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指舐め

僕が子供の頃、近所にケーキショップがあって、いい匂いをいつも漂わせていた。
甘いもの好きの僕は、毎日のようにショーウィンドウから店内を眺めていたものだ。
奥でケーキの飾り付けをしているのを見て、僕も将来あんな仕事につきたいと思ったのもこの頃。
飾り付けをしている人の指示で厨房をせわしなく動いている人がいる。
ああいうのはやだな、と子供心に思ったっけ。今だから分かるけれど、彼は見習いの若いパティシエだった。
ある日、いつものように店の前に行くと、その日は見習いの彼一人だった。準備中らしく、客もいない。
僕を見かけると、彼は微笑んで、おいでと言うように手招きした。
言われるままに店の中に入ったのはいいが、母親がいる時と違って一人なので少し心細くなる。
「君いつも見てるよね。ケーキ好きなんだ」
僕は答えに困った。もちろん好きだけど、食べるのが好きみたいに思われてる気がした。
そうじゃなくて、作ることに興味があるのに。子供だから上手く言えない。
「今誰もいないから、ちょっと待ってて」
そう言うと彼は、奥から大きめの瓶を持ってきた。琥珀色の何かが入っている。
ふたを開けて、指でひとすくいそれをとると、僕の口元に寄せた。
「ハチミツ?」
「メープルシロップ。それも極上の奴。昨日仕入れられたんだ。舐めてごらん」
少し行儀悪いな、と思いつつも鼻をくすぐる甘い香りに耐え切れず、彼の指を口に含んだ。
濃厚な甘みが口いっぱいに広がる。虫歯が痛んだけど、それも気にならないほど素晴らしい。
僕は味がしなくなるまでずっと彼の指を舐めていた。
「甘くて美味しいね。でも高いんだろーな」
「そりゃあね。でもいつも見にきてくれるから、特別に君だけ」
そして彼はかがんで僕の口に人差し指をあてた。
「誰にも言っちゃダメだよ。僕らだけのヒミツだ」
ヒミツという言葉が何となく大人っぽくて、嬉しくて頷いた。

今、僕はパティシエ見習いとしてその店で働いてる。
極上のメープルシロップの味を教えてくれた彼の元で、いろんな甘いものに囲まれて。