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顔が唯一のとりえだろ?

「顔なんかなんの意味も持たない。そんなものに誇りをもつなんて馬鹿馬鹿しい」
 その瞬間、ロックグラスに入った氷が、がカランと音を立てた。酒をもつ手が僅かに震える。
「その言い方は彼に失礼だろう」
 夢野の友人だという相島が窘める。それに構わずアルコールで饒舌になった夢野は続けた。
「どうして? そもそも顔が唯一の取り柄という時点で何か間違っていると思わないか相島?」
 恋人が自分の存在を否定するような言葉に耐えられなくて、席を立った。
「今日はもう帰ります」
 札を置くと、そのまま店のドアを開けた。相島の焦った声が聞こえたが、これ以上言葉を聞いていると、胸がはりさけそうだった。

 言語学者である夢野とモデルの自分とでは、そもそも頭の出来も違うし、人間的な重みも違う。
 そもそも20を過ぎた大人が、「王子様のようなさわやかさ」というキャッチコピーで売っているモデルだということ自体、まともに働いている人間からすると恥ずべきことだというのはわかっている。
 だから、恋人と呼べるだけで奇跡なのだ。これ以上高望みしてはいけない。
 そこまで考えた時点で、大きなためいきをついて立ち止った。店に戻ろう。
 否定されようと、拒まれようと、自分にとって夢野がすべてだ。

 そうやって振りかえったとき、息を切らせた恋人が、こちらへ向かってくるのが見えた。

「……それで、相島さんは何も言わずに帰ってきたんですか?」
「仕方ないだろう、俺が言ったところで何も変わらない。結局、あいつと付き合うというのはそういうことだ」
「顔なんかじゃなくて、君だから好きなんだって言えば済む話なのにね」
「……ほんとに不器用だからひやひやする。どうして言語学者というものは言葉を持ってないやつばかりなんだろうな」
「…それは、自分のことですか?」
 笑うと、カッと首元を赤く染めて相島は俯いた。
「……君の取り柄は、か…っ顔だけじゃないだろう」
「はい」
「だから……、その……」
 君だから好きなんだ、と消えそうな声で恋人は呟いた。