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*** 336 名前:禁煙マニア ◆CrZFiJnWzo 本日のレス 投稿日:2006/10/13(金) 10:21:13.63 6iv3k+JFO がたがたと戸が鳴った。反射的に僕は見た。紅い眼が凝っと窓の外から僕を見つめていた。 「なんだこれ」 光淳が立ち上がろうとするのを凌が手で征する。 尚も止まない音。 鳴っているのは一箇所だけだ。 「……下手に動くとまずいんだ」 どうまずいかは話せないのがもどかしい。僕がこうなってしまったから危険なのだと言えたら良かった。 だから光淳は凌や僕が止めるのも聞かず、ポケットに片手を突っ込んで窓際に立った。 「光淳やめろっ!」 硝子に手をかけて、薄く開く。 一瞬の風が部屋で暴れた。 闇に紅い眼が燃えている。 *** 337 名前:禁煙マニア ◆CrZFiJnWzo 本日のレス 投稿日:2006/10/13(金) 10:33:18.81 6iv3k+JFO 彼が鳴く。喉を震わせて歓喜の声を上げる。黒い翼で硝子を揺さぶりながら中に入れろとけしかける。 「真言の坊主なめんじゃねぇよ」 親指を立てて振り向いた光淳の顔は暗くて見えなかった。 「臨、兵」 朗々とした、いつも違う声。指を絡ませ形を作りながら、一言一言ゆっくりと続く声。 ───蛇の顎が開く。 互いが互いに牙を剥いて威嚇しあっていた。 僕にはそれが見えた。 体が瘧にかかったように震える。椅子に座っているのに半身が落ちてしまう。 ───落ちる。 身体が落ち、浮いた。 紅い眼が僕を縛る。黒い羽根が僕を覆う。 *** 339 名前:禁煙マニア ◆CrZFiJnWzo 本日のレス 投稿日:2006/10/13(金) 10:41:36.65 6iv3k+JFO 意識を床に吸われかけた身体を凌に掬い上げられた。 「つかまれ」 指先はまだうまく動かせない。そんな僕の手を凌が包んだ。 びし、となにかが裂ける。 光淳は動かない。 風が頬を撫でた。 寒くもないのに前身が総毛立った。 どうしてこんなにも恐いのだろう。黒くて紅い大きいだけでただの鳥だ。 「在、前───喝!」 あの時恐かったのは人の声に聞こえなかったから。 でもあの時恐かったのは人の声に聞こえたからだ。 背筋を下から撫で上げられるような気持ちの悪さ、それから心肺機能を塞がれたような苦しさ。 喰 わ れ そ う だ 。 *** 340 名前:禁煙マニア ◆CrZFiJnWzo 本日のレス 投稿日:2006/10/13(金) 11:04:21.74 6iv3k+JFO 兄がいた頃の記憶は余り無い。死んだのもいつだったかわからない。 僕の記憶は薄い。 僕という人間の記憶がはっきりしているのはここ数年とばあちゃんの家で過ごした、合わせて数年分だけだ。 母さんの元に戻った僕に母さんはこんな子供は私の子供じゃないと言った。母さんは兄に付きっきりだった。 だけど綺麗な母さんを僕は好きだった。だから母さんに好かれたくて、兄が死んだ後兄の真似をした。 仕種や好きなもの、遊び───気付けば見たことの無い字まで兄そっくりになった。 最初は喜んだ母さんもそのうち僕をおかしいと言い始めた。 *** 341 名前:禁煙マニア ◆CrZFiJnWzo 本日のレス 投稿日:2006/10/13(金) 11:14:23.11 6iv3k+JFO 顔まで似て来た、気持ちの悪い子。あの子の代わりなんて出来ないのよ。目障りだわ! 僕はどうしたらいいかわからなくて、謝りながら笑い続けた。 ごめんなさい。 ごめんなさい。 母さんを苦しめてごめんなさい。 兄さんじゃなくてごめんなさい。 父さんに会いたいなんてわがまま言ってごめんなさい。 気持ちの悪い子でごめんなさい。 僕は逃げた。 僕の存在を父の妻に知らせるために見世物にされかけたからだ。 何年かのあいだに僕は母の愛情を期待しなくなり、母と顔を合わせることもしないようになった。 楓は雅そっくりね。 *** 342 名前:禁煙マニア ◆CrZFiJnWzo 本日のレス 投稿日:2006/10/13(金) 11:30:30.69 6iv3k+JFO あの人にそっくりだからきっとあの人と同じ場所まで行けるわ。 オーディションには申し込んだから、大丈夫。あなたは本当にあの人に似ているから。 雅なら大丈夫。 雅なら。 ───母さんは錯乱していた。 長く愛人だった父に捨てられたらしい。 ある日唐突に浴びるほど酒を飲み始め、僕を雅と呼び始めた。 それからの日々は母さんに会わないよう、見つからないよう、息を殺し続けた。 逃げたい。 いつしか僕はそう願うようになった。 東京のオーディションに行く振りをして学宗院を受けてから、母さんには一度も会っていない。 *** 345 名前:禁煙マニア ◆CrZFiJnWzo 本日のレス 投稿日:2006/10/13(金) 11:54:36.88 6iv3k+JFO 淋しいとか孤独だなんて思わなかった。 高山楓として存在することを誰にも否定されない学校は母さんのいる家よりは随分楽だった。 だからここでの責められる事の無い生活は、新鮮で、干渉の多くない付き合いも嫌ではなかった。 ずっとこのままの平穏が続けばいいと願っていた。午睡を続けていたかった。 喰らわれる事と喰らう事は、とてもよく似ている。 中に収めるか、中に収まるか。それだけの違い。 それだけの違いだが最も重要な差異だ。 だが例えば中に収まったはずのものが外に出たならば、喰らわれたものが喰らったことになるまいか。 *** 346 名前:禁煙マニア ◆CrZFiJnWzo 本日のレス 投稿日:2006/10/13(金) 12:08:58.38 6iv3k+JFO 喰らったはずが取り込まれ血肉となり果てるなら、もはやどちらが喰らったかなど些細なものとなる。 それはもはや個であるのか? 喰らった全てを肚に溜めて、全てを己とすればそれは個でありながら集だ。 ならば己とは何物か。 全てが等しく喰らい喰らわれるのならば、己と確立するのは一体どこにあるのか。 魂であると人は言うが、それすら喰らわれても抗い、喰い潰す人間は何者となるのか。 貪欲過ぎる大罪人。 「GLUTTONY」 それは僕の名前。 「NOMORE」 唐突に鴉は窓から姿を消した。彼は悠々と空を羽ばたいていた。

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