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約束 AYA ◆zh2yobq4zs
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725 名前:AYA ◆zh2yobq4zs 投稿日:佐賀暦2006年,2006/10/26(佐賀県教育委員会) 18:08:46.42 0UnTqVaU0
ここは、戦争も激化して、青年男性以外に、少年まで借り出される、そんな事態まで
追い詰められている国の話。
追い詰められている国の話。
15歳ぐらいの少年から、軍への入隊を義務付ける令が出てから、もっと国内は暗く、
重くなっていった。
首都から離れたこの村でも、それは例外ではなく。
人がどんどん減っていく事に、誰もが口には出せないけれど、誰もが辛い気持ちを
抱いていた。
重くなっていった。
首都から離れたこの村でも、それは例外ではなく。
人がどんどん減っていく事に、誰もが口には出せないけれど、誰もが辛い気持ちを
抱いていた。
体調の悪い等、率先力にならない者は除外されていた。
あと、少年に限っては、特別な者も。
それは、15歳から18歳くらいまでの者で、今だ童貞の者である。
入隊してから女体化されたら率先力にならないどころか、大変な事態になる事は、
目に見えている。
だが。時代はその特例を甘く見てくれる程、優しくなかった。
入隊の令が届いた日までに童貞を捨てていなければ、女になりたいと言う願望を
持つ者、というレッテルを貼られるから。
だから国内に残っても、相手にされる人も居ず、女体化しても、辛い日々が
待っているだけだ。
あと、少年に限っては、特別な者も。
それは、15歳から18歳くらいまでの者で、今だ童貞の者である。
入隊してから女体化されたら率先力にならないどころか、大変な事態になる事は、
目に見えている。
だが。時代はその特例を甘く見てくれる程、優しくなかった。
入隊の令が届いた日までに童貞を捨てていなければ、女になりたいと言う願望を
持つ者、というレッテルを貼られるから。
だから国内に残っても、相手にされる人も居ず、女体化しても、辛い日々が
待っているだけだ。
あたしはあの人に、例の場所に来て欲しい書かれた手紙を、そっと手渡された。
孤児の自分を、ここまで気に掛けてくれた人は、あの人だけだ。
あたしは、これまでいい人たちに囲まれてきたから、孤児であっても、寂しい事は
無かった。
でもどこか、独りだと感じずには居られなった。
孤児の自分を、ここまで気に掛けてくれた人は、あの人だけだ。
あたしは、これまでいい人たちに囲まれてきたから、孤児であっても、寂しい事は
無かった。
でもどこか、独りだと感じずには居られなった。
726 名前:AYA ◆zh2yobq4zs 投稿日:佐賀暦2006年,2006/10/26(佐賀県教育委員会) 18:14:32.70 0UnTqVaU0
そこに現れた、あの人。あの人は、何かにつけて声を掛けてくれたりしてくれた。
裏表の無い笑顔で。
だから自然に、自分はあの人惹かれていった。
あの人が、自分の事をなんとも思っていなくても、声を掛けてくれるだけで、
嬉しかったし、幸せだった。
裏表の無い笑顔で。
だから自然に、自分はあの人惹かれていった。
あの人が、自分の事をなんとも思っていなくても、声を掛けてくれるだけで、
嬉しかったし、幸せだった。
約束の場所に行くと、すでにあの人がいた。
すでに日は落ちつつあったけど、残された夕日に照らされた表情は、どこか緊張
しているように見えた。
人の知らない、二人だけの場所。
「この間、僕の所にも、入隊の辞令が下った」
ぽつりと、あの人は呟いた。
あたしは、なんとなくそうじゃないかと思ってた。そしてこの後、もしかしたら…と
言う思いも。
「僕は迷っている」
また、呟き始める。
「君を、置いていきたくない。君の傍に居たいんだ」
あたしは涙が溢れるのを止められなかった。
嬉しかったし、あたしもこの人とずっと一緒に居たいと思っている。でも、それは
適わぬ夢。だって、あたしは穢れてしまったんだから。
ごめんなさい。一生のお願い。あたしの我が侭を受け止めて。
すでに日は落ちつつあったけど、残された夕日に照らされた表情は、どこか緊張
しているように見えた。
人の知らない、二人だけの場所。
「この間、僕の所にも、入隊の辞令が下った」
ぽつりと、あの人は呟いた。
あたしは、なんとなくそうじゃないかと思ってた。そしてこの後、もしかしたら…と
言う思いも。
「僕は迷っている」
また、呟き始める。
「君を、置いていきたくない。君の傍に居たいんだ」
あたしは涙が溢れるのを止められなかった。
嬉しかったし、あたしもこの人とずっと一緒に居たいと思っている。でも、それは
適わぬ夢。だって、あたしは穢れてしまったんだから。
ごめんなさい。一生のお願い。あたしの我が侭を受け止めて。
あたしは、静寂を破る。
「それは嬉しいけれど、あなたとは釣り合わないわ」
出来るだけ笑顔で。
「それは嬉しいけれど、あなたとは釣り合わないわ」
出来るだけ笑顔で。
727 名前:AYA ◆zh2yobq4zs 投稿日:佐賀暦2006年,2006/10/26(佐賀県教育委員会) 18:22:11.95 0UnTqVaU0
「あたしの事、どれだけ知ってるの?
あたしのような奴の為に、あなたが行く末を迷わせてる?
だったら、あたしの話に乗ってみない。ここで男になって、そして、男として
暮らしていくの。
だってあたし。すでに、何人もの男を、相手にした事あるような女なのよ」
そして。スカートの裾をゆっくりと捲り上げる。
そう。我が侭を言うわ。女になるこの人を見るのは辛い。だから、男のままで
暮らして欲しい。私を忘れてしまう事になってもいいから。
あたしの話を、驚いた表情で聞いていたあの人は、捲り上げる行為に、一瞬目を
逸らしたけど、再びあたしを見た時は、もの凄い怖い表情に変わっていた。
それに身がすくみ、手を止めるあたし。その両腕をぎゅっと掴まれる。怖さに
思わず、目を閉じ、顔を背けてしまう。
「誰にやられた」
「な、なんの事…」
改めてみたあの人の表情は、あたしを通り越して、誰かを見ていた。
「すまない」
身体をいきなり抱きしめられた。何がなんだか分からず、ただあの人の匂いと
体温を感じるしかない。
「俺のせいで、辛い目にあったんだな」
さらに閉めつめる力と温かさに、あたしは涙がこぼれた。
この人は、分かってしまったんだろうか。あたしが受けた事を。
そのままの姿勢でゆっくりと、あの人は喋り始める。
あたしのような奴の為に、あなたが行く末を迷わせてる?
だったら、あたしの話に乗ってみない。ここで男になって、そして、男として
暮らしていくの。
だってあたし。すでに、何人もの男を、相手にした事あるような女なのよ」
そして。スカートの裾をゆっくりと捲り上げる。
そう。我が侭を言うわ。女になるこの人を見るのは辛い。だから、男のままで
暮らして欲しい。私を忘れてしまう事になってもいいから。
あたしの話を、驚いた表情で聞いていたあの人は、捲り上げる行為に、一瞬目を
逸らしたけど、再びあたしを見た時は、もの凄い怖い表情に変わっていた。
それに身がすくみ、手を止めるあたし。その両腕をぎゅっと掴まれる。怖さに
思わず、目を閉じ、顔を背けてしまう。
「誰にやられた」
「な、なんの事…」
改めてみたあの人の表情は、あたしを通り越して、誰かを見ていた。
「すまない」
身体をいきなり抱きしめられた。何がなんだか分からず、ただあの人の匂いと
体温を感じるしかない。
「俺のせいで、辛い目にあったんだな」
さらに閉めつめる力と温かさに、あたしは涙がこぼれた。
この人は、分かってしまったんだろうか。あたしが受けた事を。
そのままの姿勢でゆっくりと、あの人は喋り始める。
728 名前:AYA ◆zh2yobq4zs 投稿日:佐賀暦2006年,2006/10/26(佐賀県教育委員会) 18:30:12.59 0UnTqVaU0
自分は、あまり階級が高くないけれど、成績が良い方なのもあって、とある人達から
目の敵にされている事。何かにつけて、いじめを受けている事を。
「僕自身は問題無いんだ、何をされても。でも、僕の為に、君を傷つけてしまうとは
思わなかった。
今日、あいつらが、まだ女を知らないのか、と言ってきた。僕は普通に流したんだけど。
君の足に付いていた傷は…そうなんだね」
あたしは、もうどうしていいのか分からなかった。ここでこの人に抱かれる事が出来たと
しても、出来なくても。その後、どこかに身を投げるつもりでいた。
あの日の恐怖を、忘れる事が出来ないから。何人もの男に身体を弄ばれた、あの時を。
「すまない。本当にすまない」
この人が謝る理由なんてない。そう思って、あたしは思いっきり首を横に振る。
「君を、手放したくないんだ。絶対返ってくるから、待ってて欲しい」
あたしには、身を投げる理由がなくなった。どんな状態であれ、思ってくれているのが
分かったから。
顔を上げると、あの人の唇が重なってきた。
そしてそのまま。あたしは、あの人の精を体内に受けた。
目の敵にされている事。何かにつけて、いじめを受けている事を。
「僕自身は問題無いんだ、何をされても。でも、僕の為に、君を傷つけてしまうとは
思わなかった。
今日、あいつらが、まだ女を知らないのか、と言ってきた。僕は普通に流したんだけど。
君の足に付いていた傷は…そうなんだね」
あたしは、もうどうしていいのか分からなかった。ここでこの人に抱かれる事が出来たと
しても、出来なくても。その後、どこかに身を投げるつもりでいた。
あの日の恐怖を、忘れる事が出来ないから。何人もの男に身体を弄ばれた、あの時を。
「すまない。本当にすまない」
この人が謝る理由なんてない。そう思って、あたしは思いっきり首を横に振る。
「君を、手放したくないんだ。絶対返ってくるから、待ってて欲しい」
あたしには、身を投げる理由がなくなった。どんな状態であれ、思ってくれているのが
分かったから。
顔を上げると、あの人の唇が重なってきた。
そしてそのまま。あたしは、あの人の精を体内に受けた。
あの人が村を出てからすぐ、もっと国内の情勢は悪くなった。
でも、待ってて欲しいとの言葉だけだけど、あたしの生きる理由である事には間違いなく。
あたしも何がなんでも、生き延びようと一生懸命だった。
そんな中。あたしの身体の中には、生命が息づいていた。日に日に大きくなる腹に、
恐怖を覚える。
だって。あの人の精を受ける前に、何人もの男が、あたしの中を汚していたから。
しかし、育つ子を下ろす事も出来ず、そのまま生む事を決意し。
戦争が更に激化する中。あたしは、元気な男の子を出産した。
でも、待ってて欲しいとの言葉だけだけど、あたしの生きる理由である事には間違いなく。
あたしも何がなんでも、生き延びようと一生懸命だった。
そんな中。あたしの身体の中には、生命が息づいていた。日に日に大きくなる腹に、
恐怖を覚える。
だって。あの人の精を受ける前に、何人もの男が、あたしの中を汚していたから。
しかし、育つ子を下ろす事も出来ず、そのまま生む事を決意し。
戦争が更に激化する中。あたしは、元気な男の子を出産した。
729 名前:AYA ◆zh2yobq4zs 投稿日:佐賀暦2006年,2006/10/26(佐賀県教育委員会) 18:42:53.08 0UnTqVaU0
ベットの横に寝かされたその子は、どこかあの人に似てる気がした。あたしはどこか
安心と、自分はもう一人じゃないと言う、新しい想いを感じていた。
安心と、自分はもう一人じゃないと言う、新しい想いを感じていた。
中々体調の戻らないあたしは、しばらく病院にいた。
抱きしめているこの子は、あたしの腕で眠っている。安心しきっている寝顔に
癒される日々が続く。
しかし。その僅かな平穏も、村への襲撃で破られる。
窓ガラスの割れる音。壁が崩れる音。そして、恐ろしい武器の音。
あたしは子を抱えて。慌ててベットの下に潜り込む。助かる見込みは無いけれど、
この子だけは助けたい。それだけを願って。
ふと、周囲の音が無くなって、あたしは顔を上げる。そこには、黒い服を着た男がいた。
「子を安全な所に預かろう。その代わり…」
あたしは、この子を差し出した所で、気を失った。
抱きしめているこの子は、あたしの腕で眠っている。安心しきっている寝顔に
癒される日々が続く。
しかし。その僅かな平穏も、村への襲撃で破られる。
窓ガラスの割れる音。壁が崩れる音。そして、恐ろしい武器の音。
あたしは子を抱えて。慌ててベットの下に潜り込む。助かる見込みは無いけれど、
この子だけは助けたい。それだけを願って。
ふと、周囲の音が無くなって、あたしは顔を上げる。そこには、黒い服を着た男がいた。
「子を安全な所に預かろう。その代わり…」
あたしは、この子を差し出した所で、気を失った。
気付くと、瓦礫と化した病院のベットの下で、運良く助かっていた。
周囲はものすごい光景が広がっていた。思わず力が抜けて、座り込んでしまう。
そこに、生存者を確認しにきた人と出会い、あたしは救助された。
臨時の病院でお世話になり、だんだん体調も良くなったようだった。
しばらくして。終戦の知らせが村を駆け回った。戦場に向かっていた男達の行方に
ついては、まだ情報は届いていなかった。
行くあての無いあたしは、そのままその病院の手伝いをする事にした。なんのとりえも
無いけれど、雑用は出来る。
この村の場所から離れたくないし、もしかしたら、この人が行き会う場所に居れば、
あの人についての情報を得られるかもしれないから。
周囲はものすごい光景が広がっていた。思わず力が抜けて、座り込んでしまう。
そこに、生存者を確認しにきた人と出会い、あたしは救助された。
臨時の病院でお世話になり、だんだん体調も良くなったようだった。
しばらくして。終戦の知らせが村を駆け回った。戦場に向かっていた男達の行方に
ついては、まだ情報は届いていなかった。
行くあての無いあたしは、そのままその病院の手伝いをする事にした。なんのとりえも
無いけれど、雑用は出来る。
この村の場所から離れたくないし、もしかしたら、この人が行き会う場所に居れば、
あの人についての情報を得られるかもしれないから。
730 名前:AYA ◆zh2yobq4zs 投稿日:佐賀暦2006年,2006/10/26(佐賀県教育委員会) 18:54:40.73 0UnTqVaU0
村の復興は除々であるけど、皆の暮らしは安定しつつあった。
戦地から返ってくる生存者は、村人全員が喜んで迎え入れた。男手も増え、ますます
活気も戻っているように見えた。
終戦からすでに1年が立つ。あたしは同じ場所で、独りで暮らしていた。
戦地から返ってくる生存者は、村人全員が喜んで迎え入れた。男手も増え、ますます
活気も戻っているように見えた。
終戦からすでに1年が立つ。あたしは同じ場所で、独りで暮らしていた。
この荷物を受け渡し終わったら、真っ直ぐ帰っていいと言われ、遠い道のりを辿った
帰りだった。
日も暮れ、かすかな明かりで道を進む。
ふと。子供の声が聞こえた。
「マンマ」
思わず立ち止まり、辺りを見渡す。人の往来は途絶えている。となると、建物の方から
聞こえているのだろうか。
鼓動が早くなる。あの人と同じくらい、忘れた事のないあの子が胸をよぎる。
建物同士の狭い路地を、あたしは進んで行った。
声がすると思い、あちこちの道を進み、気が付けば、どこにいるのか分からなくなった。
思えば、もう声は聞こえない。
幻聴だったのかと、気を落としながらも、とりあえず元来た方へと向く。
「おい」
急に、強い力で肩を掴まれた。あたしは背筋の凍る思いを感じながら、立ち止まる。
「お前…」
強い力で引っ張られると。そこには見た事のある顔が見えた。
忘れていたはずの、あの時に受けた恐怖が蘇る。
「ここで逢うのも、何かの縁だな。ちょっと来いよ」
肩を抱かれてしまい、逃げられなくなってしまい。酒の匂いが強いこの男は、片足が
義足だった。あたしは一緒にゆっくりと歩き始めた。
帰りだった。
日も暮れ、かすかな明かりで道を進む。
ふと。子供の声が聞こえた。
「マンマ」
思わず立ち止まり、辺りを見渡す。人の往来は途絶えている。となると、建物の方から
聞こえているのだろうか。
鼓動が早くなる。あの人と同じくらい、忘れた事のないあの子が胸をよぎる。
建物同士の狭い路地を、あたしは進んで行った。
声がすると思い、あちこちの道を進み、気が付けば、どこにいるのか分からなくなった。
思えば、もう声は聞こえない。
幻聴だったのかと、気を落としながらも、とりあえず元来た方へと向く。
「おい」
急に、強い力で肩を掴まれた。あたしは背筋の凍る思いを感じながら、立ち止まる。
「お前…」
強い力で引っ張られると。そこには見た事のある顔が見えた。
忘れていたはずの、あの時に受けた恐怖が蘇る。
「ここで逢うのも、何かの縁だな。ちょっと来いよ」
肩を抱かれてしまい、逃げられなくなってしまい。酒の匂いが強いこの男は、片足が
義足だった。あたしは一緒にゆっくりと歩き始めた。
731 名前:AYA ◆zh2yobq4zs 投稿日:佐賀暦2006年,2006/10/26(佐賀県教育委員会) 19:04:11.89 0UnTqVaU0
辿り付いた所は酒場だった。室内は、活気のある世界が広がっていた。こういった
場所に縁の無いあたしは、雰囲気に飲まれ、また着飾った女性に圧倒され、小さくなり、
下を見ながら、男と一緒に歩いた。
とあるテーブルで止まる。
「おい。居たぞ」
男の声に仲間が居る事を知ったあたしは、更に身を縮める。
でも。次の声で、顔を上げずには居られなかった。
視線と視線が絡み合う。間違いなく、あの人だった。
「あの時は本当に申し訳なかった。俺たちは幼すぎた。言葉ですむ事じゃないのは
分かってる。
でも、戦場でのこいつの想いで、俺達の考えは変わった。
ある日、上官の前で、絶対戦場には行かない、行ったとしても人殺しはしない。
そう言い放ったんだ。その後は、雑用ばかりやらされてた。
もちろん、弱虫と言ってやった。でも、ある人を待たせてる。必ず帰らなければ
俺達は、こいつが誰を言っているのか分かった。俺達が誤った事を犯した事にも
気付いた。だからこそ、こいつだけでも返さなければ、そう誓い合った。絶対、
こいつのいる基地に敵を寄せ付けないようにしようと」
男は椅子に座った。あたしはあの人を見たまま、立ちすくんだままだった。
「俺は足を片方なくしたが、終戦まで、こいつに怪我はさせなかった。とりあえず
皆捕虜にはなったがな。
この間、国に帰ってきたばかりだ。すぐお前を探そうとしてた所だったんだ」
さぁ、行け。男はあの人の肩を叩く。ふらふらと立ちあがると、あたしの手を取った。
「ありがとう」
あたしとあの人は、ほぼ同時に言った。
場所に縁の無いあたしは、雰囲気に飲まれ、また着飾った女性に圧倒され、小さくなり、
下を見ながら、男と一緒に歩いた。
とあるテーブルで止まる。
「おい。居たぞ」
男の声に仲間が居る事を知ったあたしは、更に身を縮める。
でも。次の声で、顔を上げずには居られなかった。
視線と視線が絡み合う。間違いなく、あの人だった。
「あの時は本当に申し訳なかった。俺たちは幼すぎた。言葉ですむ事じゃないのは
分かってる。
でも、戦場でのこいつの想いで、俺達の考えは変わった。
ある日、上官の前で、絶対戦場には行かない、行ったとしても人殺しはしない。
そう言い放ったんだ。その後は、雑用ばかりやらされてた。
もちろん、弱虫と言ってやった。でも、ある人を待たせてる。必ず帰らなければ
俺達は、こいつが誰を言っているのか分かった。俺達が誤った事を犯した事にも
気付いた。だからこそ、こいつだけでも返さなければ、そう誓い合った。絶対、
こいつのいる基地に敵を寄せ付けないようにしようと」
男は椅子に座った。あたしはあの人を見たまま、立ちすくんだままだった。
「俺は足を片方なくしたが、終戦まで、こいつに怪我はさせなかった。とりあえず
皆捕虜にはなったがな。
この間、国に帰ってきたばかりだ。すぐお前を探そうとしてた所だったんだ」
さぁ、行け。男はあの人の肩を叩く。ふらふらと立ちあがると、あたしの手を取った。
「ありがとう」
あたしとあの人は、ほぼ同時に言った。
732 名前:AYA ◆zh2yobq4zs 投稿日:佐賀暦2006年,2006/10/26(佐賀県教育委員会) 19:15:54.44 0UnTqVaU0
店を出て少し行くと、あの人はあたしを抱きしめてきた。そして言う。
「どうして、こんな所まで?」
あの人の胸の中で、思わず口を閉ざす。でも、いつかは話すことになるだろう。
1年前に子を産み、その子とは生き別れ、今日子供の声がしたので、迷い込んだ、
と伝える。
「あなたに似た子だった」
そう最後に付け加えて。更に抱きしめてくれると、あの人は言った。
「大変だったんだね。もしかしたら、その子が、僕達を導いてくれたのかもしれない。
これから一緒に、家庭を築いていこう」
あたし達は一緒に暮らし始めた。
その内に、女の子が誕生し、家族が増え、ますます幸せになっていった。
小さな家を構え、子の成長を見ながら、夫を仕事に送り出し、家事を行う。それが
幸せで、嬉しくて。日はあっという間に過ぎていった。
「どうして、こんな所まで?」
あの人の胸の中で、思わず口を閉ざす。でも、いつかは話すことになるだろう。
1年前に子を産み、その子とは生き別れ、今日子供の声がしたので、迷い込んだ、
と伝える。
「あなたに似た子だった」
そう最後に付け加えて。更に抱きしめてくれると、あの人は言った。
「大変だったんだね。もしかしたら、その子が、僕達を導いてくれたのかもしれない。
これから一緒に、家庭を築いていこう」
あたし達は一緒に暮らし始めた。
その内に、女の子が誕生し、家族が増え、ますます幸せになっていった。
小さな家を構え、子の成長を見ながら、夫を仕事に送り出し、家事を行う。それが
幸せで、嬉しくて。日はあっという間に過ぎていった。
ある時。娘が青年を連れてきた。
「この間、知り合ったの」
でも、二人の雰囲気は、ただの知り合いではないものが漂っていた。
凛とした顔立ちの青年に、誰かを浮かべながら、あたしは室内に案内する。
「ありがとうございます」
その声に、あたしはあの時に聞いた声を思い出していた。
「お母さん!?」
何かの割れる音と、娘の声が、だんだんと小さくなっていった。
「この間、知り合ったの」
でも、二人の雰囲気は、ただの知り合いではないものが漂っていた。
凛とした顔立ちの青年に、誰かを浮かべながら、あたしは室内に案内する。
「ありがとうございます」
その声に、あたしはあの時に聞いた声を思い出していた。
「お母さん!?」
何かの割れる音と、娘の声が、だんだんと小さくなっていった。
740 名前:AYA ◆zh2yobq4zs 投稿日:佐賀暦2006年,2006/10/26(佐賀県教育委員会) 19:36:02.99 0UnTqVaU0
気付くと夜だった。自分のベットに寝かされていて、夫が手を握っていた。
「あの子は…」
あたしはぼーっと呟く。
「あの青年かい?」
その声に頷きながら、言葉を紡ぐ。
「前に…聞いた事が、あるかもしれない。あの時…あなたとあった、路地に迷い込んだ時の、
子供の声に…」
夫の手が、一瞬びくっとする。
「そんな…」
「でも。年齢的には、合っているもの…」
もしかしたら。あの青年は、自分の子かもしれない。
「あの子は…」
あたしはぼーっと呟く。
「あの青年かい?」
その声に頷きながら、言葉を紡ぐ。
「前に…聞いた事が、あるかもしれない。あの時…あなたとあった、路地に迷い込んだ時の、
子供の声に…」
夫の手が、一瞬びくっとする。
「そんな…」
「でも。年齢的には、合っているもの…」
もしかしたら。あの青年は、自分の子かもしれない。
あたしの体調が良くなったある日。夫と一緒に、娘とあの青年へ、これまでを掻い摘んで
話した。突然の話に二人ともびっくりした表情を浮かべている。
青年は少しずつ、自分の生い立ちを話し始めた。本当は孤児だった。
「であれば。出来たら、検査をして欲しいんだ」
夫の話に、青年は頷いた。
話した。突然の話に二人ともびっくりした表情を浮かべている。
青年は少しずつ、自分の生い立ちを話し始めた。本当は孤児だった。
「であれば。出来たら、検査をして欲しいんだ」
夫の話に、青年は頷いた。
それからしばらくして。血液やDNA検査の結果。まごうなき二人の子である結論が現れた。
再び、四人でテーブルを囲む。
娘と青年は、黙って俯いている。
この二人が、すでに友達以上の思いでいるなら、これほど酷な話も無いだろう。
再び、四人でテーブルを囲む。
娘と青年は、黙って俯いている。
この二人が、すでに友達以上の思いでいるなら、これほど酷な話も無いだろう。
742 名前:AYA ◆zh2yobq4zs 投稿日:佐賀暦2006年,2006/10/26(佐賀県教育委員会) 19:39:47.71 0UnTqVaU0
そんな中、口を開いたのは娘だった。
「家族だったら。一緒に暮らしてはダメなの?」
思わぬ意見に、夫と目を見合わせる。
そして、夫は青年に問う。娘をどう思っているのか、と。
「妹のように、思っています」
「家族だったら。一緒に暮らしてはダメなの?」
思わぬ意見に、夫と目を見合わせる。
そして、夫は青年に問う。娘をどう思っているのか、と。
「妹のように、思っています」
結論は正しかったのだろうか。
家族は四人になり、何事もなく、暮らし始めた。
笑顔と明るさの耐えない家の中で、いつまでも、このままであって欲しいと、あたしは
思っていた。
家族は四人になり、何事もなく、暮らし始めた。
笑顔と明るさの耐えない家の中で、いつまでも、このままであって欲しいと、あたしは
思っていた。
そんなあたしを、いつの間にか病魔がすくんでいた。心臓に問題があって、次に負担が
かかると危ないかもしれないと診断された。
病院に入院する事となった。夫は毎日仕事帰りに寄ってくれて、子供らも手が開けば、
見舞いに来てくれていた。
かかると危ないかもしれないと診断された。
病院に入院する事となった。夫は毎日仕事帰りに寄ってくれて、子供らも手が開けば、
見舞いに来てくれていた。
ある日。あたしの手をぎゅっと握りながら、夫は、
「今日は、もう帰らなくてはいけない」
と言った。いつも帰るより、ちょっと早い時間だ。何かあるんだろうと思ったけど、
あたしを病気を気遣って言わないで居てくれてるんだ。
隠し事は無いと思う。夫の目は、とりあえず嘘を付いているようには見えない。
「分かった」
そう答える。夫はあたしと唇を合わせると、明日も来るから。そう言って去って
行った。
「今日は、もう帰らなくてはいけない」
と言った。いつも帰るより、ちょっと早い時間だ。何かあるんだろうと思ったけど、
あたしを病気を気遣って言わないで居てくれてるんだ。
隠し事は無いと思う。夫の目は、とりあえず嘘を付いているようには見えない。
「分かった」
そう答える。夫はあたしと唇を合わせると、明日も来るから。そう言って去って
行った。
749 名前:AYA ◆zh2yobq4zs 投稿日:佐賀暦2006年,2006/10/26(佐賀県教育委員会) 19:55:31.36 0UnTqVaU0
夜もふけて、静まった病院内。何かの気配がして、あたしは目を覚ます。
戸を見ると、黒い服の男が見えた。見た事がある気がする。
「さぁ。約束だ」
男が近寄ってきた。蝋燭の火がゆらりと揺れる。
「やく…そく?」
あたしは上体を起こしながら問う。
「そう。あの時に言った事だ。あの子を助ける代わりに、お前が十分に幸せと思った時、
お前の命を貰うと」
そう言えば、子を預ける前に、対価を言われた気がする。でも、よく聞こえなかった
のは確かだ。
しかし。あの時、聞こえていたとしても、多分、子を預けていただろう。あの場では、
自分の力では守れないと感じていたから。
でも、このまま命を引き渡していいのだろうか。夫や子供達にもう会えなくなる。
最後の別れを伝える事も出来ない。
けれど。病気の自分が、皆の生活に縛り付ける、そんな状態が続く事に、少しずつ
罪悪感に似た想いを抱いていたのは確か。
いつかは別れがくるなら。
あたしは、黒い服の男に向かって頷いた。
蝋燭の火は、風も無いのに、ふっと消えた。
戸を見ると、黒い服の男が見えた。見た事がある気がする。
「さぁ。約束だ」
男が近寄ってきた。蝋燭の火がゆらりと揺れる。
「やく…そく?」
あたしは上体を起こしながら問う。
「そう。あの時に言った事だ。あの子を助ける代わりに、お前が十分に幸せと思った時、
お前の命を貰うと」
そう言えば、子を預ける前に、対価を言われた気がする。でも、よく聞こえなかった
のは確かだ。
しかし。あの時、聞こえていたとしても、多分、子を預けていただろう。あの場では、
自分の力では守れないと感じていたから。
でも、このまま命を引き渡していいのだろうか。夫や子供達にもう会えなくなる。
最後の別れを伝える事も出来ない。
けれど。病気の自分が、皆の生活に縛り付ける、そんな状態が続く事に、少しずつ
罪悪感に似た想いを抱いていたのは確か。
いつかは別れがくるなら。
あたしは、黒い服の男に向かって頷いた。
蝋燭の火は、風も無いのに、ふっと消えた。
751 名前:AYA ◆zh2yobq4zs 投稿日:佐賀暦2006年,2006/10/26(佐賀県教育委員会) 20:02:46.95 0UnTqVaU0
夫である、男は、家路を急いでいた。自分の推測は、間違いであって欲しいと願いながら。
家に着くと、音を立てないように、気を配りながら入る。
大体の部屋の明かりは消えていて、これはいつも通りだった。
ゆっくりと、部屋の奥へと向かう。子供達の部屋がある方だ。
一箇所だけ明かりが洩れていた。かすかに物音が聞こえいたが、近づく途中で止んだ。
多分、自分が近づく事に気付いたからではない。
男は、いきなり戸を開けた。
そこには、ベットの上で息荒くして身を重ねている、二人の我が子がいた。
家に着くと、音を立てないように、気を配りながら入る。
大体の部屋の明かりは消えていて、これはいつも通りだった。
ゆっくりと、部屋の奥へと向かう。子供達の部屋がある方だ。
一箇所だけ明かりが洩れていた。かすかに物音が聞こえいたが、近づく途中で止んだ。
多分、自分が近づく事に気付いたからではない。
男は、いきなり戸を開けた。
そこには、ベットの上で息荒くして身を重ねている、二人の我が子がいた。
服を着せ、テーブルに呼ぶ。娘は、この人の女体化を止められるならいいと言った。
息子は、相手は絶対娘が良かったと言った。
行為自体許される事ではないし、今回が初めてでは無い事を知っている。
でなければ、異変を思って、こうして現場を捕まえる事は無かったのだから。
男は、最悪のケースに考えていた結論を口にした。
息子は遠い所で見つけていた仕事場へ。娘は全寮制の女子寮へ。
泣き叫ぶ声がするが、許す事は出来なかった。
息子は、相手は絶対娘が良かったと言った。
行為自体許される事ではないし、今回が初めてでは無い事を知っている。
でなければ、異変を思って、こうして現場を捕まえる事は無かったのだから。
男は、最悪のケースに考えていた結論を口にした。
息子は遠い所で見つけていた仕事場へ。娘は全寮制の女子寮へ。
泣き叫ぶ声がするが、許す事は出来なかった。
そのような騒動のあった翌日。病院から妻の死を伝えられた。
家族三人が揃うのが、妻の葬儀である事は皮肉のようだと感じた。
ひと段落着き、子供達も旅立ってから、男は塞ぎ込むようになった。
妻が居れば、家族が減っても、寂しい想いを乗り越えられると考えていたから。
何もかもが憎らしくも思える。一体、誰が幸せを奪っていったんだろう。
家族三人が揃うのが、妻の葬儀である事は皮肉のようだと感じた。
ひと段落着き、子供達も旅立ってから、男は塞ぎ込むようになった。
妻が居れば、家族が減っても、寂しい想いを乗り越えられると考えていたから。
何もかもが憎らしくも思える。一体、誰が幸せを奪っていったんだろう。
もう一つ、残っている運命がある。それは娘の腹の中で、静かに息づき始めていた。
FIN