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216 ごめん、どうしても萌えたんだ

『出張で泊まる宿は、露天風呂&浴衣をメインにすえて、料理をオプションで頼めるようにしますか?』
部下から送られてきたメールに目を通して、はぁと思わず心から深く嘆息する。
一体、何を考えてるんだあいつは。来月のアレは出張なんだよ出張。
いくら俺とお前と二人だけでどこかに泊まるのが初めてだっつっても、所詮仕事なんだっての……。
ビジネスホテルを二部屋予約しとけって指示しておいたはずなのが、何をどうすれば露天風呂付きの旅館に変わってるんだ。
眩暈と偏頭痛がするのを無理に気力で押さえ込んで、眼前のキーボードにかたかたと返信を打ち込む。
『セクハラだ』
その素っ気無いほどに短い文面を送信すれば、二分と待たず相手からのメールが返ってくる。
それを開いて確認すれば、俺は益々頭を苛む鈍痛が強くなったのを感じる。
『じゃぁ、これで決定にします。あ、夜は寿司を頼むつもりなんですが、何か食べられないものありましたっけ?』
………人の話を聞け。いつ誰がOKしたんだ。っていうか、料理のオプションすらもお前の趣味で決定なのか。
海産物が大の好物で、以前ふぐちりを食いに連れて行ってやったら飛び上がらんばかりに喜んでいたヤツの姿を思い出す。
両頬を、木の実を山ほど溜めた栗鼠みたいにして「おいひーです、課長~」なんて騒いでいたが、そりゃ当然だ。
知ってるわけもないだろうが、お前みたいな新入社員じゃまずいけないクラスの店だぞ、あれは。
痛むこめかみをぐりぐりと人差し指で軽く揉んで長々と吐息すると、再び目の前に置かれたコンピューターに向き直る。
微塵も下を向かず数秒でキーを打ち終えて送信してから、ふと考える。
あの文章は、俺のイメージに合わないんじゃないか? ……まずかっただろうか。
とはいえ、一度送ってしまったものを止める手立てはないわけで、俺は仕方ないかと一人ごちた。

『山葵は抜いておけ。喰えん』