りょうとはじめ(中野と谷屋)(2) P90

    

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496 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/08/31(木) 22:21:17.87 P90WCA4r0

 俺が女になってしまってから、早一ヶ月。
 両親とも最初は少しだけぎくしゃくしたけど、一日でなじんだ。『実は女の子がほしかったんだよね~/な~』口を揃えてそう言ってくれたからな。
 あと心配してたより学校での反響はなかった。俺の前の4人がいけにえになってくれたからな。
 なんだおまえもかって、ある意味ラッキー、ある意味屈辱的な反応で迎え入れてもらえて、かなり楽だった。
 まあ、一つ苦言を言わせてもらえば、男子の制服の楽さがすでに懐かしい。
 でも今は夏休み。制服を着る機会なんてない。
 と思ってたんだが。
「なんでこんな暑い中、俺たちは釘を打ってるんだ?」
 俺の愚痴を拾い上げたのは谷屋だった。
「文化祭の準備だろ? お化け屋敷に中野も手上げてたじゃねーか」
 それを言われると弱いが、俺の言い分はまだある。
「じゃあなんで俺と谷屋だけでこのクラス全部の出し物の準備をしてるんだ?」
 うちの高校の文化祭は9月にある。そのために大体のクラスは8月中に準備を始めてるわけだが・・・。
「原因を考えれば、連絡網がどっかで止まった、用事がある、めんどくさがってこない奴がいるの3つくらいだな」
 そんなのは俺だってわかってる。実際、俺たちのほかにもう1人女子が来てくれていたが、午後から用事があるってことで11時半には帰ってしまった
「やってらんね。休憩するぞ、休憩」
「深く同意させてもらおうか」



499 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/08/31(木) 22:22:35.49 P90WCA4r0

 持っていたかなづちを投げ出して、教室の床にねっころがる。暑いから制服の上は脱いで、Tシャツに制服のスカートだ。
 とりあえずスカートって暑いとき、バフバフできて楽だな。
「中野、はしたないぞ」
「うるさい、おまえしかいないから平気平気」
 ぐったりしながらそう言うと、呆れたような溜息が降ってきた。
「なぁ、じゃんけん」
「今日は飲み物か?」
 俺の提案の真意その通りを言ってくれる谷屋。
『じゃーんけーん』
 はさみで石は切れない。そしてチョキを出した谷屋は缶ジュースを買いに教室を出て行った。
「あち~・・・・」
 窓を開けても風すら吹きゃしない。つーか夏休み中は冷房禁止ってなんて学校だよ。
 ふてくされた俺はそのまま目を閉じた。

「・・・ょう、稜、そろそろ起きろよ」
「ん~・・・?」
 ゆっくりと目を開けると、教室の中が妙に赤い。
 ――え?
 飛び起きて周りを見回して、もう夕方だということにすぐ気が付いた。
「え? ええ? 谷屋っ、なんで起こさなかったんだよ」
 適当な机に座ってる谷屋に文句を言ってやる。学校でこんな長い時間昼寝するつもりなんかなかったぞ。
「なんでだろうな? なんか稜のこと起こしづらかったんだよな~」
 うぜぇ。
 俺が怒るのを楽しむみたいにニヤニヤして谷屋に腹が立つ。
「つか、おまえ、ほんとに気をつけたほうがいいぞ」



500 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/08/31(木) 22:23:39.33 P90WCA4r0

「何がだよ?」
 聞き返すと不意にまじめな顔になった谷屋がゆっくりと近づいてくる。
「稜みたいな可愛い子が無防備に寝てたら危ないだろ?」
 何を言い出すかと思えば・・・。
「おまえ、ここ学校だぞ? それに俺が元男なんて皆知ってんだから、手出そうなんてアホの上に変態なんかいないだろ?」
「だからそれが危ないんだって」
 溜息をついて、谷屋はさらに近づいてくる。
「な、なんだよ」
 目の前に立つ谷屋は今まで見たこともない顔をしていて、声の最後が小さくなってしまった。
「俺がどれだけ苦労してるか、教えてあげようと思って」
 ぐるんと世界が回って、気付けば俺は教室の床に逆戻りしていた。しかもこの体勢は・・・・。
「ふざけんなよっ、上からどけ」
 まるで谷屋に押し倒されているようで、そう怒鳴る。
「嫌に決まってるだろ」
 聞いたことがないような真剣な声。見たことがない真剣な目で真上から俺を見つめている。
「元は男なんだから、俺が何考えてるくらい、わかるよな?」
 本能的な恐怖が湧き上ってくる。
「冗談、だよ・・・な?」
 自分の掠れた声をみっともないと思う余裕すらない。
「谷屋・・・・・」
「ハジメ」
「え・・・・・?」
「俺のこと名前で呼べよ、稜」
 今気付いた、さっきから俺、谷屋に名前で呼ばれてる。
「なんでだよ」
「呼んでくれたら、今は我慢する」



503 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/08/31(木) 22:24:33.89 P90WCA4r0

 それを信用したわけじゃなかったけど、苦しげな谷屋の顔が目から離れない。
「一、やめ・・・・・んぅ・・・ッ」
 言葉の途中で谷屋の顔が近づいて、唇が、ふさがれた。
 突き飛ばしたいのに、力が入らない。
「稜、稜・・・・・」
 谷屋に名前を呼ばれるだけで、力が抜けていく。
 このままじゃ、まずいのに。


「ぃひゃぁ!!!!」
 瞬間、首筋に強烈な冷たさを感じて俺は跳ね上がった。
「お、やっと起きた」
「あ、谷・・・屋・・・・?」
 え、え、今の、は?
「なんか中野がうなされててさ、起こそうとしても起きないから。悪かったな」



505 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2006/08/31(木) 22:25:16.56 P90WCA4r0

 ペプシの缶を俺に渡しながら、谷屋はいつも通りの態度で話す。
 今は、と時計を見て、まだ2時前なのがわかった。
 ――ってことは・・・今のは・・・。
 夢?
 なんであんなのを見るんだ? どうして谷屋が・・・?
「おい、どーした?」
 俺の顔を覗きこむ谷屋の顔を正視できない。
「なんでも、ない」
 生々しい夢の記憶がまだ残ってる。
『稜』
 あの口が俺の名前を呼んで、そして俺に・・・っ。
「やっぱ変だな、なんかあったのか?」
「なんでもないっ!」
 思いのほか強い口調になってしまって、ハッとする。慌てて谷屋を見るとかなり驚いてるみたいだった。
「ごめん、暑くて寝苦しくてイライラしてた」
 下手な嘘だと誰でもわかる。
「あ、ああ、そうか。俺のほうこそ悪かったな」
 なのに、谷屋は、悪くもないのに謝ってくれて、それが一層俺の居心地を悪くさせた。
 どうして、俺はあんな夢を見てしまったんだろう・・・・。

788 名前:P90 ◆zxHMwgV2XM 投稿日:2006/09/01(金) 09:24:58.03 Gss6z8yz0

 9月の第2土曜日曜がうちの高校の文化祭。
 準備期間ラスト1週間での全員スパートのおかげで、一応なんとか施設は作り終わった。
 ま、脅かし役、店番、店作り、小道具衣装作りとかは最初の方に決めてあったから、繁盛するかどうかは脅かし役の腕次第だろう。
 基本的に皆二つ以上仕事を兼ねている。俺は店作り&店番、谷屋は、店作りと脅かし役だ。
 生徒が登校していいのは8時からで一般に開始されるのは9時半から。その間の時間である。
「呼び込み?」
「そ、呼び込み」
 もうすっかり女してる杉田がいきなり俺に提案してきた。
「別にいらないだろ? 今年は珍しく競合してるクラスもないし、独占市場なんだから」
「でも~、この呼び込み用の衣装、せっかく作ったのに」
 そう言って取り出したのは、よく幽霊とかが着てる白い和服のミニスカ版と幽霊の額にある三角の布。
「ね、中野もいっしょにやろーよー」
「いやだ、必要もないのにそんなかっこうしてられるか」
 どうやら杉田はこのかっこうがしたいらしい。一人じゃ嫌なだけだろう。
「どうしてもっていうなら、内藤を誘えばいいじゃねーか。あいつなら喜々としてそのかっこうすると思うぞ」
「あっ、それもそうね」
 ――やっぱりな。
 跳ねるみたいに女体化仲間の内藤の方へ行った杉田を見送っていると、その視界に谷屋を見つけてしまって、一人で勝手に焦る。
 しかもそういう時に限ってこいつは近づいてくるんだ。
「中野もあのかっこうするのか?」
「しねーよ」



789 名前:P90 ◆zxHMwgV2XM 投稿日:2006/09/01(金) 09:26:29.26 Gss6z8yz0

『あれ』以来、谷屋の顔がまともに見れない。そのことに谷屋も気付いてないはずないのに、まったく触れないでいる。
「ふーん、もったいないな」
 何がだ。
「あのかっこう、中野に似合いそうだし、ちょっと見てみたかったんだけどな~」
 ――うるさい。
 そう言い返そうと思うのに、口はうまく動かずにもごもごと不明瞭な声だけが出た。
「ん? なんだって?」
「別に、なんでもない」
「そうか」
 それだけ言って、谷屋は俺に背中を向ける。
 ――ぁ・・・・。
「? どうした」
 自分でも無意識に谷屋のシャツを掴んでしまっていて、谷屋の疑問には答えることができない。
「わかんない・・・・けど、引き止めて悪かった」
「そうか。・・・・・中野は今日のシフト午前だよな?」
 クラスの仕事は午前と午後の2班に分かれてて、谷屋が言うとおり俺は午前中が仕事だ。
「俺も午前で終わりだからさ、午後いっしょに回らないか?」
 その提案に驚かされて谷屋の顔を見上げると、なんの含みもない谷屋の笑顔を間近で見てしまって、目がそらせなくなる。
「あ、ああ。わかっ・・・た」
「それじゃ、俺着替えとかあるから、また後でな」
 ポンポンと頭を叩かれて、今度こそ谷屋は準備に行ってしまった。
 叩かれた頭がじんわりと熱くなってきて、俺はそれを振り切るようにぶんぶんと顔を振った。
 ・・・・・・・認めたくなかったから。
 この関係を、壊したくなかったから・・・・・。


812 名前:P90 ◆zxHMwgV2XM 投稿日:2006/09/01(金) 10:57:57.17 Gss6z8yz0

「あ~、やっぱ人多すぎ」
「ああ」
 生徒の家族、友人、知り合い、学校の近所の人なんぞが一気に来るから、けっこうな賑わいになっている廊下を谷屋と歩く。
 明らかにそのスジの方が1年のあるクラスがやっている縁日の輪投げをしているのを発見したがうちの高校にそれ関係の奴がいるのか?
「さて、まずメシ食えそうなとこはっと・・・」
 パンフレットをめくりながら谷屋は神妙な顔をして悩みだした。
「中野はどこがいい?」
 たっぷり3分は悩んでからようやく俺に聞くことを思いついたのか、パンフレットを片手に顔を寄せてくる谷屋から1歩下がってしまった。
「とりあえずハズレもありそうだし、そこ全部見に行くぞ」
「あいよ」
 人ごみの中を縫うように歩いていく。女になって初めての人ごみの中、男のころに比べてずんずんと行くのはできなくなっていたのに気付かされた。
 だけど谷屋は苦心している俺に気付かずにぐいぐいと人を押しのけて先に行ってしまう。
 それが、すごく嫌だった。
「谷屋!!! 」
 周りの奴らが全員振り向く。
「おいおい、どーしたよ。いきなり大声出して」
「おまえ1人で勝手に先行くから追いつけないんだよ」
 一瞬止まった周りの空気は、すぐに俺たちに興味をなくしたのか動き出していた。
「んじゃ、行くか」
 手を掴まれ、引っ張られる。
 その手を振りほどくことは出来なかった。


854 名前:P90 ◆zxHMwgV2XM 投稿日:2006/09/01(金) 13:20:42.43 Gss6z8yz0

「動員数300人突破~! みんなおつかれ~!」
「おー!」
 妙にテンション上がってるクラスメイトたちを尻目に俺はボーっとしていた。うちのクラスはお化け屋敷状態になってるから今はグラウンドにクラス全員が集まっている。
 その中にいるのに、ここまで俺が暗くなっているのには、もちろん訳がある。
 谷屋は今ここにはいない。
 つい5分前に谷屋は隣のクラスの女子に呼び出されていった。だれがどう考えてもこのタイミングの呼び出しはアレしかない。

『告白』

 気持ちが盛り上がってる今の時期なら、女の子のほうからしてきてもおかしくない。
 それに、谷屋はいい奴だ。俺が女になってからそれを何度も確認させられてきた。
 だからあの女の子は男を見る目があるんだろう。
「あっ、谷屋だ~」
 杉田ののんびりした声が聞こえてきて、俺は身を硬くした。
「お帰り~。どうだった、OKしたん?」
「お、なんだ? みんなにはもうばれてるのか?」
 ずきずきと胸が痛くなってくる。これ以上、ここにいたら・・・俺はおかしくなる。



856 名前:P90 ◆zxHMwgV2XM 投稿日:2006/09/01(金) 13:21:54.23 Gss6z8yz0

「あ、中野、どうしたんだ? どっか痛いのか?」
 うつむく俺に、谷屋が気付いて話しかけてくる。
 今は、話しかけるな・・・・。
「大、丈夫・・・なんでもない」
「でもおまえ、顔色悪いぞ」
 やめろ・・・。
「そう・・・か。少し、疲れたから・・・・・俺、先に帰るわ」
 傍らにあった荷物を引っつかんで谷屋のそばから離れる。
「おまえ、本当に大丈夫か? なんなら送ってくぞ」
 なのに、どうしてお前は付いて来るんだ・・・っ。
「大丈夫って言ってるだろ」
「だが・・・・」
「しつこい」
 出す気もなかったどこまでも冷たい声が出てしまって、谷屋は面食らったようだった。その隙に俺はさっさと校庭から出て行く。
 あんなことを言いたいわけじゃなかった。だけど今は無理なんだ。
 なんの障害もなく、告白できるあの女の子が羨ましかった。
 誰に後ろ指を指されることなく、自分の感情のままに動くことができる「自然な女の子」が羨ましかった。
「なぁ・・・谷屋」
 おまえもそうだろう?
 元男に好かれるなんて冗談じゃないだろ・・・?


925 名前:P90 ◆zxHMwgV2XM 投稿日:2006/09/01(金) 16:45:40.35 Gss6z8yz0

 文化祭2日目。
 我ながらひどいと思う顔で俺は登校した。できれば行きたくないと思ったけど、クラスメイトに迷惑が掛かるのは避けないとな。
「中野、おはよ~」
 うちのクラスの控え室になっている教室に入ると杉田が話しかけてきた。今日は最初からあのミニスカ白装束だ。
「どしたの、顔色昨日のままだよ?」
「ああ、なんか寝つきが悪くてな」
「わかるわかる。疲れすぎてると逆に寝れなかったりするんだよね~」
 我ながら下手くそな理由付けだと思ったけど、杉田はあっけなく信じてくれて、少しだけほっとする。
 疲れたから、が眠れなかった理由じゃない。
 眠りかけては、谷屋と昨日ちらっと見たあの女の子がいっしょにいる夢を見て何度も飛び起きた。
「お、中野~。なんだ今日は大丈夫か?」
 教室に入ってきた谷屋の声。昨日までは、まだ普通にこの声を聞くことができていたのに、今はどう返事をしていいのかさえわからない。
「悪い、俺、トイレ」
「じゃ、俺も行くわ」
 そう言って教室から逃げようとすると、今学校に来たくせに谷屋は俺についてきた。
 教室を出て、しょうがなく右手の方にあるトイレに向かおうとしたら、ぐんっと体が傾いた。
「なん、だよ・・・?」
「それは俺のセリフだろう?」



927 名前:P90 ◆zxHMwgV2XM 投稿日:2006/09/01(金) 16:46:37.64 Gss6z8yz0

 ドキリとした。俺の手首を掴んだまま至近距離で。感情の読めない目で俺を見つめてくる。
「なんでここまであからさまに俺のことを避けるんだ」
 なんで答えられないことを訊くんだ。
「俺、なにかしたか? おまえが俺を嫌がるようなこと、したか?」
 違う・・・。ただ俺が悪いんだ。
 俺が勝手に変な夢を見て、勝手におまえのことを・・・・。
「あ、谷屋君!」
 俺よりも高い声がその場に響いて、俺と谷屋の視線は自然とそっちの方に向けられた。
「返事、考えてくれた?」
 そのセリフだけで悟った。この奇妙な服装をしてる女の子が、昨日谷屋に告白したあの子だって。
「ああ、ちょうど良かった。そのことなんだけど・・・・」
「・・・・・・っっ!!!」
 俺がいる前で、そんな話をしないでくれっ!
「放せっ!!!」
 滅茶苦茶に体を動かして、手首の拘束から逃れる。
「お、おいっ、中野っ!?」
 困惑した谷屋の声が後ろから聞こえてきたけど、俺は立ち止まることもその声に応えることもできず、脇目も振らずに走り続ける。
 職員用のトイレに駆け込んで、個室の1つに立てこもる。
「・・・ふっ・・・・ぅぇ・・・」
 堪えていたものが一気に湧き上がってきた。
 悲しいのか、辛いのか、自分でもわからない。
 だけど、溢れてくる涙を止めることができない。
 谷屋と、あの子が話してるのを見ただけで、こんなになってしまう自分が情けなかった。
 なのに・・・こんなに苦しいのに、まだ俺は谷屋のことを好きだと思っている。
「・・ぅ・・・く・・・」
 ただ1つの救いは谷屋にこんな顔を見られなくて済んだことだった。

70 名前:P90 ◆zxHMwgV2XM 投稿日:2006/09/01(金) 21:50:49.51 Gss6z8yz0

 何回かチャイムが鳴ったところで、ようやく俺は落ち着いてきた。
 途中で何回かノックされたけど、それには応えられなかった。少し悪かったかな・・・。
 職員用のトイレの扉を少しだけ開けて、周りを確認する。昨日と同じくらいの人でごった返していて、誰もトイレのほうには気を向けてなかった。
 そそくさとトイレから立ち去って、クラスの方に足を向ける。今日の俺の仕事も午前なのに、今はもう11時過ぎ。
 サボってしまった気まずさから早くお化け屋敷に行きたいのに、あそこには谷屋がいると思うと、足取りが重くなってしまう。
「かーのじょ!」
 だけど、このまま帰るわけにもいかない。せっかく夏休みから準備してきたんだから、最後までやりたいから。
「ちょ、おもっきり無視!?」
 それに同じクラスなんだから、今だけ谷屋を避けてもどうにもならない。
 なら、ちゃんと向き合わないと・・・・。
「おいっ!」
「うわっ!?」
 いきなり腕を掴まれ、ガクッとなった。
 その原因を探して振り向くと、そこには金髪、色黒、貴金属というまるでダメ人間という風体の男が俺の腕を掴んでいる。
「俺さ、無視されて今すごーく傷ついたんだ。だからさ、そんな俺を慰めがてら、この学校案内してよ」
 どうやらナンパらしい。人様の学校まで来て、何考えてんだこのクソは。
「え、マジ? たっすかる~」
 貼り付けたような笑顔が気持ち悪い。掴まれてる腕が腐りそうな錯覚までする。
 俺は何も言っていないのに男は勝手に頷いて、今度は逆の手を俺に伸ばしてくる。
「触るな」
 渾身の力でそれを叩き落した瞬間に男の表情が一変する。
「てめぇ、人が下手に出てりゃ・・・」
「うるさい!!」



71 名前:P90 ◆zxHMwgV2XM 投稿日:2006/09/01(金) 21:52:06.06 Gss6z8yz0

 こんな奴の言うことなんか聞いてられない。またも渾身の力で振り抜いた足が男の股間に直撃し、言葉を途切れさせて男は廊下に沈んだ。
「つーか、俺、元男だし」
 捨て台詞のつもりでそう言ってやる。
「は・・・? おと、こだ? ・・・・うーわ最低」
 床に転がりながらの吐き捨てるような男の言葉。
「女に、なったってーことは、童貞だろ? ・・・・ハッ、童貞がなに女気取ってんだか」
 こんな負け犬の遠吠えを聞くことなんかないのに、俺は立ちすくんで動けなくなってしまった。
「あっ! 中野ったらこんなところに!」
 そこに第3者の声が割り込んできた。杉田だ。
「も~、中野がいなくなるから私がシフト代わったんだよ! だから午後は・・・ってこれなに?」
 うずくまっている男を指さす杉田。
「俺さ~、この元男に蹴られて動けないわけ。保健室つれてってくれないかな~?」
「残念、私も元男よ。あと知ってる? 校内ナンパ厳禁!」
 警備員さ~ん! と杉田が叫ぶとどこからか柔道部と空手部の集団が現れて、ナンパ男の両脇を抱えてどこかに行ってしまった。
「なんであんな腐れが童貞じゃないんだろう・・・って、中野? なに、大丈夫?」
 俺の顔を覗きこんだ杉田が心配そうな声を上げる。
「ああ、うん。平気・・・」
「そんな顔色には見えないし、目もなんか赤いよ」
 それぐらい・・・・自分でもわかってる。
 だけど頑なに大丈夫だと言い張る俺に、杉田は溜息をついた。
「わかった。じゃあもう一時間だけ私が仕事代わっててあげるから、保健室せめて目だけは冷やしてきな」
 杉田の譲歩をさすがに断れず、俺は保健室で氷嚢を借りる。
「そんなこと・・・・わかってんだよ・・・」
 それを目に当てながら、自分にだけ聞こえる声でつぶやく。
 あのクソに言われなくたって、わかってたんだよ。どう頑張ったって、俺みたいな元男は本物には勝てない。
 いくら外見が同じだからって、中身まで本物にはなれないことなんて・・・。
「わかってるんだよ・・・・・」

137 名前:P90 ◆zxHMwgV2XM 投稿日:2006/09/01(金) 23:04:17.43 Gss6z8yz0

 目の腫れが引いてきたから、1時間を待たずに俺はお化け屋敷の前まで来た。
 受付に座っていた杉田に礼を言ってから仕事を始める。谷屋は午前のシフトだったから、今はもうどこかに行ってるだろう。
 ――・・・あの女の子といっしょなのかな・・・?
 考えるな、考えるな。
 そうやって思考を殺して機械的に仕事をこなしていると、少しだけ楽になってきた。それが、ただ感情が麻痺してるだけだとわかっていても。
「何名様ですか?」
 そんな感じで人数を聞いては、『正』の字を書き込んでいく。今日も盛況ですでに200人は来てる。
「1人で」
 男の1人か・・・。寂しい人もいるもんだ。
「・・・はい。それではどうぞ」
「おい、気付けよ」
 降ってきた声に凍ったようになっていた感情が溶かされる。
「なっ・・・、なんで、おまえ・・・」
「だってお化け屋敷行きたくても、うちしかやってないからな~」
 的外れな回答を俺にする谷屋。
「だ、だってじゃないっ。詰まるから、早く入れよ」
 ここに――俺の前にいないでくれ。今は本当に谷屋の近くにいるのが辛い・・・。
 目をそらす俺を谷屋はじっと見て、そして溜息をつく。・・・そんなことにいちいち反応してしまう自分が情けない。
「・・・・わかった。じゃあ、文化祭終わったら俺に少し時間をくれ」
 俺の返事を待つことなく谷屋は教室の中に消えていった。
 無意識にそれを見送ろうと目だけで谷屋を追って、そしてその視線は静かに閉じられた教室の扉に遮られた。

192 名前:P90 ◆zxHMwgV2XM 投稿日:2006/09/02(土) 00:50:03.20 KGth0jw20

 そして午後4時。
『長台高文化祭にお越しの皆さんありがとうございました。只今をもって、第37回長台文化祭は終了いたします。生徒の皆さん、お疲れ様でした!』
 実行委員のアナウンスがあって、あちこちから歓声や拍手が起こる。
 それに引き続いて後片付けの説明が放送される。うちの文化祭には後夜祭は無い。5年くらい前に酒盛りした奴らがいるからだそうだ。
 無事に終わったことにほっとしていると、杉田が手を叩いてみんなの注目を集めていた。
「目標の500をはるかに超えた総動員数700人突破ー! みんなお疲れ様ー!」
『おー!』
 いつのまにかクラスの中心になっている杉田に釣られて、みんなテンションが上がってる。なんで俺はこれに乗れないんだろう。
「じゃー打ち上げの和民に予約入れるから。出席する人!」
 それに大体の奴らが手を上げる。俺も手を上げようかと思ったけど、こんな気持ちでは楽しめそうにないからやめておこ・・・。
「なあ、杉田」
 突然俺の後ろから響く声に俺は肩を弾ませた。
「どしたの、谷屋?」
 さっきまでいなかったのに、いつのまに・・・・。
「俺と中野さ~、最初の方ずっと2人で準備してたじゃん? だから片付け、抜けてもいいか?」
 何、言ってんだ、こいつ・・・?
「あ~、そういえばな~」
「まあ、二人くらい抜けても・・・」
「2人ともがんばってたし」
 ちょっと待て、おまえら。
「うん。みんな異議ないみたいだし、じゃ、2人ともお疲れ~」
 当事者の俺を置いてきぼりにした、あまりのクラスメイトたちの会話の流れに俺は呆気に取られて止まってしまった。



193 名前:P90 ◆zxHMwgV2XM 投稿日:2006/09/02(土) 00:50:49.69 KGth0jw20

「だってよ。中野、帰るぞ」
「な・・・んで・・・?」
「いいから」
 あんまりな出来事に困惑してたせいで強引な谷屋にろくな抵抗もできずに引きずられる。
「あ、ちょっと!」
 だけど俺たちが教室を出ようとしたところで杉田が待ったをかけてくれた。
「2人とも和民はどうするの!?」
 ・・・その心配かっ!
「あ~、悪いけど俺パス。中野もな」
「りょーかい。じゃあお疲れ様~」
 またも俺の意見は聞かれないまま会話は終わり、俺は谷屋に引きずられながら片付けに勤しむ生徒の隙間を抜けて外まで連れてこられた。
「・・・いいかげん、手、放せよ・・・・・・」
 呟くような声で告げる。これ以上大きな声で言うと、感情が抑えられなくなりそうで。
「その提案には乗れないな」
 ふざけた口調で、さらに強く手を握られて、一瞬心臓が止まるかと思った。
「・・・からかってんなら、殴るぞ」
「中野、力弱くなったし殴られてもなー」
 ・・っ、やっぱりからかってたのか・・・?
 ここまでこいつの言動で気持ちが左右するなんて思ってなかった。
「手ぇ放したら、またどーせ逃げるんだろ?」
 声の質が変わったのに気付いて、谷屋を見上げる。
「だったら放すわけねーじゃねーか」
 谷屋は俺を見ていなくて俺に都合のいい幻聴かと思った。
「行くぞ」
 だけど、俺はそれ以上何も聞けず、抵抗もせずに谷屋に手を握られたままでいることを選んだんだ。

282 名前:P90 ◆zxHMwgV2XM 投稿日:2006/09/02(土) 12:11:52.73 KGth0jw20

 谷屋は、本当に俺の手を放さないまま、ズンズンと歩いていく。そして俺も、それに引っ張られるように谷屋の一歩後ろを歩いていく。
 その間、谷屋は何も話さなかった。道を歩いてる時も、電車に乗ってる時も・・・・・。
 だけど、手を放さないでいてくれる。俺の顔は見ずに淡々としているけど、たとえそれが今だけだとわかっていても・・・嬉しい。
「中野、着いたぞ」
 電車から降りてしばらくしたところで、不意に谷屋が話しかけてきた。顔を上げるとそこは。
「俺、んち・・・?」
「鍵あけてくれ」
 言われるまま鍵をあけようとして、家の鍵はバッグの中に入ってたことを思い出した。
「たに・・・」
 そのことを言おうとすると、鼻先に俺のバッグが突きつけられる。気付かなかったけど教室を出る時に俺の荷物も取っていたらしい。
「おじゃまします、っと」
 家の中になぜか谷屋もいっしょに入ってくる。世間的には休みだけど、仕事がある両親はまだ帰ってきてなかった。
「じゃ、お前の言い分を聞かせてもらおうか」
 ――俺の・・・言い分?
 リビングに我が物顔で座った谷屋がさらに続ける。
「昨日からいきなり俺のこと避けだしたよな? どうしてだ?」
 なんで答えられない質問をするんだ。
「いや・・・・ついでだから聞かせてもらうけど、けっこう前からおまえおかしかったよな」
 谷屋の言葉にドキリとする。やっぱり・・・気付かれてた。
「中野から話しかけてこなくなったし、返事も適当だし・・・・、それに今も目逸らしてるだろ?」
 ――それは・・・・。
 そう言われても、谷屋と目を合わせることができずに、ただ俺はリビングの床を凝視していた。



283 名前:P90 ◆zxHMwgV2XM 投稿日:2006/09/02(土) 12:12:37.55 KGth0jw20

 沈黙が落ちる。
 理由なんか言えるわけがない。
『おまえが好きになったから、あの女の子と付き合うな』
 こんな醜いエゴ丸出しのセリフなんか絶対に言えない。
 しばらく俺の答えを待っていた谷屋が溜息をついた。そして何も言わずに立ち上がる。
「どこ、行くんだよ・・・・?」
 俺の言葉は受け止められることのないまま地面に落ちた。俺を一瞥もしないまま、谷屋は玄関に向かって歩き出す。
「たに・・・やっ!」
 掠れた声で呼んでも、谷屋は振り向いてくれない。
 ――イヤだ・・・っ。
 谷屋を追って廊下に出ると、もう玄関で靴を履こうとしている。
 ――行くな!
 声を出したつもりなのに、喉がつかえたようになって掠れた息しか出なかった。ここで谷屋が帰ってしまうと何かが壊れてしまう。
 そんな予感がした。
 谷屋が扉に手を掛けて、俺は・・・・。
―――ガコッ!―――
「・・・ってぇ~!」
 俺が投げた箱ティッシュが角から谷屋の頭に当たった。
「おまえ・・・いきなり何すん・・・・」
 不自然に谷屋の言葉が途切れる。だけどそんなことはどうでもいい。今は谷屋が俺を見てくれている。
「中野・・・・?」
 履いた靴をまた脱いで、谷屋は俺の方に来てくれた。
「なんで泣いてるんだよ?」
 言われて、初めて頬が濡れてることに気がついた。
 答えようとして口を開けると、しゃくりあげるような息が漏れてしまって、なかなか言葉にならない。
 だけど、何か言わないとまた谷屋がいなくなってしまう。そんな恐怖に駆られて言葉をつむぐ。



284 名前:P90 ◆zxHMwgV2XM 投稿日:2006/09/02(土) 12:13:11.28 KGth0jw20

「た、にやがっ・・・・帰ろ、っとする、から・・・」
「だから、泣いてるのか?」
 必死に涙を止めようとしながら、谷屋の声にうなずく。
「なんでだ? 俺のこと避けてたの中野のほうだろ?」
「・・・だ、って・・・・・谷屋が・・・・」
「俺が?」
 あやすような穏やかな声で、俺の言葉を待ってくれる。
 ――・・・違う・・・・・。
 俺が悪いんだから、谷屋のせいにしちゃだめだ。
「ちが、くて・・・・、俺が・・・勝手な夢、見たから」
「どんな夢なんだ?」
 『これ』を言ってしまったら、この関係は崩れ去ってしまう。でも、ここで言わないでいたら、谷屋とは切れてしまう。
 ポツリポツリと、あの夏休みの夢を谷屋に説明すると、谷屋はまた黙り込んでしまった。
「俺、元男のくせに、谷屋のことこんなふうに考えてて・・・・」
 ごめん、と告げても谷屋の反応はない。
 胸が引き絞られるように痛む。けど、誤解されたまま別れるよりはまだましだ。
「め・・・わく、だよな?」
 また沈黙が落ちて、居たたまれなくなってくる。また涙が出てきた。
「ごめ・・・な。忘れていいから・・・・。谷屋は、あの女の子と付き合って・・・」
「自分の感情は、自分が決める」
 だけど、たまには俺と話してくれ、という言葉の続きは谷屋の声にかき消された。
「おまえは、ほんとに自分勝手なやつだよな。なんで俺があの子と付き合うってのが決定済みなんだ?」
 押し殺した声で言われて、体がすくんだ。
「そんな理由ならおまえとの付き合いをやめるつもりはない」



285 名前:P90 ◆zxHMwgV2XM 投稿日:2006/09/02(土) 12:14:22.95 KGth0jw20

 理不尽な谷屋の言葉に、一瞬にして頭に血が上る。
「な、んでそんなこと言うんだ! 俺がおまえといるとどれだけ辛かったのか、わからないくせに!」
 そしておまえに彼女が出来るのを近くで見なくちゃいけないのか、となじっても、谷屋は眉一つ動かさなかった。
「おまえこそ、俺の性格くらいわかってろよ」
 変わらない静かな声でゆっくりと。
「俺は冗談にでも、ただの友達とか、どうとも思ってない奴を『彼女』とは呼んだりしないぞ?」
 意味が、わからなかった。
 それを理解しようとして、記憶を探っていると、あることにたどり着く。
『彼女のメシ代くらい奢るのが男の甲斐性だろ?』
 あのパスタ屋から出た時、谷屋はたしかにそう言っていた。
「でも・・・・おまえ、あれ冗談だ、って・・・」
「それまで友達だった奴が女体化した、その日にマジ惚れしました、なんて誰が言えるよ?」



286 名前:P90 ◆zxHMwgV2XM 投稿日:2006/09/02(土) 12:15:36.92 KGth0jw20

 また幻聴かと思った。
「まだ混乱してるときにそんなこと言えるわけないだろ?」
 あまりに俺に都合のいい言葉だから・・・。
「いきなり男、しかも俺に告られたって困るだけだっただろ?」
 だけど谷屋の口は言葉の通りに動いていて・・・・。
「しかもおまえ、俺の前で無防備な姿ばっか見せるから、俺だって違う意味で辛かったんだぞ?」
 でも、信じられない・・・。
「う、そだ・・・・」
「信じろ」
 ゆっくりと肩を掴まれて、抱き寄せられる。
「だって・・・俺が女にならなかったら、そんな事思わないだろ・・・・?」
「あのな・・・。その言葉そっくり返させてもらうぞ」
 耳元での呆れたような声に体が震える。
「・・・・・・・信じて、いいのか・・・?」
「ああ」
 恐る恐る谷屋の体に抱きつく。するとさらに強く抱きしめ返してくれる。
 嬉し涙というものを流したのは、初めてだった。
「中野・・・・好きだぞ」
 現実では初めてかもしれない谷屋の真剣な声。
「俺も・・・・好き」
 そう返すと、谷屋の唇にそっとふさがれた。
 こんな幸せな気持ちになれるなんて知ったのも、生まれて初めてだった。

                             P90小説 『中野と谷屋』 一応、完 
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