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約束 AYA ◆zh2yobq4zs

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725 名前:AYA ◆zh2yobq4zs 投稿日:佐賀暦2006年,2006/10/26(佐賀県教育委員会) 18:08:46.42 0UnTqVaU0

 ここは、戦争も激化して、青年男性以外に、少年まで借り出される、そんな事態まで
追い詰められている国の話。

 15歳ぐらいの少年から、軍への入隊を義務付ける令が出てから、もっと国内は暗く、
重くなっていった。
 首都から離れたこの村でも、それは例外ではなく。
 人がどんどん減っていく事に、誰もが口には出せないけれど、誰もが辛い気持ちを
抱いていた。

 体調の悪い等、率先力にならない者は除外されていた。
 あと、少年に限っては、特別な者も。
 それは、15歳から18歳くらいまでの者で、今だ童貞の者である。
 入隊してから女体化されたら率先力にならないどころか、大変な事態になる事は、
目に見えている。
 だが。時代はその特例を甘く見てくれる程、優しくなかった。
 入隊の令が届いた日までに童貞を捨てていなければ、女になりたいと言う願望を
持つ者、というレッテルを貼られるから。
 だから国内に残っても、相手にされる人も居ず、女体化しても、辛い日々が
待っているだけだ。


 あたしはあの人に、例の場所に来て欲しい書かれた手紙を、そっと手渡された。
 孤児の自分を、ここまで気に掛けてくれた人は、あの人だけだ。
 あたしは、これまでいい人たちに囲まれてきたから、孤児であっても、寂しい事は
無かった。
 でもどこか、独りだと感じずには居られなった。


726 名前:AYA ◆zh2yobq4zs 投稿日:佐賀暦2006年,2006/10/26(佐賀県教育委員会) 18:14:32.70 0UnTqVaU0

 そこに現れた、あの人。あの人は、何かにつけて声を掛けてくれたりしてくれた。
裏表の無い笑顔で。
 だから自然に、自分はあの人惹かれていった。
 あの人が、自分の事をなんとも思っていなくても、声を掛けてくれるだけで、
嬉しかったし、幸せだった。

 約束の場所に行くと、すでにあの人がいた。
 すでに日は落ちつつあったけど、残された夕日に照らされた表情は、どこか緊張
しているように見えた。
 人の知らない、二人だけの場所。
「この間、僕の所にも、入隊の辞令が下った」
 ぽつりと、あの人は呟いた。
 あたしは、なんとなくそうじゃないかと思ってた。そしてこの後、もしかしたら…と
言う思いも。
「僕は迷っている」
 また、呟き始める。
「君を、置いていきたくない。君の傍に居たいんだ」
 あたしは涙が溢れるのを止められなかった。
 嬉しかったし、あたしもこの人とずっと一緒に居たいと思っている。でも、それは
適わぬ夢。だって、あたしは穢れてしまったんだから。
 ごめんなさい。一生のお願い。あたしの我が侭を受け止めて。

 あたしは、静寂を破る。
「それは嬉しいけれど、あなたとは釣り合わないわ」
 出来るだけ笑顔で。


727 名前:AYA ◆zh2yobq4zs 投稿日:佐賀暦2006年,2006/10/26(佐賀県教育委員会) 18:22:11.95 0UnTqVaU0

「あたしの事、どれだけ知ってるの?
 あたしのような奴の為に、あなたが行く末を迷わせてる?
 だったら、あたしの話に乗ってみない。ここで男になって、そして、男として
暮らしていくの。
 だってあたし。すでに、何人もの男を、相手にした事あるような女なのよ」
 そして。スカートの裾をゆっくりと捲り上げる。
 そう。我が侭を言うわ。女になるこの人を見るのは辛い。だから、男のままで
暮らして欲しい。私を忘れてしまう事になってもいいから。
 あたしの話を、驚いた表情で聞いていたあの人は、捲り上げる行為に、一瞬目を
逸らしたけど、再びあたしを見た時は、もの凄い怖い表情に変わっていた。
 それに身がすくみ、手を止めるあたし。その両腕をぎゅっと掴まれる。怖さに
思わず、目を閉じ、顔を背けてしまう。
「誰にやられた」
「な、なんの事…」
 改めてみたあの人の表情は、あたしを通り越して、誰かを見ていた。
「すまない」
 身体をいきなり抱きしめられた。何がなんだか分からず、ただあの人の匂いと
体温を感じるしかない。
「俺のせいで、辛い目にあったんだな」
 さらに閉めつめる力と温かさに、あたしは涙がこぼれた。
 この人は、分かってしまったんだろうか。あたしが受けた事を。
 そのままの姿勢でゆっくりと、あの人は喋り始める。


728 名前:AYA ◆zh2yobq4zs 投稿日:佐賀暦2006年,2006/10/26(佐賀県教育委員会) 18:30:12.59 0UnTqVaU0

 自分は、あまり階級が高くないけれど、成績が良い方なのもあって、とある人達から
目の敵にされている事。何かにつけて、いじめを受けている事を。
「僕自身は問題無いんだ、何をされても。でも、僕の為に、君を傷つけてしまうとは
思わなかった。
 今日、あいつらが、まだ女を知らないのか、と言ってきた。僕は普通に流したんだけど。
君の足に付いていた傷は…そうなんだね」
 あたしは、もうどうしていいのか分からなかった。ここでこの人に抱かれる事が出来たと
しても、出来なくても。その後、どこかに身を投げるつもりでいた。
 あの日の恐怖を、忘れる事が出来ないから。何人もの男に身体を弄ばれた、あの時を。
「すまない。本当にすまない」
 この人が謝る理由なんてない。そう思って、あたしは思いっきり首を横に振る。
「君を、手放したくないんだ。絶対返ってくるから、待ってて欲しい」
 あたしには、身を投げる理由がなくなった。どんな状態であれ、思ってくれているのが
分かったから。
 顔を上げると、あの人の唇が重なってきた。
 そしてそのまま。あたしは、あの人の精を体内に受けた。

 あの人が村を出てからすぐ、もっと国内の情勢は悪くなった。
 でも、待ってて欲しいとの言葉だけだけど、あたしの生きる理由である事には間違いなく。
あたしも何がなんでも、生き延びようと一生懸命だった。
 そんな中。あたしの身体の中には、生命が息づいていた。日に日に大きくなる腹に、
恐怖を覚える。
 だって。あの人の精を受ける前に、何人もの男が、あたしの中を汚していたから。
 しかし、育つ子を下ろす事も出来ず、そのまま生む事を決意し。
 戦争が更に激化する中。あたしは、元気な男の子を出産した。


729 名前:AYA ◆zh2yobq4zs 投稿日:佐賀暦2006年,2006/10/26(佐賀県教育委員会) 18:42:53.08 0UnTqVaU0

 ベットの横に寝かされたその子は、どこかあの人に似てる気がした。あたしはどこか
安心と、自分はもう一人じゃないと言う、新しい想いを感じていた。

 中々体調の戻らないあたしは、しばらく病院にいた。
 抱きしめているこの子は、あたしの腕で眠っている。安心しきっている寝顔に
癒される日々が続く。
 しかし。その僅かな平穏も、村への襲撃で破られる。
 窓ガラスの割れる音。壁が崩れる音。そして、恐ろしい武器の音。
 あたしは子を抱えて。慌ててベットの下に潜り込む。助かる見込みは無いけれど、
この子だけは助けたい。それだけを願って。
 ふと、周囲の音が無くなって、あたしは顔を上げる。そこには、黒い服を着た男がいた。
「子を安全な所に預かろう。その代わり…」
 あたしは、この子を差し出した所で、気を失った。

 気付くと、瓦礫と化した病院のベットの下で、運良く助かっていた。
 周囲はものすごい光景が広がっていた。思わず力が抜けて、座り込んでしまう。
 そこに、生存者を確認しにきた人と出会い、あたしは救助された。
 臨時の病院でお世話になり、だんだん体調も良くなったようだった。
 しばらくして。終戦の知らせが村を駆け回った。戦場に向かっていた男達の行方に
ついては、まだ情報は届いていなかった。
 行くあての無いあたしは、そのままその病院の手伝いをする事にした。なんのとりえも
無いけれど、雑用は出来る。
 この村の場所から離れたくないし、もしかしたら、この人が行き会う場所に居れば、
あの人についての情報を得られるかもしれないから。


730 名前:AYA ◆zh2yobq4zs 投稿日:佐賀暦2006年,2006/10/26(佐賀県教育委員会) 18:54:40.73 0UnTqVaU0

 村の復興は除々であるけど、皆の暮らしは安定しつつあった。
 戦地から返ってくる生存者は、村人全員が喜んで迎え入れた。男手も増え、ますます
活気も戻っているように見えた。
 終戦からすでに1年が立つ。あたしは同じ場所で、独りで暮らしていた。

 この荷物を受け渡し終わったら、真っ直ぐ帰っていいと言われ、遠い道のりを辿った
帰りだった。
 日も暮れ、かすかな明かりで道を進む。
 ふと。子供の声が聞こえた。
「マンマ」
 思わず立ち止まり、辺りを見渡す。人の往来は途絶えている。となると、建物の方から
聞こえているのだろうか。
 鼓動が早くなる。あの人と同じくらい、忘れた事のないあの子が胸をよぎる。
 建物同士の狭い路地を、あたしは進んで行った。
 声がすると思い、あちこちの道を進み、気が付けば、どこにいるのか分からなくなった。
思えば、もう声は聞こえない。
 幻聴だったのかと、気を落としながらも、とりあえず元来た方へと向く。
「おい」
 急に、強い力で肩を掴まれた。あたしは背筋の凍る思いを感じながら、立ち止まる。
「お前…」
 強い力で引っ張られると。そこには見た事のある顔が見えた。
 忘れていたはずの、あの時に受けた恐怖が蘇る。
「ここで逢うのも、何かの縁だな。ちょっと来いよ」
 肩を抱かれてしまい、逃げられなくなってしまい。酒の匂いが強いこの男は、片足が
義足だった。あたしは一緒にゆっくりと歩き始めた。


731 名前:AYA ◆zh2yobq4zs 投稿日:佐賀暦2006年,2006/10/26(佐賀県教育委員会) 19:04:11.89 0UnTqVaU0

 辿り付いた所は酒場だった。室内は、活気のある世界が広がっていた。こういった
場所に縁の無いあたしは、雰囲気に飲まれ、また着飾った女性に圧倒され、小さくなり、
下を見ながら、男と一緒に歩いた。
 とあるテーブルで止まる。
「おい。居たぞ」
 男の声に仲間が居る事を知ったあたしは、更に身を縮める。
 でも。次の声で、顔を上げずには居られなかった。
 視線と視線が絡み合う。間違いなく、あの人だった。
「あの時は本当に申し訳なかった。俺たちは幼すぎた。言葉ですむ事じゃないのは
分かってる。
 でも、戦場でのこいつの想いで、俺達の考えは変わった。
 ある日、上官の前で、絶対戦場には行かない、行ったとしても人殺しはしない。
そう言い放ったんだ。その後は、雑用ばかりやらされてた。
 もちろん、弱虫と言ってやった。でも、ある人を待たせてる。必ず帰らなければ
 俺達は、こいつが誰を言っているのか分かった。俺達が誤った事を犯した事にも
気付いた。だからこそ、こいつだけでも返さなければ、そう誓い合った。絶対、
こいつのいる基地に敵を寄せ付けないようにしようと」
 男は椅子に座った。あたしはあの人を見たまま、立ちすくんだままだった。
「俺は足を片方なくしたが、終戦まで、こいつに怪我はさせなかった。とりあえず
皆捕虜にはなったがな。
 この間、国に帰ってきたばかりだ。すぐお前を探そうとしてた所だったんだ」
 さぁ、行け。男はあの人の肩を叩く。ふらふらと立ちあがると、あたしの手を取った。
「ありがとう」
 あたしとあの人は、ほぼ同時に言った。


732 名前:AYA ◆zh2yobq4zs 投稿日:佐賀暦2006年,2006/10/26(佐賀県教育委員会) 19:15:54.44 0UnTqVaU0

 店を出て少し行くと、あの人はあたしを抱きしめてきた。そして言う。
「どうして、こんな所まで?」
 あの人の胸の中で、思わず口を閉ざす。でも、いつかは話すことになるだろう。
 1年前に子を産み、その子とは生き別れ、今日子供の声がしたので、迷い込んだ、
と伝える。
「あなたに似た子だった」
 そう最後に付け加えて。更に抱きしめてくれると、あの人は言った。
「大変だったんだね。もしかしたら、その子が、僕達を導いてくれたのかもしれない。
 これから一緒に、家庭を築いていこう」
 あたし達は一緒に暮らし始めた。
 その内に、女の子が誕生し、家族が増え、ますます幸せになっていった。
 小さな家を構え、子の成長を見ながら、夫を仕事に送り出し、家事を行う。それが
幸せで、嬉しくて。日はあっという間に過ぎていった。

 ある時。娘が青年を連れてきた。
「この間、知り合ったの」
 でも、二人の雰囲気は、ただの知り合いではないものが漂っていた。
 凛とした顔立ちの青年に、誰かを浮かべながら、あたしは室内に案内する。
「ありがとうございます」
 その声に、あたしはあの時に聞いた声を思い出していた。
「お母さん!?」
 何かの割れる音と、娘の声が、だんだんと小さくなっていった。


740 名前:AYA ◆zh2yobq4zs 投稿日:佐賀暦2006年,2006/10/26(佐賀県教育委員会) 19:36:02.99 0UnTqVaU0

 気付くと夜だった。自分のベットに寝かされていて、夫が手を握っていた。
「あの子は…」
 あたしはぼーっと呟く。
「あの青年かい?」
 その声に頷きながら、言葉を紡ぐ。
「前に…聞いた事が、あるかもしれない。あの時…あなたとあった、路地に迷い込んだ時の、
子供の声に…」
 夫の手が、一瞬びくっとする。
「そんな…」
「でも。年齢的には、合っているもの…」
 もしかしたら。あの青年は、自分の子かもしれない。

 あたしの体調が良くなったある日。夫と一緒に、娘とあの青年へ、これまでを掻い摘んで
話した。突然の話に二人ともびっくりした表情を浮かべている。
 青年は少しずつ、自分の生い立ちを話し始めた。本当は孤児だった。
「であれば。出来たら、検査をして欲しいんだ」
 夫の話に、青年は頷いた。

 それからしばらくして。血液やDNA検査の結果。まごうなき二人の子である結論が現れた。
 再び、四人でテーブルを囲む。
 娘と青年は、黙って俯いている。
 この二人が、すでに友達以上の思いでいるなら、これほど酷な話も無いだろう。


742 名前:AYA ◆zh2yobq4zs 投稿日:佐賀暦2006年,2006/10/26(佐賀県教育委員会) 19:39:47.71 0UnTqVaU0

 そんな中、口を開いたのは娘だった。
「家族だったら。一緒に暮らしてはダメなの?」
 思わぬ意見に、夫と目を見合わせる。
 そして、夫は青年に問う。娘をどう思っているのか、と。
「妹のように、思っています」

 結論は正しかったのだろうか。
 家族は四人になり、何事もなく、暮らし始めた。
 笑顔と明るさの耐えない家の中で、いつまでも、このままであって欲しいと、あたしは
思っていた。

 そんなあたしを、いつの間にか病魔がすくんでいた。心臓に問題があって、次に負担が
かかると危ないかもしれないと診断された。
 病院に入院する事となった。夫は毎日仕事帰りに寄ってくれて、子供らも手が開けば、
見舞いに来てくれていた。

 ある日。あたしの手をぎゅっと握りながら、夫は、
「今日は、もう帰らなくてはいけない」
と言った。いつも帰るより、ちょっと早い時間だ。何かあるんだろうと思ったけど、
あたしを病気を気遣って言わないで居てくれてるんだ。
 隠し事は無いと思う。夫の目は、とりあえず嘘を付いているようには見えない。
「分かった」
 そう答える。夫はあたしと唇を合わせると、明日も来るから。そう言って去って
行った。


749 名前:AYA ◆zh2yobq4zs 投稿日:佐賀暦2006年,2006/10/26(佐賀県教育委員会) 19:55:31.36 0UnTqVaU0

 夜もふけて、静まった病院内。何かの気配がして、あたしは目を覚ます。
 戸を見ると、黒い服の男が見えた。見た事がある気がする。
「さぁ。約束だ」
 男が近寄ってきた。蝋燭の火がゆらりと揺れる。
「やく…そく?」
 あたしは上体を起こしながら問う。
「そう。あの時に言った事だ。あの子を助ける代わりに、お前が十分に幸せと思った時、
お前の命を貰うと」
 そう言えば、子を預ける前に、対価を言われた気がする。でも、よく聞こえなかった
のは確かだ。
 しかし。あの時、聞こえていたとしても、多分、子を預けていただろう。あの場では、
自分の力では守れないと感じていたから。
 でも、このまま命を引き渡していいのだろうか。夫や子供達にもう会えなくなる。
最後の別れを伝える事も出来ない。
 けれど。病気の自分が、皆の生活に縛り付ける、そんな状態が続く事に、少しずつ
罪悪感に似た想いを抱いていたのは確か。
 いつかは別れがくるなら。
 あたしは、黒い服の男に向かって頷いた。
 蝋燭の火は、風も無いのに、ふっと消えた。


751 名前:AYA ◆zh2yobq4zs 投稿日:佐賀暦2006年,2006/10/26(佐賀県教育委員会) 20:02:46.95 0UnTqVaU0

 夫である、男は、家路を急いでいた。自分の推測は、間違いであって欲しいと願いながら。
 家に着くと、音を立てないように、気を配りながら入る。
 大体の部屋の明かりは消えていて、これはいつも通りだった。
 ゆっくりと、部屋の奥へと向かう。子供達の部屋がある方だ。
 一箇所だけ明かりが洩れていた。かすかに物音が聞こえいたが、近づく途中で止んだ。
 多分、自分が近づく事に気付いたからではない。
 男は、いきなり戸を開けた。
 そこには、ベットの上で息荒くして身を重ねている、二人の我が子がいた。

 服を着せ、テーブルに呼ぶ。娘は、この人の女体化を止められるならいいと言った。
息子は、相手は絶対娘が良かったと言った。
 行為自体許される事ではないし、今回が初めてでは無い事を知っている。
でなければ、異変を思って、こうして現場を捕まえる事は無かったのだから。
 男は、最悪のケースに考えていた結論を口にした。
 息子は遠い所で見つけていた仕事場へ。娘は全寮制の女子寮へ。
 泣き叫ぶ声がするが、許す事は出来なかった。

 そのような騒動のあった翌日。病院から妻の死を伝えられた。
 家族三人が揃うのが、妻の葬儀である事は皮肉のようだと感じた。
 ひと段落着き、子供達も旅立ってから、男は塞ぎ込むようになった。
 妻が居れば、家族が減っても、寂しい想いを乗り越えられると考えていたから。
 何もかもが憎らしくも思える。一体、誰が幸せを奪っていったんだろう。

 もう一つ、残っている運命がある。それは娘の腹の中で、静かに息づき始めていた。

FIN
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