大声をあげる昌俊。
 言葉の通り、その顔には満面の笑みが浮かべられていて、久しぶりに見るその表情に胸が高鳴るのを感じてなんとく恥ずかしくなる。
 けれど僕と付き合い始めてから、昌俊が一度もこの笑顔になっていなかったことにも同時に気づいて、昌俊の中の自分の存在がどの程度かわかってしまった…。
「うん、前のよりおもしろかったよね」
 負の感情を押し込めて、僕も笑顔を作って素直な感想を言う。
「やっぱ…!」
 そのまま昌俊がこっちを見て。
「…そうだよな」
 気のせいと思えないほど昌俊の表情が強張っていた。僕の顔を見た瞬間に…。
 不自然なほどにゆっくりと目を逸らされて、だけど昌俊は言葉を続ける。
「そういや、飯まだだったよな。今から軽くでも食うか」
 もう2時過ぎだったけど、なぜかおなかは空いてなかった。でもその言葉に頷いて、僕たちは映画館を出てファーストフード店に来た。
「チョコのシェイク2つ」
 昌俊の注文に首を傾げる。昌俊が2つも食べるのか?
 そう思っていながら店を出るとそのうちの一個を渡された。
「ほら、好きだったよな」
「……うん」



884 名前:P90 ◆zxHMwgV2XM 本日のレス 投稿日:2006/09/22(金) 09:01:15.28 /JVGo7Ez0

 ……やっぱり…って言うべきなのかもしれない…。昌俊なら尚更、この顔をしていたらチョコが好きだってイメージに繋がるはずだから。
 ――あのね…、チョコが好きなのは尋海なんだよ…。
 昔、少し食べただけで戻してしまってから、僕はチョコが苦手になってる。その時も近くに昌俊はいたはずなのに、『やっぱり』…覚えてくれてなかった。
 ――こいつからしたら、どこまでも僕との思い出、とかは必要ないんだな……?
 もう、少しでも良かった所を見つけられない…。
 だけどせっかく昌俊がくれた物を否定したくなくて、ストローに口を付けた。眉をしかめないように注意しながら、その甘い液体を飲み込む。
「…………………」
 頭の横に何かを感じて、視線を移動させると昌俊と思い切り目が合った。けれどすぐに逸らされる。
 なんで昌俊がそんなふうに口を引き結んで不機嫌そうな顔になってるのかわからない。何か、僕は間違ったことをしたのだろうか…。
 先を歩く彼の後を追いながら、うっすらと終わりが近づいてきているような気がした。
 自分なんかじゃ…何もかも駄目なんだとわかっていたのに……、それでもこの状況を選んでしまったのは自分だ。
 ……だから。
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