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郵便配達員

「頼むよ、いつもの通り送っておいてくれ」
すっかり恒例となった友人とのやり取り。その最中にインターフォンの音を聞いた俺は
会話を手短に済ませて携帯を机に置くと玄関へ急いだ
軽く深呼吸してから扉を開けると、真新しい郵便配達員の制服が目に飛び込んだ
「郵便です」
そう言って笑う彼の初々しい姿に自然と胸が高鳴った。ここ二か月ほど週に何度も顔を合わせているので
その笑顔は営業スマイルではなく本心からなのだろう…と、自分に都合のいいように思っている
本来であれば手紙は玄関に取り付けてある郵便ポストに入れられ、こうして配達員と顔馴染みになる
ということも少ないのだろうが
そんな邪魔なものは新任の配達員としてやってきた彼と、初めて顔を合わせたその日に取り外してしまった
2人を隔てる無粋なポストなんてものは俺には必要ないのだ
「いつもの田中さんからですよ」
「ああ、どうも」
受け取る時にはあくまで自然に。実際にはこの瞬間に指が接触したりしないかなーなんてフトドキなこと
を考えていたりもするんだが、そんなことは表情に少しも出さない
こう見えて俺はクールで通ってるからな、うん
その後軽く天気の話などをして俺の至福の時間は終わる。時間にすればものの3分とかかっていないのだろうが
俺にとっては本当に大事な時間だ
だがその日はいつもと少しだけ違っていた。
俺の心をとらえて離さない郵便配達員は少しだけ言い難そうに口を開いた。
「毎日手紙を送ってくれるなんて、随分仲がいいんですね」
「………えっ」
「す、すみません!こんなプライバシーに関わること聴いちゃって…」
「いや、いいんだ。毎日手紙をくれるのは…えっと、俺は作家をしてるんだけど」
「…そうだったんですか?」
そうだったんですか?って俺は何だと思われてたんだ。
表札は本名だから仕方ないにしても、出版社から何度も手紙来てるんだけどなあ
その上でいい年して平日の昼間から自宅にいるんだぞ、見当つけてくれ
もしかしてニートだと思われていたんだろうか?なんて若干の焦りを覚えつつも、俺は続けた
「その田中って奴は…今書いてる話の舞台になる地域に住んでるから、俺の代わりに町並みの写真とか取材とか
やってくれてるんだ。それだとどうしてもメールよりも手紙の方が便利でね」
よし、咄嗟に考えたにしては良い言い訳を思いついたぞ
「そうだったんですか…作家なんてすごいですね」
「いやあ、まだまだ駆け出しで…食ってくのが精いっぱいだよ」
途端に尊敬のまなざしを向けられて俺はにやつくの懸命に抑えた。
「…でも、よかったです…お仕事の手紙だったんですね」
「え?」
「あ、すみません…そろそろ次の配達先に行かないと」
「ああ…ご苦労様」
それだけ言って駆け出していく後ろ姿を眺めながら俺はこっそりとガッツポーズをした。
もしかしてヤキモチだったのか?つまり脈あり?
暫し玄関で喜びの踊りを舞っていた俺だったが、ふとあることに気付いて部屋に戻ると机の上の携帯を手にとって
リダイヤルボタンを押した
「ああ田中?俺。さっき頼んだ件だけど…来週からは別の奴に頼むわ」
取材と言うのは大嘘
本当はあの郵便局員にひと目惚れし、彼にできるだけ会いたいと思った俺が考えだした苦肉の策だ
友人の田中にすべてを話し、頼むから協力してくれ、中身白紙でいいから毎日俺に手紙を送ってくれ、切手代出すから!
と泣きついたのは記憶に新しい
あれをもう一度別の友人相手にやらなければならないのは正直しんどいが仕方ない
ヤキモチを焼かれるのは嬉しいが、俺の可愛い配達員の心をこんなことで悩ませてしまっては可哀想だからな