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異世界とリップした三十路サラリーマン

前場の引ける寸前だった。俺はモニター画面を信じられない思いで見つめていた。自分が仕掛けた空売り銘柄がどんどん上がってゆく。数字が止まらない。馬鹿なとっくにストップ高の筈ーーーー


気が付くと、俺は淡いピンクや水色や黄色のクレーの絵の様な色調に彩られた荒野に倒れていた。
誰もいない。

もう、どのくらい経ったろう。夜も昼も分からないこの世界で、とっくに時間の感覚もなくしていたが、幾日も過ぎた様な気がする。
俺は、世界の終わりにたった独り取り残された様な絶望感に襲われながら、何処かに居るかもしれない人影を求めて、ずっと歩き続けていた。

何処迄行っても砂丘ばかりが続く。
本当にここにはもう誰もいないのか。
幾度も頭をよぎった絶望感に何度目か座り込み、また歩き出そうとしたその時、吹きすさぶ風に砂が舞い上がり、何かが見えたような気がした。

手だ。
砂に汚れた白い手の先が砂上から少し出いて、よく見ると辺りの砂が人の形に盛り上がっている。

駆け寄って、指に触れると温かく僅かに握り返そうとする。

生きている。

俺は、嬉しさに涙を流しながら砂を払い除け、その人の体を抱き上げた。
顔を見ると20代後半のまだ若い男で、ちょっと長めの髪はこの世界に長く居すぎたせいか、淡いピンクに染まっている。
確かに呼吸はしていたが、意識を失っている様子で、頬を叩いても眼を開けない。
何処かで見た様な顔だ。後輩の岩元に僅かに面影が似ている。
何時まで経っても眼を醒まさないその人を、別人だと分かっていながら俺は何時しか、
「岩元、岩元!」
と、呼び掛けながら、顔や体を擦り続け、ポロポロと涙を流して、その頬や額や唇に幾度も口付けていた。

あいつは、岩元は、どんな瞳をしていたろうか。きっと、この人も岩元と同じ様な瞳をしているに違いないが、思い出せない。

「岩元、なあ岩元、眼を醒ませよ。何処へ行ったらいいのか教えてくれよ。」

俺は両腕に、その人の体を抱え上げて歩き出した。
とりとめもなく話し掛け、時々口付けながら、行く当てもなくただ歩いていた。




何時しか気を失っていたのか、最後に足下の砂が崩れ落ち、何処迄も落ちて行ったのを覚えているが、気が付くと、俺はオフィスのホールの椅子に座っていた。抱き上げていた筈のあの人は、何処にもいない。


「先輩、今日の読みは凄かったですね。空売り大正解じゃないですか。」

不意に話し掛けられた声の方へ振り向くと岩元がいた。
(そうか、こんな声だった。そして、こんな瞳だったんだ岩元は。)

俺は愛しさで胸が締め付けられる様な思いで、岩元の瞳をじっと見つめた。
岩元が、ちょっと頬を染めて照れた様にうつ向いた。
髪はやっぱり黒だよな。当たり前だが。そんな事を思いながら、髪を撫でると、岩元がますます真っ赤になった。
「今夜、ふたりで呑まないか?」
「はい。」
と、岩元が小さく答えた。