※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

そろそろコタツ出さない?

ずっと捜し求めていたぬくもりを手に入れた日。それはもうふたつきも前のことだ。
大切な人と、同じ町で同じように暮らしていること。一番会いたい人に、会いたい
ときに、いつでも会えること。
それがこの上もなく幸せなことを、僕は知っている。

夕方を過ぎる頃、芹沢は僕のアパートを訪れる。
手に缶ビールとカップ酒の袋を下げて、くたびれた上着を羽織った彼を僕が迎える。
二ヶ月の間に、季節は夏の終わりから冬の始まりに変わっていった。芹沢はほとん
ど毎日、僕の部屋にやってきた。
夜遅くまでふたりで酒を飲み交わしながら、じゃれあったり、世間話をしたり、テ
レビ番組にけちをつけたりしながら過ごす。
それが今の僕たちの当たり前になりつつあった。

初めて木枯らしが吹いた日曜日だった。
その日彼は珍しく昼間から入り浸っていて、昼食を待ちながら黄ばんだ畳に寝転が
っていいともの増刊号を見ていた。
そんな姿を振り返り振り返り、僕はチャーハンを炒める。盛り付けを待つ皿は二つ
で、それがとても嬉しい。
「出来たよー。ほら座れー」
寝そべるジーンズのけつを軽く蹴飛ばして、僕は座卓に二人分の食事と温めた麦茶
を置いた。
それから、二人揃ってテレビを見ながらもくもくと少し早い昼飯を口に運ぶ。沈黙
がいよいよもって苦しくなってきたら、
芹沢がテレビに合わせてぼそりと「いいとも」と呟いた。それはとても彼らしくな
くて、僕は笑った。こんな風に彼と過ごせる日が来るなんて、思ってもみなかった。
食器を片付けて芹沢の横に座ると、本格的にすることが無くなった。ふたりでぼー
っとテレビを見ていた。
どんよりと曇った日で、外は薄暗い。明かりをつけた部屋の中ばかりが明るかった。
「……外、寒そうだな」
再放送のサスペンスドラマが佳境に入る頃、彼はふと顔を上げて言った。外では風
が音を立てて駆けずり回っている。
部屋の中にいても寒かった。外はもっと寒いだろう。そして夜は、今よりもずっと
冷えるだろう。
「今夜泊まってったら? 明日休みとってるんでしょ?」
ちなみに、芹沢は町外れの工場で働いている。僕はといえば今のところフリーターだ。
「ん? うん。でも、悪いからいいよ」
「悪くないって」
「そう?」
「そう」
「……分かったよ。泊まってくよ」
むかしから、芹沢は僕の心を見透かすのが誰よりも上手だ。帰ってほしくなかった。
一緒にいて欲しかった。
「飯は」「ちゃんと作るよ」
「布団は」「半分こすればいいじゃん」
「着替えは」「おれの着て」
彼ははにかみながら「しょうがねぇなあ」と言った。僕はそれを見て、子どもみた
いに笑う。
散歩でも行こうか、と僕たちはふたりして町に繰り出した。
電信柱にへばりついたピンクチラシの切れ端が、木枯らしに煽られてばたばた暴れ
ている。外はやっぱり寒い。
とりあえず歯ブラシと下着だけコンビニで買って、ついでに晩酌用の缶ビールと焼
酎とおつまみを買って、僕たちは引き返した。
町外れの国道にかかる古い歩道橋を渡って、裏路地を少し行けば、そこが僕の住む
アパートだ。
何も無い小さな町だから、歩道橋を渡る人はほとんどない。その下を走る車もまば
らで、僕たちは思う存分ゆっくりと歩くことが出来た。
あの日ぼんやりと虹がかかっていた空は、冬の色をした雲で覆われている。僕たち
はどちらからともなく立ち止まった。

芹沢は何も言わない。僕も何も言わない。
こういうときは「愛してる」だの「好き」だの言えばきっといいのだろうけれど、
僕はそういうことを言うのにとても臆病な性質の人間だった。芹沢はといえば、僕
以上に言葉足らずだ。
僕は欄干に肘を乗せて、ちらっとだけ隣の男を見た。ずっと探していた人だった。
僕たちは長い間はなればなれに生きてきて、そしてその間に大人になった。諦める
ことや妥協することを覚えた。
それは少し悲しいことで、けれどとても自然なことだ。
けれど僕は諦められなかった。諦められずに、全てを捨てて彼を選んだ。つまり僕
たちがここにこうしていられることは、とても不自然で子どもじみていて、おかし
なことに違いなかった。
だから、何となく、ではなく、はっきりと、今なら分かる。数年前に思い描いてい
た幸せだけに満ちた未来が、決して訪れないことが。
それでもいいと折り合いをつけたのは僕と、そして彼もだから、そのことを後悔し
たりは決してしたりしない。
――けれど、ときどき無性に寂しさに駆られるのは、どうしてだろうか。

「やっぱり、寒いな。三波、早く帰ろう」
芹沢の声で、僕はふと我に返った。顔を上げると、彼はもう歩き出すところだった。
その背中を見て、そういえばこの町で最初に見たときも後姿だったな、と何となく
思った。
「……あのさ。あのさ、芹沢」
呼び止めた。あの日のように、彼は振り返る。
「なに?」
「明日も、明後日も、……ずっとうちに泊まってきなよ。うちに帰ってきなよ」
僕は言った。本気だった。
二ヶ月間をふたりで過ごしてきて、その間漠然と考えてきたことだ。
ずっと前から言いたかったもっと格好いい台詞は、ついに出てこずじまいだった。
みっともなくどもりながら、僕はもう一度言う。
「一緒に。一緒に暮らそうよ」
そして芹沢は、何も言わなかった。
「だって、もうすぐ冬だから、だからひとりは寒いから。きっと辛いよ」
「……それはふたりでも同じだよ」
ぼそぼそした彼の言葉は、本当のことだ。ふたりでいれば暖かいわけでもないし、
ふたりでいれば幸せになれるわけでもない。それでも、
「それでもいいからさ。……駄目?」
芹沢はしばらく黙りこんだあと、伏せていた顔を少しだけ上げた。
少し照れた笑顔だった。

「でもさ、そういえば三波の部屋、こたつまだ出してないよな。帰ったら出さなく
ちゃな」
芹沢は下を向いて早口で言った。彼は照れると少し饒舌になる。そして彼の言葉に、
僕は思わず「あ」と声を上げた。
「……実はこたつないんだ、うち」
「まじ?」「まじ」
まじだ。
「寒いじゃん。去年どうしてたの」
「石油ストーブ一個。あんまし家にいなかったし」
「うわ、悲惨。もうそろそろこたつの季節なのに」
そしてかわいそうなものを見る目で僕を見た後、彼は「うちの持ってこうか?」と
提案した。
「けどお前んちのって一人用のちんまいやつでしょ? あれじゃ駄目だよ」
「……あ、そうか」
「明日買いに行こう。ふたりで入れるくらい、でっかいやつ」
芹沢はこくんと頷いて、僕は嬉しくて同じように頷いた。
「じゃあ、帰ろう。うちに帰ろう」
「うん」
僕は笑って手を差し出した。彼は俯いてはにかんだままそれを握り返して、僕たち
は手を繋いで歩き出す。
「当然三波のおごりだからなー」
「共同出費じゃないの普通」
「安心しなよ、おれが選んでやるから」
「何それ」

――幸せになれなくてもいい。とりあえず、明日はふたりでこたつを買いに行こう。