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王族と海賊

「こんな時間に、何をしている?」
甲板にいた俺に、ゆったりとしたテノールが語りかけた。俺はちらりとそちらに目をやり、
再び空へと視線を戻した。
「風を読んでる。…明日は嵐になりそうだ」
隣に並んだその男は、長い金の髪を潮風に遊ばせ、同じように空を見上げた。暗い空には
宝石箱をひっくり返したように、星々がまたたいている。
「とても、そのような空には見えないが」
「葡萄酒ひと樽賭けてもいいぜ。もっとも、俺の予測は外れた事ねぇけどな」
「君は本当に凄いな。何でも知っている」
小さく笑いを含んで言った声が、ふいにぽつりと呟いた。
「このまま……ずっと海が荒れてしまえばいいのにな」
「勘弁してくれ。でなくても、ここんとこロクな獲物にありついてねぇ。とっととアンタ
を国に送り返して、たんまり報酬を貰うとするさ」
嵐で大破した船の残骸の中から、こいつを拾い上げたのは偶然だった。大層な造りであっ
たらしい船から、乗っているのがそれなりの身分の者だとは思ってはいたが、まさか一国
の王子だとは思わなかった。
たいした金目のものは回収出来なかったが、この降って湧いた幸運には全員が色めき立っ
た。
女と見まがう程の見た目は上々。売り飛ばせば、かなりいい値になる事は間違いなかった。
当初は俺もそのつもりだったし、実際、奴隷商人の島へと船は走っていたのだ。だが、今
は進路は、こいつの国…辺境の小国へと変更されている。
「私に王位継承権は無い。きっと、君が期待する程の報酬は得られない。申し訳ない」
すまなそうに謝る顎に手をかけて、くい、と、こちらを向かせた。驚きはしたようだが、
思わせぶりに唇を近づけると、素直に夜を写した紺色の瞳が閉じられた。そのまま唇を
逸れ、耳元へと囁く。
「んじゃあ、宝物庫の場所を教えといてくれよ。足りない分は勝手に頂いて行くからさ」
からかわれたと知った頬が、月明かりでも分かる程に朱に染まる。怒りまかせに俺の手を
はね除け、背を向けた身体は、だが、船室への扉の手前で立ち止まった。
「…持って行くのならば、私を持って行け…!」
いくばくか逡巡した後、絞り出すような声で言ったその言葉を、俺はせせら笑った。
「馬鹿じゃねぇの。飯は作れねぇ、皿洗いも出来ねぇ、ロープも巻けなきゃ、甲板の掃除
ひとつマトモに出来ねぇ。だけど飯だけは一人前。そんな奴を飼ってて、俺の船に何の得
があんのよ」
「君の頭には、損得しか無いのか!」
「無いね」
王子は傷だらけの握りこぶしを震わせていたが、もうそれ以上は何も言う事なく、扉の向
うへと消えた。


「……それに、アッチの方だって、お前、てんで下手だしな。そもそも、刃物向けられて
もグースカ寝てらっしゃるよーなお方が、海賊なんて向いてねぇ………向いてるわけねぇ
んだよ…」
俺は懐から取り出した、小さな金色の毛束に向かって、そう呟いた。