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長年の同居人が人外だと今知った

僕が初めて設楽に会ったのは十年前の雪が降る朝だった。
母に手を引かれ、長い長い静寂の中をひたすら歩き続けた。
「今日からこの人の元で暮らすんだよ」
そう言って手を離した母に、僕はただ黙って頷いた。

設楽との生活は穏やかに過ぎ、僕は中学三年生になっていた。
あまり客の来ない骨董屋でどうやって生活できるのか、母はなぜ僕を設楽に預けたのか。
僕は深く知ろうとはしなかった。
知ってしまったら今の生活が壊れるような気がして。


その日も朝から雪が降っていた。
手足が痺れるくらいの寒さに身を固くしながら、足早に家路に辿り着くと、
いつもは西日に目を細めながら『おかえり』と微笑む設楽が血の色に染まり倒れている。
他には二人、正確には一人と一匹と言ってもいいのだろうか。
大きさや形は人間に近いが、全身が鱗に覆われ、頭が二匹の蛇になっている怪物と、
この店の数少ない客の一人である藤堂だ。
彼も傷を負っているようで腕から血を流していた。

「あの時の忌み子か……美味そうだ」
蛇男が湿った笑い声を上げると藤堂は血が混じった唾を吐き捨てる。
「だから早い内に食っちまえば良かったんだ。なのに設楽のやつ、情が移っちまって坊主を育てるだなんて言うから」
僕の思考より藤堂の動きが早かった。
「坊主、俺と契約をしろ。何、魂までは取らんて」
返事をするより早く、藤堂は僕の唇を塞ぎ吸い付いた。
足元がぐらつき、頭の中を全て見透かされたような感覚に全身が震える。
藤堂の体が燃えるように熱くなり、人間では無い姿に変化していった。

人間で無い姿になった藤堂は一瞬で蛇男の首を落とし、店の中には静寂が戻り、
苦しそうに呻く設楽の息が聞こえる。
ふらついた足で駆け寄ると設楽はいつものような優しい笑顔で『ごめんな』と呟いた。
僕は泣き叫び設楽にしがみ付いて何度も名前を呼びかける。

「安心しろ、そいつはそのくらいで死ぬようなタマじゃなねぇ」
いつの間にか人間の姿に戻っていた藤堂が蛇男の残骸を蹴り飛ばす。
「ちょっとばかし傷が深いが契約さえすりゃあっという間に治る」
「契約?」
「そう、あの世とこの世の境目に生まれた忌み子であるお前が契約すれば、設楽の力も戻るだろう
どのみち、俺と契約した事でお前は完全にこっち側の人間になってしまったんだから戸惑う必要は無い」
迷いは無かった。僕は息を一つ飲み込み、設楽に唇を重ねる。ありったけの気持ちを込めて。

設楽が人間では無い事は初めからわかっていたような気がした。
長年、一緒に暮らしてきた彼の姿とは全く違うその姿を見た今でも、不思議と気持ちは落ち着いている。
そして人間よりも遥かに大きく、銀色の毛並みの狼のような狐のような姿に変わった設楽の首筋にしがみつき、
『ずっとずっと一緒にいて欲しい』と泣く僕を設楽は優しく抱きしめた。