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*** 614 名前:安価命名 ◆bXy6n9iBgQ 本日のレス 投稿日:2006/10/18(水) 20:23:46.48 3VUbEYAg0 祭りを意識せずに一人の女子生徒として風呂を満喫できるようになった頃、 俺は貧にゅ―――小さい胸の女性徒が岩場の暗くなっているあたりを見つめているのに気がついた。 思わず近くにいるアヤカの胸と比較してしまう。1:2。いや1:3か。 そんなことを考えているとアヤカが俺の視線をたどり、その女子を見た。 「あれ、あのコ知り合い?」 「うん。ハルカちゃん。同じ班」 「何見てんだろね?」 「さぁ?」ホントに見当がつかない。 その後ハルカちゃんは火事を伝えに来た時と同じように無表情のまますーっとユカリンに近づいて、何かを耳打ちする。 「ふぇっ!?」 内容に驚いたのかユカリンが素っ頓狂な声を上げる。 「ユカリ、どうかしたの?」 「ん?うぅん。なんでもないよっ」 なんでもありそうなことは誰の目にも明らかだ。 それでも周りには笑顔を取り繕ってから離れ、視線を走らす。 俺と視線がかちっとぶつかって、こっちに近寄ってきた。 「どうしたんですか?」思わず小声、かつ敬語になる。 アヤカには聞かれないように、ユカリンは小さく、そして突然男の心を揺さぶる言葉を呟く。 「あのさ、キミ、覗きってどう思う?」 俺は既に女だよ?覗きじゃないよ?ホントだよ?とリズミカルな自己弁護の言葉が湧いてくる。 「ど、どうって言われても・・・」 男だった頃は確かに試みようとも思ったけど、さすがに今の状況で聞かれると困る。 *** 616 名前:安価命名 ◆bXy6n9iBgQ 本日のレス 投稿日:2006/10/18(水) 20:27:24.69 3VUbEYAg0 「今さ向こうに・・・あっ見ようとしちゃ駄目だよ。男の子がいるみたいなんだよね」 「えぇ!?」 ハルカちゃんが言ったのはこのことだったのか? しかし見ようにもそっちは暗闇だ。ユカリ先輩もその言葉に確証は持てないらしい。 さて、俺は今女なので男が覗きに来たのであらば、可哀想ではあるがとっとと撃退せねばなるまい。 しかしその旨を伝えると、先輩は小さく首を振って 「覗かれてたって分かると皆が嫌な気持ちになると思うんだ。だから・・・」 目立った行動は止めたほうが良いということか。 「それじゃどうするの?」 先輩はうぅ~ん。と唸ってから、口を開いた。 「どうしよう?」 結局良い案は浮かばず、俺が静かにそいつをねじふせることになった。 何かの無線会話を思い出す。なんだ、「CQCの基本を思い出して」というアレだ。 「じゃ、言ってくるね」 「うん。私も時間空けて後で行くから」 「荷物頼むね」 話から外されてたアヤカに、ごめんまた後でね、と声をかけて湯から上がり、適当にタオルで体を拭く。 そして寝巻きに持ってきたTシャツ、スウェットを身に着けた。 長い髪をまともに乾かしてないのでバスタオルを肩にかける。 よし、と後はそいつ首根っこ抑えてやるだけだ・・・・。 ――――「で?」 「でって・・・だから、俺はあの後はぐれちゃって、落とし穴にハマっちゃったんすよ」 「それで?」 「それで、頭打って気がついたら皆いなくて、明かりを頼りにここまで・・・」 「来て覗いてた、と?」 「だからそれは帰り道が分からなかったから待ってたんすよ!」 「へぇぇ?」 「信じてくださいよぉ」 *** 617 名前:安価命名 ◆bXy6n9iBgQ 本日のレス 投稿日:2006/10/18(水) 20:31:39.73 3VUbEYAg0 暗がりに一人でいた男子生徒は、なんと漆黒-14の影の薄いの担当、スズキだった。 音を立てないように後ろから口と首に手を押し当て、温泉に声が届かないあたりまで引きずってから判明した。 俺の顔を見るなりスズキはぎょっとして、闇の中で赤面し、必死に自己弁護を始めた。 彼が言うには・・・まぁいい。さっきのうさんくさいやり取りを聞いてもらえれば分かっただろう。 話を聞くうちに、腹の底から苛立ちが湧いてきた。俺の全裸も見やがってたわけですしね。 口調も強くなりますわよ。湯上り玉子肌は非情なのですわ。 「ミカ、だいじょ―――スズキ君っ!?」 やっとユカリンが後ろから現れた。後ろにはハルカちゃんだ。 月に照らされ上気した肌がほんのり紅色をしている。 駆け寄るなり、何かを風に奪われるユカリン。それまさに月明かりに白く光る・・・俺の下着!? フワリとして、落下したのはスズキの顔面。 「なな、なななにやってんだっ!」 「ぶしっ!」 下着を顔面から剥ぎ取る時にまぶたの上を殴りつけてしまったようだが、知らんがな。 スズキに負けず劣らず赤面しつつ俺は今来た二人に説明を始めた。 殴られたスズキは告白した相手に顔すら覚えられてなかったというイタイ中学生にも劣る弱々しさだ。 説明の間中縮こまってたスズキからも確認の話を聞いたユカリンはうんうん、大変だったね、と繰り返した。 さらに俺に殴られた痕をさすったりとやたら覗きに対する態度が優しすぎる。 「信じるの?」と俺が訊くと、俺はスズキの耳に届かないところまで引っ張っていかれた。 「やばやば~・・・はぐれたんじゃなくて私達が置いてっちゃったんだよぉ」 「あ」 *** 619 名前:安価命名 ◆bXy6n9iBgQ 本日のレス 投稿日:2006/10/18(水) 20:37:41.97 3VUbEYAg0 その後俺も、一人で森を迷走した様子を認め、ユカリンはスズキを男子の風呂まで連れて行く、と言った。 心身ともにボロボロになったスズキは感謝で涙をぽろぽろこぼしながら引率されていった。 まさか火事で完全に一人の人間がかき消されるとは。薄すぎる。 「ねぇ?ハルカちゃん、スズキ、いやスズキ君だったって分からなかったの?」 そういえば彼を放置したのはハルカちゃんだ。 いつもの俯きの角度をちょっと上げ、彼女が呟いたその言葉は 「・・・顔覚えるの・・・・苦手・・・・」 スズキよ。すまん。いろいろとすまん。 「そ、そうなんだ」 そしてハルカちゃんはコクンと頷くのみである。 男湯へと赴く男女の背中を見送っていると、二人揃って腹の虫が鳴いた。 そういえばずっと水分しか取ってない。 「はは、じゃ、戻ろうか?」 そういってハルカちゃんに向き直る。 しかしハルカちゃん闇の向こうを見ていた。 「どうしたの?なんかある?」 俺には全く見えない何を発見したのか、俺に伝える。 「・・・・覗き・・・・」 幽霊とか言い出すんじゃないのかと勘ぐっていた俺は腰砕けな返事をした。 「ま、また!?」 「・・・」黙ってコクンと頷く。 *** 621 名前:安価命名 ◆bXy6n9iBgQ 本日のレス 投稿日:2006/10/18(水) 20:41:46.31 3VUbEYAg0 「スズキ君じゃないだろうし」 ハルカちゃんはいろんな方向を指差して 「あっちと・・・そっち・・・・と・・・」と続ける。 合計すると十九箇所で覗きを決行しようとする輩がいるらしい。 くそっ!俺が男だったら参戦するものを!じゃない、そんなこと考えちゃいけないわ。アタシったら。 「・・・止める?・・・」 ちょこっと首を傾け俺に尋ねるハルカちゃん。 「分かってて止めないのはいけない、か」 「・・・」コクンと首だけで肯定する。 「いるってのはウソじゃないよね?」 再び首を縦に。 「ふぅ。そっか」 それじゃ、と歩きだしながら気になっていたことを訊く。 「なんでそんな遠くとか見えるの?」 横に並んで歩きつつ、ちょっと困った顔をする。 無表情の彼女がちゃんと表情を変えるという事に驚きつつ、言葉を待った。 ちょっと歩いてからハルカちゃんは、言葉を紡ぎ出した。 「見えるのは・・・・」 風が吹き、その言葉をかき消そうとする。 俺の耳はかろうじて音を拾っていた。 しかしそれに驚いたせいで俺は足元の石を踏み外し・・・ ごっちーん 目の前に火花を散って意識が飛んだ。 *** 763 名前:安価命名 ◆bXy6n9iBgQ 投稿日:佐賀暦2006年,2006/10/26(佐賀県教育委員会) 20:52:48.38 czX5Qv6i0 俺は昔見た映画のシーンのような、なんか違うようなモノを見ていた。 一度も行ったことは無いのに、何度も見た映画で、懐かしい風景だ。 ジャッキー・チェンがデパートで無茶なダイブをして、垂れ幕にぶら下がるのを眺める。 そのあとジャッキーが垂れ幕からホールに転落する。コミカルでありつつも手に汗握るシーンだ。 さぁ、後はユン・ピョウかサモハンキンポーが助けに来るはずだ。 そろそろ、…いや、誰も助けに来ない。スローモーションの中、俺は信じられないものを見た。 空中でスターの顔が男だった頃の俺のそれになる。俺が危ない!と思わず言いそうになって、 そこで、俺は額に冷たい物を感じて夢から醒めた。 分けの分からん夢から一転、俺はベッドに寝転がっている。 ぼんやりとした視界の中、窓からの覗く赤い太陽に目を細める。 「ん゛ん?」 喉がカラカラだ。声が裏返る。目の前に誰かの顔がある。 「ここは?」 額に置かれた冷たいもの、濡らしたタオルを手で確かめつつ声をかける。 問われた誰かはポツリと部屋、とだけ言った。その言い方に俺はピンと来て、名前を呼ぶ。 「おはよう、ハルカちゃん」 「…もう、夕方…」 「てことは、ほとんど一日寝てたんだ」 脳震盪でも起こしたのか、と思い頭を押さえて体を起こそうとするが、体がだるい。というか全身が筋肉痛だ。 *** 764 名前:安価命名 ◆bXy6n9iBgQ 投稿日:佐賀暦2006年,2006/10/26(佐賀県教育委員会) 20:55:52.06 czX5Qv6i0 「いっ…」 加えて側頭部が膨らんで、しかもずきずきとする。ハルカちゃんは微妙に心配しているようなしてないような顔で 「…頭、大丈夫?」と訊く。 もちろん『アンタおかしいんじゃないの?』というニュアンスではない。 心配そうな顔が覗き込むので、俺は体をベッドに任せてからふふっと力なく笑って、 「頭よりもお腹すっごいペコペコな方が問題かも」 ハルカちゃんはそれを聞いて、何故か用意されていた、すりおろしリンゴを食べさせてくれた。 「…あーん…」 なにやらこそばゆいシチュエーションだが、俺の思考力は追いつかない。 「ん、うま」 水分と固形物を摂取できてやっと周りが見えてくる。 俺がいるのはツインベッドの部屋。どうやら昨日他の組の連中が泊まった施設のようだ。 いやいやいや、部屋はどうでもいいんだよ。なんで俺が気絶したかを思い出さねば。 ちょこっと昨日の会話を思い出して、いやまさか、と思いつつ確認を取る。 「昨日?だっけ、時間の感覚おかしいや。ハルカちゃんが言ったのは…」 「…本当」 「じゃあ、本当に?」 「…うん」 絶句、そして間をおいて質問を続ける。 「視力とかは?」 「たぶん…6.0はあると思う…」 「暗いところは?」 「…普通に見える……でも全然光がない時は…全然見えない」 *** 765 名前:安価命名 ◆bXy6n9iBgQ 投稿日:佐賀暦2006年,2006/10/26(佐賀県教育委員会) 21:00:21.52 czX5Qv6i0 俺は急激にこのコへの、女性に対する態度が冷めるのを感じていた。ここらで話の種を明かさねば他人には何のことがさっぱり分からないだろう。 話の内容は簡単。彼女が彼だという事。 昨日、村上遥は俺が気絶する前『目が見えるのは、女体化したせい』と、告白した。 目を事を聞いてなんで女体化が出てくるのか、という問いに対して、まず経緯を説明せねばならないと思ったらしい。 医療サイトでは「怪力を得る」みたいな事しか書いて無かった。しかし、目の前にいる元男は女体化による特殊な眼力を得ている。 病院で医者に確認を取ったから間違いなく、女体化による進化の一つだとハルカは言う。 ミュータントなのか俺達は?それに女として接してくれていた方が良かったものを。 「目からビームは?」 ミュータントから連想したワードが飛び出る。こう、おぷてぃっくぶらっ、ってヤツ。 だが彼女は首を横に振った。 「え、とそれじゃ」 「…未来は見える…」 「!?」 「…冗談…」 脱力。全く、信じられないな。 自分以外の奴が自分女体化したよー、なんて話してるなんて。 「隠してたの?」 「…訊かれなかっただけ…」 まぁ確かにそうなんだけれども。 「……蓮本さんもでしょ?」 「☆$@◆♯!?」 「…遠くから見てたけど…見た目に対して力出すぎ…」 落とし穴を掘っている時の話か。 しかしまぁ、着眼点がもう、女体化したヤツのそれだ。もはや疑う余地は無いな。 *** 767 名前:安価命名 ◆bXy6n9iBgQ 投稿日:佐賀暦2006年,2006/10/26(佐賀県教育委員会) 21:05:34.67 czX5Qv6i0 「同類か」 コクン。 「だから話しても問題はないと踏んだ、と」 コクン。 「本名は?」 ふるふる。 「変えてない、ってことか。遥。ありそうななさそうな…」 「…アナタは?」 「わた、お、俺は、義之。でももう美香だから」 「…そう」 ひとしきり話が終わり、気まずい沈黙が漂い始めた時、それを破るように部屋のドアが音を立てて開いた。 入ってきたのはいつものあの人と、アヤカだ。 「むっ、眠り姫。今目覚めのキッスを・・・んー♪」 「いやっ、ちょっ、おーきーてーるーってーばー!」 ユカリンの、頭に響く声と顔を押しのけているとアヤカが心配そうな顔で横のベッドに腰掛けた。 「ミカ、アンタ大丈夫?気持ち悪くない?」 「ん、お――私、どうしてた?」 「ハルカちゃんが運んできてくれたんだけど、アンタずっと寝てたよ?頭打ったっていうから心配してたんだから」 ハルカちゃんが運んできた、か。なるほど。力の強さも結構あるらしい。 「ありがと」 無言で首をふるふると横に振るハルカ。気にするな、ということか。 *** 768 名前:安価命名 ◆bXy6n9iBgQ 投稿日:佐賀暦2006年,2006/10/26(佐賀県教育委員会) 21:08:29.37 czX5Qv6i0 「それでっ?どうするっ?今日はなんと勝ったから、キミ、コレだよコレ!」 ユカリンが両手にチョキをつくり、開いたり閉じたり・・・ 腹は減ってるけどそんなに食べられないぞ?と思っていると、ユカリンの両手からあるものが連想される。 「…カニ?」 ニコニコと首を縦に振る。 「カニ!?食べる食べる食べる!!」 頭痛は捨て置けと腹が鳴る。カニとステーキは大歓迎だっつーの! 「か~にっか~にっ♪」とユカリン。 「みっそ、たらばっ♪」と合いの手を入れるアヤカ。 どうやら二人は今日のうちに仲良くなったらしい。 廊下に一足先に出たアヤカ・ユカリペアは自作カニ・ソングを歌っている。 俺は腹減りによるナチュラルハイでカニソングに便乗しようとしたが、ふと廊下に出ても一人足りない事に気付いた。 部屋に立ち返ってドアを開けると、中ではぼんやりとハルカがイスに座っていた。 窓から西日が差す中、オレンジ色をバックにしたハルカはとても美しい。 細身のラインが逆光でほとんどぼやけ、それがいやに儚げで、俺はドアの前でおもわず一瞬立ち尽くした *** 769 名前:安価命名 ◆bXy6n9iBgQ 投稿日:佐賀暦2006年,2006/10/26(佐賀県教育委員会) 21:11:58.39 czX5Qv6i0 いつもどおり、俺には何を考えているかは分からない。感情をほとんど表すことの無いその顔に悲しげな色さえ見える。 やれやれ、病み上がりで感傷的になっちゃってるのか。でも・・・ 俺は、男として、女として、しばし考えてから、ハルカに近寄り手を差し伸べてこう言った。 「ハルカ」 「・・・?」 「カニ食べいこうぜ」 「・・・うん」 そう言って、きゅっ、と手を握り返してきたのは、男とか女とか関係なく村上遥だ。 よろしくな、同類種。 それからミュータント二人はカニを食いに廊下に出て、カニソングに加わった。 「か~にっか~にっ♪」 「…上海、金星~♪」 やたら濃ゆいカニのチョイスだな。
*** 614 名前:安価命名 ◆bXy6n9iBgQ 本日のレス 投稿日:2006/10/18(水) 20:23:46.48 3VUbEYAg0 祭りを意識せずに一人の女子生徒として風呂を満喫できるようになった頃、 俺は貧にゅ―――小さい胸の女性徒が岩場の暗くなっているあたりを見つめているのに気がついた。 思わず近くにいるアヤカの胸と比較してしまう。1:2。いや1:3か。 そんなことを考えているとアヤカが俺の視線をたどり、その女子を見た。 「あれ、あのコ知り合い?」 「うん。ハルカちゃん。同じ班」 「何見てんだろね?」 「さぁ?」ホントに見当がつかない。 その後ハルカちゃんは火事を伝えに来た時と同じように無表情のまますーっとユカリンに近づいて、何かを耳打ちする。 「ふぇっ!?」 内容に驚いたのかユカリンが素っ頓狂な声を上げる。 「ユカリ、どうかしたの?」 「ん?うぅん。なんでもないよっ」 なんでもありそうなことは誰の目にも明らかだ。 それでも周りには笑顔を取り繕ってから離れ、視線を走らす。 俺と視線がかちっとぶつかって、こっちに近寄ってきた。 「どうしたんですか?」思わず小声、かつ敬語になる。 アヤカには聞かれないように、ユカリンは小さく、そして突然男の心を揺さぶる言葉を呟く。 「あのさ、キミ、覗きってどう思う?」 俺は既に女だよ?覗きじゃないよ?ホントだよ?とリズミカルな自己弁護の言葉が湧いてくる。 「ど、どうって言われても・・・」 男だった頃は確かに試みようとも思ったけど、さすがに今の状況で聞かれると困る。 *** 616 名前:安価命名 ◆bXy6n9iBgQ 本日のレス 投稿日:2006/10/18(水) 20:27:24.69 3VUbEYAg0 「今さ向こうに・・・あっ見ようとしちゃ駄目だよ。男の子がいるみたいなんだよね」 「えぇ!?」 ハルカちゃんが言ったのはこのことだったのか? しかし見ようにもそっちは暗闇だ。ユカリ先輩もその言葉に確証は持てないらしい。 さて、俺は今女なので男が覗きに来たのであらば、可哀想ではあるがとっとと撃退せねばなるまい。 しかしその旨を伝えると、先輩は小さく首を振って 「覗かれてたって分かると皆が嫌な気持ちになると思うんだ。だから・・・」 目立った行動は止めたほうが良いということか。 「それじゃどうするの?」 先輩はうぅ~ん。と唸ってから、口を開いた。 「どうしよう?」 結局良い案は浮かばず、俺が静かにそいつをねじふせることになった。 何かの無線会話を思い出す。なんだ、「CQCの基本を思い出して」というアレだ。 「じゃ、言ってくるね」 「うん。私も時間空けて後で行くから」 「荷物頼むね」 話から外されてたアヤカに、ごめんまた後でね、と声をかけて湯から上がり、適当にタオルで体を拭く。 そして寝巻きに持ってきたTシャツ、スウェットを身に着けた。 長い髪をまともに乾かしてないのでバスタオルを肩にかける。 よし、と後はそいつ首根っこ抑えてやるだけだ・・・・。 ――――「で?」 「でって・・・だから、俺はあの後はぐれちゃって、落とし穴にハマっちゃったんすよ」 「それで?」 「それで、頭打って気がついたら皆いなくて、明かりを頼りにここまで・・・」 「来て覗いてた、と?」 「だからそれは帰り道が分からなかったから待ってたんすよ!」 「へぇぇ?」 「信じてくださいよぉ」 *** 617 名前:安価命名 ◆bXy6n9iBgQ 本日のレス 投稿日:2006/10/18(水) 20:31:39.73 3VUbEYAg0 暗がりに一人でいた男子生徒は、なんと漆黒-14の影の薄いの担当、スズキだった。 音を立てないように後ろから口と首に手を押し当て、温泉に声が届かないあたりまで引きずってから判明した。 俺の顔を見るなりスズキはぎょっとして、闇の中で赤面し、必死に自己弁護を始めた。 彼が言うには・・・まぁいい。さっきのうさんくさいやり取りを聞いてもらえれば分かっただろう。 話を聞くうちに、腹の底から苛立ちが湧いてきた。俺の全裸も見やがってたわけですしね。 口調も強くなりますわよ。湯上り玉子肌は非情なのですわ。 「ミカ、だいじょ―――スズキ君っ!?」 やっとユカリンが後ろから現れた。後ろにはハルカちゃんだ。 月に照らされ上気した肌がほんのり紅色をしている。 駆け寄るなり、何かを風に奪われるユカリン。それまさに月明かりに白く光る・・・俺の下着!? フワリとして、落下したのはスズキの顔面。 「なな、なななにやってんだっ!」 「ぶしっ!」 下着を顔面から剥ぎ取る時にまぶたの上を殴りつけてしまったようだが、知らんがな。 スズキに負けず劣らず赤面しつつ俺は今来た二人に説明を始めた。 殴られたスズキは告白した相手に顔すら覚えられてなかったというイタイ中学生にも劣る弱々しさだ。 説明の間中縮こまってたスズキからも確認の話を聞いたユカリンはうんうん、大変だったね、と繰り返した。 さらに俺に殴られた痕をさすったりとやたら覗きに対する態度が優しすぎる。 「信じるの?」と俺が訊くと、俺はスズキの耳に届かないところまで引っ張っていかれた。 「やばやば~・・・はぐれたんじゃなくて私達が置いてっちゃったんだよぉ」 「あ」 *** 619 名前:安価命名 ◆bXy6n9iBgQ 本日のレス 投稿日:2006/10/18(水) 20:37:41.97 3VUbEYAg0 その後俺も、一人で森を迷走した様子を認め、ユカリンはスズキを男子の風呂まで連れて行く、と言った。 心身ともにボロボロになったスズキは感謝で涙をぽろぽろこぼしながら引率されていった。 まさか火事で完全に一人の人間がかき消されるとは。薄すぎる。 「ねぇ?ハルカちゃん、スズキ、いやスズキ君だったって分からなかったの?」 そういえば彼を放置したのはハルカちゃんだ。 いつもの俯きの角度をちょっと上げ、彼女が呟いたその言葉は 「・・・顔覚えるの・・・・苦手・・・・」 スズキよ。すまん。いろいろとすまん。 「そ、そうなんだ」 そしてハルカちゃんはコクンと頷くのみである。 男湯へと赴く男女の背中を見送っていると、二人揃って腹の虫が鳴いた。 そういえばずっと水分しか取ってない。 「はは、じゃ、戻ろうか?」 そういってハルカちゃんに向き直る。 しかしハルカちゃん闇の向こうを見ていた。 「どうしたの?なんかある?」 俺には全く見えない何を発見したのか、俺に伝える。 「・・・・覗き・・・・」 幽霊とか言い出すんじゃないのかと勘ぐっていた俺は腰砕けな返事をした。 「ま、また!?」 「・・・」黙ってコクンと頷く。 *** 621 名前:安価命名 ◆bXy6n9iBgQ 本日のレス 投稿日:2006/10/18(水) 20:41:46.31 3VUbEYAg0 「スズキ君じゃないだろうし」 ハルカちゃんはいろんな方向を指差して 「あっちと・・・そっち・・・・と・・・」と続ける。 合計すると十九箇所で覗きを決行しようとする輩がいるらしい。 くそっ!俺が男だったら参戦するものを!じゃない、そんなこと考えちゃいけないわ。アタシったら。 「・・・止める?・・・」 ちょこっと首を傾け俺に尋ねるハルカちゃん。 「分かってて止めないのはいけない、か」 「・・・」コクンと首だけで肯定する。 「いるってのはウソじゃないよね?」 再び首を縦に。 「ふぅ。そっか」 それじゃ、と歩きだしながら気になっていたことを訊く。 「なんでそんな遠くとか見えるの?」 横に並んで歩きつつ、ちょっと困った顔をする。 無表情の彼女がちゃんと表情を変えるという事に驚きつつ、言葉を待った。 ちょっと歩いてからハルカちゃんは、言葉を紡ぎ出した。 「見えるのは・・・・」 風が吹き、その言葉をかき消そうとする。 俺の耳はかろうじて音を拾っていた。 しかしそれに驚いたせいで俺は足元の石を踏み外し・・・ ごっちーん 目の前に火花を散って意識が飛んだ。 *** 763 名前:安価命名 ◆bXy6n9iBgQ 投稿日:佐賀暦2006年,2006/10/26(佐賀県教育委員会) 20:52:48.38 czX5Qv6i0 俺は昔見た映画のシーンのような、なんか違うようなモノを見ていた。 一度も行ったことは無いのに、何度も見た映画で、懐かしい風景だ。 ジャッキー・チェンがデパートで無茶なダイブをして、垂れ幕にぶら下がるのを眺める。 そのあとジャッキーが垂れ幕からホールに転落する。コミカルでありつつも手に汗握るシーンだ。 さぁ、後はユン・ピョウかサモハンキンポーが助けに来るはずだ。 そろそろ、…いや、誰も助けに来ない。スローモーションの中、俺は信じられないものを見た。 空中でスターの顔が男だった頃の俺のそれになる。俺が危ない!と思わず言いそうになって、 そこで、俺は額に冷たい物を感じて夢から醒めた。 分けの分からん夢から一転、俺はベッドに寝転がっている。 ぼんやりとした視界の中、窓からの覗く赤い太陽に目を細める。 「ん゛ん?」 喉がカラカラだ。声が裏返る。目の前に誰かの顔がある。 「ここは?」 額に置かれた冷たいもの、濡らしたタオルを手で確かめつつ声をかける。 問われた誰かはポツリと部屋、とだけ言った。その言い方に俺はピンと来て、名前を呼ぶ。 「おはよう、ハルカちゃん」 「…もう、夕方…」 「てことは、ほとんど一日寝てたんだ」 脳震盪でも起こしたのか、と思い頭を押さえて体を起こそうとするが、体がだるい。というか全身が筋肉痛だ。 *** 764 名前:安価命名 ◆bXy6n9iBgQ 投稿日:佐賀暦2006年,2006/10/26(佐賀県教育委員会) 20:55:52.06 czX5Qv6i0 「いっ…」 加えて側頭部が膨らんで、しかもずきずきとする。ハルカちゃんは微妙に心配しているようなしてないような顔で 「…頭、大丈夫?」と訊く。 もちろん『アンタおかしいんじゃないの?』というニュアンスではない。 心配そうな顔が覗き込むので、俺は体をベッドに任せてからふふっと力なく笑って、 「頭よりもお腹すっごいペコペコな方が問題かも」 ハルカちゃんはそれを聞いて、何故か用意されていた、すりおろしリンゴを食べさせてくれた。 「…あーん…」 なにやらこそばゆいシチュエーションだが、俺の思考力は追いつかない。 「ん、うま」 水分と固形物を摂取できてやっと周りが見えてくる。 俺がいるのはツインベッドの部屋。どうやら昨日他の組の連中が泊まった施設のようだ。 いやいやいや、部屋はどうでもいいんだよ。なんで俺が気絶したかを思い出さねば。 ちょこっと昨日の会話を思い出して、いやまさか、と思いつつ確認を取る。 「昨日?だっけ、時間の感覚おかしいや。ハルカちゃんが言ったのは…」 「…本当」 「じゃあ、本当に?」 「…うん」 絶句、そして間をおいて質問を続ける。 「視力とかは?」 「たぶん…6.0はあると思う…」 「暗いところは?」 「…普通に見える……でも全然光がない時は…全然見えない」 *** 765 名前:安価命名 ◆bXy6n9iBgQ 投稿日:佐賀暦2006年,2006/10/26(佐賀県教育委員会) 21:00:21.52 czX5Qv6i0 俺は急激にこのコへの、女性に対する態度が冷めるのを感じていた。ここらで話の種を明かさねば他人には何のことがさっぱり分からないだろう。 話の内容は簡単。彼女が彼だという事。 昨日、村上遥は俺が気絶する前『目が見えるのは、女体化したせい』と、告白した。 目を事を聞いてなんで女体化が出てくるのか、という問いに対して、まず経緯を説明せねばならないと思ったらしい。 医療サイトでは「怪力を得る」みたいな事しか書いて無かった。しかし、目の前にいる元男は女体化による特殊な眼力を得ている。 病院で医者に確認を取ったから間違いなく、女体化による進化の一つだとハルカは言う。 ミュータントなのか俺達は?それに女として接してくれていた方が良かったものを。 「目からビームは?」 ミュータントから連想したワードが飛び出る。こう、おぷてぃっくぶらっ、ってヤツ。 だが彼女は首を横に振った。 「え、とそれじゃ」 「…未来は見える…」 「!?」 「…冗談…」 脱力。全く、信じられないな。 自分以外の奴が自分女体化したよー、なんて話してるなんて。 「隠してたの?」 「…訊かれなかっただけ…」 まぁ確かにそうなんだけれども。 「……蓮本さんもでしょ?」 「☆$@◆♯!?」 「…遠くから見てたけど…見た目に対して力出すぎ…」 落とし穴を掘っている時の話か。 しかしまぁ、着眼点がもう、女体化したヤツのそれだ。もはや疑う余地は無いな。 *** 767 名前:安価命名 ◆bXy6n9iBgQ 投稿日:佐賀暦2006年,2006/10/26(佐賀県教育委員会) 21:05:34.67 czX5Qv6i0 「同類か」 コクン。 「だから話しても問題はないと踏んだ、と」 コクン。 「本名は?」 ふるふる。 「変えてない、ってことか。遥。ありそうななさそうな…」 「…アナタは?」 「わた、お、俺は、義之。でももう美香だから」 「…そう」 ひとしきり話が終わり、気まずい沈黙が漂い始めた時、それを破るように部屋のドアが音を立てて開いた。 入ってきたのはいつものあの人と、アヤカだ。 「むっ、眠り姫。今目覚めのキッスを・・・んー♪」 「いやっ、ちょっ、おーきーてーるーってーばー!」 ユカリンの、頭に響く声と顔を押しのけているとアヤカが心配そうな顔で横のベッドに腰掛けた。 「ミカ、アンタ大丈夫?気持ち悪くない?」 「ん、お――私、どうしてた?」 「ハルカちゃんが運んできてくれたんだけど、アンタずっと寝てたよ?頭打ったっていうから心配してたんだから」 ハルカちゃんが運んできた、か。なるほど。力の強さも結構あるらしい。 「ありがと」 無言で首をふるふると横に振るハルカ。気にするな、ということか。 *** 768 名前:安価命名 ◆bXy6n9iBgQ 投稿日:佐賀暦2006年,2006/10/26(佐賀県教育委員会) 21:08:29.37 czX5Qv6i0 「それでっ?どうするっ?今日はなんと勝ったから、キミ、コレだよコレ!」 ユカリンが両手にチョキをつくり、開いたり閉じたり・・・ 腹は減ってるけどそんなに食べられないぞ?と思っていると、ユカリンの両手からあるものが連想される。 「…カニ?」 ニコニコと首を縦に振る。 「カニ!?食べる食べる食べる!!」 頭痛は捨て置けと腹が鳴る。カニとステーキは大歓迎だっつーの! 「か~にっか~にっ♪」とユカリン。 「みっそ、たらばっ♪」と合いの手を入れるアヤカ。 どうやら二人は今日のうちに仲良くなったらしい。 廊下に一足先に出たアヤカ・ユカリペアは自作カニ・ソングを歌っている。 俺は腹減りによるナチュラルハイでカニソングに便乗しようとしたが、ふと廊下に出ても一人足りない事に気付いた。 部屋に立ち返ってドアを開けると、中ではぼんやりとハルカがイスに座っていた。 窓から西日が差す中、オレンジ色をバックにしたハルカはとても美しい。 細身のラインが逆光でほとんどぼやけ、それがいやに儚げで、俺はドアの前でおもわず一瞬立ち尽くした *** 769 名前:安価命名 ◆bXy6n9iBgQ 投稿日:佐賀暦2006年,2006/10/26(佐賀県教育委員会) 21:11:58.39 czX5Qv6i0 いつもどおり、俺には何を考えているかは分からない。感情をほとんど表すことの無いその顔に悲しげな色さえ見える。 やれやれ、病み上がりで感傷的になっちゃってるのか。でも・・・ 俺は、男として、女として、しばし考えてから、ハルカに近寄り手を差し伸べてこう言った。 「ハルカ」 「・・・?」 「カニ食べいこうぜ」 「・・・うん」 そう言って、きゅっ、と手を握り返してきたのは、男とか女とか関係なく村上遥だ。 よろしくな、同類種。 それからミュータント二人はカニを食いに廊下に出て、カニソングに加わった。 「か~にっか~にっ♪」 「…上海、金星~♪」 やたら濃ゆいカニのチョイスだな。 *** 663 名前:安価命名 ◆bXy6n9iBgQ 投稿日:佐賀暦2006年,2006/11/02(佐賀県教育委員会) 23:48:14.63 BBdsWE2B0 「おい、見ろよ、アレ」 「は?あ!蓮本さんじゃん!」 「村上ちゃんもいるよ!」 「美香ちゃ~ん!ありがとね~!!」 カニの戦場へと入るや否や、俺達四人は拍手で迎えられた。 分けが分からず、アヤカに訊くとにこっとしながら耳打ちをされた。 「アンタとハルカちゃんが覗きをしようとしてた、なんと総勢28人をぶっ飛ばしてくれたから、教頭の計らいで今日の種目の得点を余計に入れてくれたのよ」 どうやら俺が気絶した後、ハルカは孤軍奮闘、一人で覗きを潰して回ったらしい。 で、しかもキャンプに登場した時俺をお姫様抱っこしていた、と。 複雑な心境だ。俺がハルカにねぇ・・・。 「それで覗きしようとしてた人たちは?」 それを訊くなり、夏場に出現するシロップの一種の如くユカリ・アヤカペアは青くなり、 「・・・そ、それよりもカニ早く食べよ?」 「・・・うん!うん、そうしよっ!?」 きょ、教頭こええ・・・ カニは校長が北海道やら上海やらの知り合いから格安で仕入れた物だそうで、各種カニ料理が盛大に振舞われた。 「それっ!私のカニスープ、キープしてたヤツっ!」 「うっせ、沢山あんだから文句言うなっ!うわっだからって俺のを奪おうとすんじゃねー!」 「カニしゃぶってのはそんなにしゃぶしゃぶしちゃいけねーんだよ!もっと柔らかく優しく湯を舐めるようにしてだな!」 *** 664 名前:安価命名 ◆bXy6n9iBgQ 投稿日:佐賀暦2006年,2006/11/02(佐賀県教育委員会) 23:49:22.92 BBdsWE2B0 「何エロいこと言ってんのよっ」 「ああ゛ん!?しゃぶしゃぶをシャブるって言って何が悪ぃんだよ!」 「ちょ、シャブはまずい、シャブは」 「「「てっちゃん!てっちゃん!カニ食えてっちゃん!」」」 「おお!?まさかカニを甲羅ごと!?」 「一番、黒岩鉄夫いっきまーす!!」 ざくぼりがりごりぶちぼり.... 「うおおお!さすがてっちゃん!流血しながらもカニを食べてる!」 「へへ、こんなもん・・・はは・・・は・・・ぐへぇっ」 「何やってんだよてっちゃん!!」 ナオタ先輩がかついでった。 *** 666 名前:安価命名 ◆bXy6n9iBgQ 投稿日:佐賀暦2006年,2006/11/02(佐賀県教育委員会) 23:51:06.20 BBdsWE2B0 カニゼリーとかカニアイスまであるのは驚いた。誰も手をつけてなかったけど。 そうそうハルカはカニのハサミを食べ終わったあと、おもちゃにして遊んでた。 ユカリンとカニジャンケンをしてたね。チョキしかだせない手で何やってんだか。 「へ?グーも出せるじゃん?」とハサミの腱をぐいぐい引っ張る。 訂正。グーとチョキが出せるらしい手で不毛なジャンケンを繰り広げていた。 「…あ」 「やたっ勝ちっ!」 ええと。なんで勝負が決まるのやら。 食後。トップの組の風呂は野外温泉よりもかなり設備が整っていた。 屋上に備えられたジェットバスやら釜風呂やら水風呂やらの各種風呂に、柔らかい間接照明がムードをよろしくしている。 脱衣場があっても無くても先輩方がオープンネス全開なので、そういう意味でも目に優しい、いや毒なのか?ともかくそういう露天風呂であった。 そして俺達は――― 「優勝はミカ・アヤカペアー!」 第二回「可愛い一年生コンテスト・ペアの部」で俺達は優勝を果たした。嬉しくねぇ…。 審査員長ユカリ女史曰く「お互いがお互いを引き立てる、トマトとチーズのよう」だそうな。 恥辱に赤くなりつつ、視線を走らせると、 「……グッ」 打たせ湯の滝の下では相変わらずの無表情で、何故か座禅を組むハルカがこっちに親指を立てている。おいおい。 二冠を達成したのち、石造りで肌触りの良い円形のジャグジーに浸かり、アヤカや同学年の女の子と談笑した。 水流に体を揉まれながら話を聞いていると、どうやら俺とハルカは覗きボーイズ殲滅作戦のおかげでかなりのポイントを稼いだらしい。 同じクラスのコも何人か通りすがりに声をかけて来た。ははは。俺は気絶してただけなんだけど。 まぁあっちから声をかけてくれる分には構わない。適当に受け答えするだけで済むからだ。 正直、女としてまだ自分の中でキャラの定まらない俺としては、そっちのほうがありがたい。 「それにしても、村上さんったらカッコ良かったよねー」 *** 668 名前:安価命名 ◆bXy6n9iBgQ 投稿日:佐賀暦2006年,2006/11/02(佐賀県教育委員会) 23:55:51.55 BBdsWE2B0 通りすがりの女子の応対で余所見をしていた俺は素っ頓狂な声を上げた。 「へ?」 ハルカが?カッコいい?隣りに座る女の子が頷きながら同意する。 「そうそう、蓮本さんお姫様だっこでキャンプまで来てさ」 「な~んも言わずに無言で先生に場所指示して。ねー?」 「恩着せがましくないのがまたクールでさ」 「へぇ~」と俺。多分ハルカが言わなかったのは『訊かれなかったから』ってだけなんだろうけどね。 ちなみに話題のハルカは、今は一人用の蒸し風呂らしきハコから顔だけ出してまったりしている。 「それに」 「それに?」 「「ずるいくらい可愛いよね~」」 「・・・」 元男だってのは言わないのが吉だな。 「…お風呂好き」と、一人だけ残ったハルカが俺との部屋に戻ってきたのは十一時を回った頃だった。 遊びに来たアヤカ達は見回りの教師に連れ出されて、俺は一人、ベッドに寝転んで天井を見上げながら浴衣姿を迎えた。 「長かったな」 「…教頭先生とサウナで…粘ってた」 顔を紅潮させたままフラフラとベッドに近づくなり、ぽふんと音を立て倒れ込み、そのまま寝入った。 「すぅ…すぅ…」 「はや」 ハルカは大きめのサイズの浴衣から(ハルカはちっちゃいのだ)白い足をさらけ出し、あまつさえパンツまでチラ見せするサービス精神。 小さな寝息を立てるコイツを見ると完全に女だとしか思えない。つややかな栗毛が、湯上りの上気した肌に張り付いて少女を飾る。 いやいやいや。よだれが何故出る。 …俺も傍から見たらただの女なんだろうか。何の変哲も無い、男だった形跡なんてどこにも残していない女…。 *** 670 名前:安価命名 ◆bXy6n9iBgQ 投稿日:佐賀暦2006年,2006/11/03(佐賀県と汚職) 00:01:28.75 8FZnVqOK0 こんなんになってから三週間くらい経つが、いまだに気がつけば、自分の男だった頃の名前を心で呟いている。 俺は、義之。よしゆき。ヨシユキ。よしゆき、いや、美香?俺は…どっちであればいいのだろう。 名前は記号でしかない。外見も、ややもすれば器とも解釈できる。そういう意味であれば、俺は、男だ。 しかし小さくなった掌は、足は、頭の中に無理やりひねり出したアイデンティティを歪め、割り切れない何かを掻き立てる。 無意識に、自分の腰まで伸びた黒髪を指でくしけずり、ため息をついた。 「もう、元には戻れないんだよな」 そんなに声を大きくしたつもりは無かったが、隣の同類種が声に反応したかのようもぞもぞする。 いまや幼児のように縮こまったハルカは浴衣がめくれ上がってパンツ丸出しだ。だがそれがむしろ微笑ましい。 やはり、俺はチラリズムの方がくるらしい。いやいやいや、だから『くる』とかもうねぇんだよ。 起こしては悪いな。そう思って俺は口を閉じ、ベッドわきのライトを消した。悩んだって仕方ない。 もう済んだコトなのであるからして、無かったことにできるわけでもないが、いまさらくよくよしたって仕方が無いさ、と言っても後悔していないと言うわけでもなく。 あれ?結局ぐちゃぐちゃ考えてるじゃないか。まったく。 月明かりが窓から射す中、目の冴えてしまった俺は隣りのベッドに背を向けるようにして寝返りを打った。 「…すぅ……お味噌汁…」 「…から…し…れんこん?……そうなんだ……すぅ…」 まったく。うじうじしてるのが馬鹿らしくなったよ。 はは。ありがとよハルカ。お前は気楽そうだな。 ふっと、少し楽になって目を瞑ると、気付かぬ内に夜に意識を預けていた。

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