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ハードボイルド

「死ぬんだね」
 彼は何も言わなかった。運転席の窓枠で煙草の灰を落とした。白い煙が夜空に広がって、消えた。
「嫌だよ」
 視界が滲んだ。助手席の足元に散乱した雑誌や、空いた缶詰なんかが、滲んで何がなんだかわからなくなった。
太腿に落ちたなみだがあたたかくて、止めようとする気も起きず、そのまま溢し続けた。
 もうどうしようもないのだ。この人は一人で行くのだ。最後まで。
 この人と本当の意味で交わることは、永遠にないのだ。
 彼は最後に一つ息を吐いた。短くなった煙草をそっと放った。
 突然引き寄せられ、唇が重ねられた。乾いた、冷たい唇だった。煙草の苦味が広がった。
 骨張った大きな手が額を撫ぜた。信じられないぐらい優しい仕草だった。
「じゃあな、甘ちゃん」
 彼は足元の拳銃を掴み取り、ドアを開けて外に出た。広い背中が、暗い道の向こうに消えていった。
 一人残されて、あとは本当に、闇と沈黙が広がるばかりなのだった。