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「馬鹿だなぁ(頭なでなで)」

 三日降り続いた雨が漸く止んだ。
 久しぶりの太陽は目に眩しく、その光に浅い緑がきらきらと光っている。心地のいい風を受けながら、俺は坂道をゆっくりと上って行く。
 海沿いの田舎の街。こんな街は来た事もなかった。あんたが居なけりゃ、これからだって来る事はなかった。
 坂を上りきった所で振り向くと、眼下に海が見えた。坂道だらけの小さな街。あんたが以前話してくれた事があった、その通りの光景だ。
 覚えのある匂いに教えられて、突き当たりを右に曲がった。人のツテを頼って頼って手に入れたメモを見ながら、目的の場所へとたどり着く。

「---久しぶり」
 何を話していいのか分からない。あんたからの返事は無い。
「ここ、すっげ遠いんだな。この間やったバイト代がパァだ」
「場所もさ、あんたの親に聞いても教えてくんねーし。苦労したんだぜ。あんた、俺以外にほとんど友達も居なかったからな、ここ知ってる奴も居なくてさ」
「あぁ、そうだ。あんたの荷物さ、どうすりゃいいの。もう戻って来ねーんなら、あれ、どうにかしてくんない?邪魔で仕方ないんだけど」
 俺の後ろを通り過ぎた家族連れが、怪訝そうな顔で俺を振り返った。
「…………ほら見ろ、変な奴って思われたじゃねーか。早く何か言えよ」
 さわさわと梢の間を風が吹き抜ける。
「なんで黙ってんだよ。あんたいっつもそうだよな。俺が何言っても、我が侭言ってもさ、いっつもニコニコ笑ってさ、嫌とか絶対言わねーの」
「嫌って、言えば良かったんだよ。あん時もさ…徹夜明けだから、眠いから嫌って、言えば良かったんだよ…!」
 黒く綺麗に磨かれた石に、俺はとりとめもなく喋りかけた。馬鹿みたいに。
「嫌だって、そう言って迎えになんか来なけりゃ、事故ったりもしなかったし、こんな狭くて暗い所に入らなくて済んだんだ。今だって、笑って俺の隣に居れたんだ!」
 膝をついて、砂利をかき分けた。土を毟った。
「出てッ…こいよ…!何が永遠の眠りだよ…!狭いとこじゃ寝られないって…俺の隣じゃないと寝られないって、あんた前に言っただろ!…俺のっ、俺の言うこと、何でも聞いてくれたじゃん………なんで…出て来てくんねーんだよ!」
 握りこぶしを地面に叩き付けた。鈍い痛みに気がつけば、爪先が赤く滲んでいる。ぽたぽたと落ちた雫が、泥と赤を溶かして流した。
「なんで、出てきてくんないの……俺の言う事、もう、聞いてくんないの…」
 あんたが、我が侭きいてくれると安心できた。あぁ、まだ愛されてる、大丈夫って。
 俺が言えば無理するの知ってて、でも愛されたくて、沢山無茶を言った。そんな自分が嫌で、それを隠したくて、わざと酷く当たったりもした。そうしては後で酷く落ち込んだ。
 『ごめん』、謝る度、『馬鹿だなぁ』って笑って、あんた、俺の頭をくしゃくしゃと撫でたっけ。不器用だけど優しい、あの大きな手が好きだった。
 謝るからさ、もう一度撫でてよ。我が侭、言っていいんだよって、笑って撫でてよ。前みたいに。

「お願いだから…!」

 明るい日差しの中、何も言わない石の前で、何度も「ごめん」と呟く俺の頭を、初夏の風が優しく撫でて行った。