先輩に対して信仰に近い尊敬を抱いてる後輩

先輩と俺が出会ったのは、高校二年のときだった。
廊下ですれ違ったその時、先輩はふと振り向いて、どうしてだか俺に声をかけてきてくれたのだ。
その時先輩は髪の毛を丁度黒く戻していた頃で、夕日にその黒髪は酷く優しく映えていたのを覚えている。
すっと切れ長に通った紅茶色の瞳を細めて、確かお前は崎塚っていったっけ、と呼びかけてくれたあの声を俺は今でも忘れていない。
その後の高校時代を、俺は先輩の後ろに付き従うようにして過ごした。
髪もぼさぼさで図体のでかいだけの自分が、いくら許容してくれるからと言って先輩のお傍にいてはならない。
それは分かっていたけれど、全くもって俺の体はそれを許さなかったので、せめて先輩のお役に立てるように努力したつもりだが、果たしてそれはきちんと功を奏していたのか分からない。
先輩が殴られそうならかわって殴られただろうが、先輩はそんな事をされる人ではなかったしそんな高校でもなかった。
せいぜい先輩が生徒会に入るといったときとか、その後何か面倒なことが起きたときに、――少し、ほんの少しだけ――手伝ったぐらいだろうか。
でも逆にそれでよかったのかもしれない。先輩に嫌われることは少なくとも起こりえなかったから。
そうして、ひたすら俺は先輩につき従った。それは俺にとって当然だった。
気まぐれでもいい。
先輩がその声で俺の鼓膜を震わせてくれるなら。の瞳を一瞥でも俺に向けてくれるなら。その手でその体で、少しでも俺に触れてくれるなら。
俺はそれでよかった。
深い接触など望まない。
それは俺の領分ではないと自分で分かっていた。別の人がその立場にいた。先輩だって別に深い意味で俺に声をかけたわけではないだろう。
ただの小さな気まぐれ。お情け。それでよかった。
そしてそれは大学に入ってからもだった。先輩は、お前は本当にこの大学でよかったのか、と気遣ってくださったが、俺にとって先輩がいる以上の大学はありえなかった。
ちょっとそれやりすぎじゃね、と友人から言われたことがある。その友人は俺よりも大分察しがよかったので(だからこそ俺も付き合いを続けられたのだが)、俺は不安になって、先輩に嫌われるだろうかと聞いた。
「いや、嫌われないだろうけどさ」
そう言って友人は頭をかいた。かわいそうだな、と小さく唇を動かしたのが分かったけれど、俺は幸せだぞ、というと、そうじゃないよ、と友人は返した。
結局はっきりと教えてもらえないまま、俺は大学を卒業した。先輩がそろそろ俺から離れろと仰ったのでいろいろな会社をあたったが、最終的に受かったのは先輩の会社だけだった。
運命だと思った。

そして今先輩を上司として働く俺は幸せだが、未だ友人は答えをくれない。たまに会って飲んでいて、何とか聞き出そうとしても聞けない。それが少しだけ不安だ。最近先輩の様子が少しおかしいのも気になる。
まさかなにかトラブルに巻き込まれでもしているのだろうか。先輩はそんなものお一人で解決してしまわれるだろうが、しかしなにか俺もかかわらせてくださらないだろうかと俺は思っている。
この前の飲み会だってそうだ。酔った先輩とその後二人で俺の部屋で飲んだのだが、先輩は俺を見上げて「好きだ」と言ってきた。そんな事を俺に言うだなんて、何かあったに違いない。
けれど問い詰めても先輩は何も言わなかった。ただ泣きじゃくっただけだった。
先輩はどうしてしまったのだろうか。それが分からない。友人は分かっているようだが答えをくれない。
けれど分かっていることがある。俺は先輩の幸せのためなら何でもするだろうということだ。深く近づきたいだなんて思っていない。万が一先輩が穢れることのないように、努力するのが俺の役割。
それが果たされていさえすれば、俺はもう、それでいい。
そうでさえあれば、それでいい。

End.


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最終更新:2010年05月24日 22:51