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割烹着が似合う攻め

「あ、おかえりなさい」

いい匂いに導かれるようにして玄関から直接台所へ向かうと、
同居人は振り返ってにっこりと微笑んだ。
手にはお玉。コンロの上では鍋がくつくつと音を立てている。

「腹へったー。今日なに?」
「風呂吹き大根と、牛肉の甘辛炒めと、あとスーパーに菜の花が出てましたから
 和え物にしてみました。おみおつけの具は新たまねぎとしめじ。
 すぐ食べられますから、手を洗ってきてくださいね」

素晴らしい。なんて素晴らしい。
用意された食事はどれもおいしそうで――実際とても美味い事を俺は知っている――
それを整えてくれている手は白くて器用だ。
いっそ古臭いくらいな黒ぶち眼鏡もこいつにはよく似合っている。
気はきくし、家の中にはホコリひとつ落ちてないし、近所の奥様方にも可愛がられているらしい。
仕事で疲れて帰ってきたあと、こいつの用意した夕餉の匂いを嗅ぐと本当に安心した気持ちになれるのだ。
これが、これがもし。

「あ、ちょっと待って下さい」
「ん?」
「つむじの辺りに葉っぱが」
「…………」

こいつは苦もなく、ひょいと、俺の頭頂部についていたらしい葉っぱを取ってくれた。

「……今日は風が強かったからな」
「そうですね。あとでスーツにブラシかけておきますから」

これがもし、俺の嫁だったらどんなにかいいだろう。
しかし実際にはこいつは身長180cm強の成人男性であり、何の因果か俺も男なのだった。
それは重々理解していたつもりなのだが、
こういったことがある度に男としての嫉妬を感じずにはいられない。
少しむっとした俺は、こいつが嫌がると知っていてフライパンの中身に手を伸ばし
いい色の牛肉を指でつまんで口に入れた。

「あ、つまみ食いはやめて下さいって言ってるじゃないですか!」
「味見だ、味見」
「もう。……そうですか、わかりました」
「!」

ぐいと引き寄せられて唇を奪われた。
ほんの数瞬触れていただけだったそれは、驚いて硬直したままの俺の唇を
去り際にぺろりと一舐めしていった。

「~~っ。な、なにするんだ、いきなり……」
「僕も味見ですよ。ほらさっさと着替えてきてください、冷めちゃいますから」

けろっとしていやがるのがますます腹立たしい。
しかしここでごねても夕食が遠くなるだけなので、俺は促されるまま台所を出た。
男は胃袋で捕まえろなんて言うけれども、これは男と男の間にも成立する事なんだなあと
最近とみに思うようになった。どうもこいつに餌付けされているような気がしてならない。

「お前もいい加減、その不気味なサイズの割烹着やめろよな」
「普通のエプロンじゃ丈が短いんですよ。それに、我ながら似合ってると思うんですけど」
「似合ってるから不気味なんだよ」

まあ、いい。食事はおいしくて家はきれいで仕事も順調で、
それを支えてくれる人間とは、こっぱずかしい話ではあるがいわゆる将来を誓った間柄である。
その相手が身長180cm強の男であるという事は――
全体から見ると些細な問題に過ぎないのだ。たぶん。