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*** 86 名前:そのいち 投稿日:2006/09/03(日) 20:13:30.41 T0/RItKG0
今日の学校はつまらなかったなぁ。
学校からの帰り道。
自分の足元、履き古したローファーのつま先を見ながらそう思った。
私は前の学校で、いじめられっ子だった。それが元で転校をした。
それが悔しくて、私は次の学校ではもっと違う自分になろう、そう思った。
それまで興味の無かったおしゃれなアクセサリーをつけたり
爪を磨いたり、髪だって染めた、…少しだけだけど、茶色に。
でも、私は新しい学校でもやっぱり前と同じで、隅でちぢこまるだけだった。
他人と話すのが怖くて、ずっと机に視線を落として怯えていた。
そんな私に初めて話し掛けてくれた男の子、ケイちゃん。
そのケイちゃんが私が知る限り初めて学校を休んだ。
だから、今日の学校はとてもつまらないものだった。
クラスのみんなは、もう私と友達と言ってもいいけど、でも。
好きな男の子が居ない学校なんて、つまらないものには違いなかった。
*** 116 名前:そのに ◆i.AArCzLic 投稿日:2006/09/03(日) 20:34:13.19 T0/RItKG0
帰り道、ケイちゃんの家に寄った。私の家への帰り道にあったから。
何度かドアを叩いた。しばらく待っても、返事は無かった。
「……ケイちゃん?居ないの?」
声をかけ、耳を澄ますと、家の中から物音がした。誰か居る。少し緊張した。
「なお?」
ケイちゃんの声がドアの向こうから聞こえた。消えそうな微かな声だった。
そうだよ、と答える。風でも引いたのか、声がちょっと違うな、と感じた。
自分の名前を呼ばれて、心臓が少し暴れだした。
「…なおなら、いいかな」
ドアが開いて、ケイちゃんの手が覗いた。おいで、おいでをしている。
どきどきしながら、お邪魔しますを言った。ドアが閉まる音と鍵をかける音が
後ろでする。ちらりと横目で見たケイちゃんは、毛布を頭からすっぽり被っていた。
「ケイちゃん、風邪?」
「……そんなんじゃない、けど」
ケイちゃんは、外を少し気にする様子を見せてから、毛布をはだけて顔を見せる。
ちょっとの間、私はその違和感が何かを必死で理解しようとした。
少し遅れて、違和感の正体が分かった。
丸みを帯びたくちびる、細い肩。すらりとした腕。ほんとならもっと、
がっちりしているはずなのに。私の好きな男の子が、私と同じ女の子になっていた。
ショックとかは、感じなかった。恥ずかしそうににやけるケイちゃんに私も笑顔を返す。
どうにもぎこちない笑顔だったに、違いなかったけど。
*** 133 名前:そのさん ◆i.AArCzLic 投稿日:2006/09/03(日) 21:01:43.65 T0/RItKG0
「朝、起きたらさ、女になってたんだ……」
「うん」
引きつった笑顔を貼り付けたまま、ただ頷いた。
世界にはこういうことがあるのも、知っていたけど。実際にこの目で見るのは初めてだった。
呆然と突っ立っていた私は、ケイちゃんに引っ張って居間まで連れていかれ、座らされた。
それからしばらく二人とも黙りこくって向き合ったままだった。
ケイちゃんが出してくれたお茶は、いつの間にか冷めてしまっていた。
「…女の子になっちゃったってことは、どうt…まだ、だったんだ…?」
「うん。まぁ……。でも、オレがそうなるなんて、思わなかった」
他の子としてないことには、少し安心した。それから、深い絶望感を味わった。
こんなことになるなら、無理やりでも良かったから、私を、使えば良かったのに。
泣きながら、そう言った。ケイちゃんは、何も言わずにうつむいて鼻をすすった。
私のせいいっぱいの告白だった。でも、それはもう届かない。
男の子のケイちゃんはもういないんだから。
*** 146 名前:そのよん ◆i.AArCzLic 投稿日:2006/09/03(日) 21:18:49.05 T0/RItKG0
次の日、ケイちゃんは学校に来た。みんなどよめいていた。
それはそうだろう。だって、スカートにブレザーを着て登校してきたんだから。
ケイちゃんは人を驚かせるのが好きな人だ。でも、少し照れていたみたいだった。
女の子になってはいたけど、話し方や仕草ですぐみんな気づいた。
みんなおおいに笑った。私だけが、素直に笑えなかった。
「ちょっと、何コレ?!で、その服はどっから?」
「へへ、姉貴のお古。どう、似合う?」
クラスの女の子に話し掛けられたケイちゃんはすくっと立ち上がる。
そしてお姫様がするような、スカートの端を持ち上げる挨拶をしてみせた。
「ちょ、やべぇ、悔しいけどなんかかわいい」
「てかおっぱい揉ませろって。…冗談だけど」
たちまち男子達が群がってやいのやいのと囃し立てた。
ケイちゃんは輪の中心で、楽しそうにくるりと回ったりしていた。
私はその輪から、後ずさりして少し離れた。
太陽系から外された、冥王星にでもなったような、遠い場所からそこを
見ているような、悲しい気分になった。
***655 名前:そのご ◆i.AArCzLic 投稿日:2006/09/04(月) 19:04:00.82 uiGJXUy/0
帰り道も、一人だった。いつもはケイちゃんと一緒だった。
ケイちゃんがいちいち寄り道をするせいで、いつも帰るのは暗くなってからだった。
今は家まですぐに着いてしまう。一人で家の中に居ると、そのまま地面の中に
どこまでも沈んで行くような気がして、イヤだった。
帰り道の途中に大きな古本屋があったのは幸いだった。本を読むのは好きだった。
時間が過ぎるのを忘れさせてくれるから。でも、一つだけ問題があった。
古本屋にある読みたい本をあらかた読んでしまっていたから。読みたい本がなくなったら
私はどこで時間を潰せばいいんだろう。その日は、二冊ほどマンガを読んで店を出た。
「ありがとうございました」
その店独特の調子で女の子がそう言う。別にありがたくはないんだろうけど
店の決まりなんだろう。仕事するのも大変なものだな、と思った。
自動ドアをくぐって空を見上げた。まだ明るかった。
これからどうしようか、そればかり考えていると足が動かなかった。
「なお」
不意に名前を呼ばれて振り返る。人に名前を呼ばれるのは久々の気がした。
反射的に振り返ると、そこには、ケイちゃんが居た。
たったニ、三日ぶりだというのに、何十年ぶりかのようだった。
その感覚は、懐かしい、にとても良く似ていた。
*** 662 名前:そのろく ◆i.AArCzLic 投稿日:2006/09/04(月) 19:33:05.56 0E5L0tRe0
「カラオケ行ったんだけどさ、すぐ終わってさぁ」
ケイちゃんはそう言って小鼻を人差し指で掻いた。
それはケイちゃんがウソをつく時のクセだった。
きっと、私に会いに来てくれたんだ。都合のいい、ただの妄想かもしれない。
ただ単に帰り道の途中だったのかもしれない。でもそんな過程はどうでも良かった。
結果として今、私とケイちゃんは一緒に居るんだから。
今、私は冥王星ではなく地球に居た。
「そっか」
私はそう言ってから、ちょっと考えてから「一緒に帰ろう?」とも言った。
二人で並んで歩いた。以前だったらケイちゃんの背中を追いかけるようにして
歩いていたけど、今日は並んで歩いた。ケイちゃんが少し縮んだせいであるかもしれないし
それとも彼が女の子になってしまったからかも知れない。女の子は歩くのがゆっくりなのだ。
途切れ途切れに時々言葉を交わしながら歩いた。
「…俺、ここだから」
自分の家のドアを指差して、ケイちゃんは「ばいばい」を言おうとした。
それを覆い隠すように勇気を出して私は言った。「ケイちゃんち寄ってもいい?」
ケイちゃんは何度か瞬きしてから「いいよ」とだけ言ってドアを開いた。
*** 685 名前:そのなな ◆i.AArCzLic 投稿日:2006/09/04(月) 20:08:14.71 0E5L0tRe0
「ミニスカートってさ、これ、切るんじゃなくて巻くんだな。初めて知ったよ俺」
私の座った少し手前にお茶の入った湯飲みを置きながらケイちゃんは笑った。
スカートの丈を短くするには、ジーパンの裾みたいに折りたたんでベルトで固定する
のを、ケイちゃんは知らなかったらしい。当然といえば当然だった。
男の子はスカートを穿いたりしないのだから。私がくすくすと笑うと、ケイちゃんも笑う。
「スカート初めて穿いて、どう思った?」
「あ~、なんかスカスカで落ち着かなかった。てゆうか下から丸見えじゃんね、これ」
「エスカレーターとかでお尻押さえる気持ちが分かったでしょ?」
男の子には絶対に分からない会話で盛り上がった。ケイちゃんは女子トイレに入る
のに未だに抵抗があることとか、うかつに足を開いて座れないこととか、色々と
面白おかしく話してくれた。
なにかの拍子にふいに、会話が途切れた。そういう時がないわけではない。
私はこの沈黙が苦手で、目線を下げた。両手で持っていた湯飲みからは
まだほのかに湯気が立っていた。一度下げた目線を元に戻すタイミングを
見失って、ただただそれを見ていた。
*** 710 名前:そのはち ◆i.AArCzLic 投稿日:2006/09/04(月) 20:39:45.25 0E5L0tRe0
「……なお、」
重苦しい沈黙を破って口を開いたのは、ケイちゃんだった。
「うん」うつむいたまま返事をする。少しきつく湯飲みを握った。
今になって、手に汗をかいているのに気づいた。私は緊張すると手に汗をかく。
「この間はありがとう」
「……うん」
ケイちゃんは『この間』としか言わなかったけれど、何を言おうとしているのかは
理解できた。告白して、その答えとしては、ありがとう、はとてもいいはずなのに。
なのに、私の目からは水みたいなものが流れてきた。瞬きをするたびに溢れ出た。
それは確か、涙、というやつだった。それが溢れてくる理由も私はちゃんと知っていた。
どうにもならないからだ。悔しいからだ。もう、私とケイちゃんは付き合ったり出来ない
ことが分かっているからだった。いつの間にか、ケイちゃんが隣に居た。
私の手を握ってくれた。私のと同じくらい細い指で私の手を包んでくれた。
こういうふうに、私の初恋は終わった。
悲しめばよかったのか、怒ればよかったのか、どうすれば良かったんだろう。
*** 732 名前:そのきゅう ◆i.AArCzLic 投稿日:2006/09/04(月) 21:01:47.41 0E5L0tRe0
私の初恋は、最低の形で終わってしまった、けど。
この世界を呪うことは私にはできなかった。
呪って、恨んで、罵ったほうが楽になれたと思う。でもそれだけは全力で拒否した。
この世界は、どう見たって歪んでいるし、残酷だ。それは知っている。
でも、いいことだってある。
悪いことのほうが、ずっと、ずっと多いけど。
でも、この世界を否定することは私には出来なかった。
だってそれは、大好きだった、大好きな、ケイちゃんもそうすることだから。
そんなこと、私には出来ない。
だから、私には泣くことしか出来なかった。
「キス、し、て?」
私は、泣いているせいで途切れ途切れになってしまったけど、ケイちゃんにそうお願いした。
少し前まで男だったケイちゃんに。このまま時間がどんどん過ぎれば
きっとケイちゃんはもっともっと女の子になってゆく。
そのうちに男の子だったことも忘れてしまうかもしれない。だから。
ケイちゃんは、ゆっくりうなづいて、そっ、と口づけてくれた。
男のケイちゃんと、女のケイちゃん、両方のケイちゃんと私はキスをした気がした。
初めてするキスだった。特別なキス。
*** 749 名前:そのじゅう(おわり) ◆i.AArCzLic 投稿日:2006/09/04(月) 21:28:26.64 0E5L0tRe0
それから、何週間後か後の土曜日。
私は、駅の前で女の子と待ち合わせしていた。待ち合わせの時間はとっくに
過ぎていたのに、その子は現れない。何度腕時計を見ても、時間は一向に
進まないし、その子も来ない。ふいに寂しくなって、泣きそうになった。
その時だった。「おまたせ」という声が聞こえてきたのは。
「ケイちゃん!」
着ていく服が決まらなくて、そう言いながらケイちゃんは鼻をかいた。
ケイちゃんのことだ、寝坊したに違いなかった。怒ったフリをしてそっぽを向くと
ケイちゃんは両手を合わせて「昼ご飯おごるから」そう言った。
それじゃあ高い物を食べに行きたいな、と言ったらケイちゃんはしぶい顔をした。
「ウソだよ」そう返して、ケイちゃんの手を握って引っ張る。
今日はケイちゃんの服を買いに行く。なんでもお姉さんのお古しか持ってないらしい。
前の服はだぼだぼで着れないのだ。
「カワイイ服えらんであげるね」そう言うとイヤな顔をされた。
「カッコイイ服がいい」といいながら。
でもきっと、ケイちゃんはカワイイ服が似合うよ、と言ったらまんざらでもない顔をしていた。
私の「ケイちゃんの彼女になりたい」というささやかな夢は遂に叶わなかった。
でも、私はそれについて悲観的に考えるのは、やめた。
もうケイちゃんの彼女にはなれないけど、きっとずっと友達で居られる。
そんな予感が確かにしたから。
【おわり】
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