刀と鞘の関係

「……また、仕事か?」
 何気ないそぶりでそう尋ねる鞘に、刀は弱弱しく微笑んで掠れた声で答える。
「すぐ、戻ってきますから」
 自分の腕からいなくなっている間に刀が何をしているのか、鞘だって知らないわけではなかった。
 全身雨に降られたように血塗れで戻ってくる刀。それでも、戻るとすぐ自分ににこりと笑いかける刀。
『仕事』の後のその姿を見るたびに、鞘は己の無力さに唇を噛み締めていた。
 ――こんなことを、させたくはなかった。
 彼の滑らかな肌に似合うのは薄絹で織った着物か何かで、あんな醜いやつらの血液ではない。
 たとえどんなに非道な相手だとしても、あの細腕で誰かの命を奪うなど、してほしくはなかった。
「鞘さん、済みません」
「……何が」
 振り返りざまにそう頭を下げた刀に、鞘は不審そうに一言呟く。
 その問に心苦しそうな声で、刀は口を開いた。
「僕、今夜もまた鞘さんを汚してしまいますね」
「馬鹿野郎。んな心配すんな」
 誰かを殺した後の刀は、何時も鞘の温もりを求めてくる。
 血で濡れた身体を洗う間もなく、彼は鞘の腕の中へと飛び込むのだ。
 冷たい死体の代わりに、誰かの暖かい肌を欲するように。
「お前は、俺が受け止めてやる。だから、余計なことは考えなくていい」
「……ありがとうございます」
 扉を開けて出て行く彼の後姿を見ながら、鞘は今宵も刀を止められなかった己の不甲斐なさに嘆息した。

 いつか、彼が自分のもとへ戻れなくなる日が来るのだろう。
 その身を二つに折って、心も身体も壊してしまう日が、いつかきっと。
 ……その日が来てしまったら自分は、正気でいられるだろうか。
 彼を抱きしめているつもりで、その実、心の空白を埋めてもらっている俺に、
 正気でいられる余地など、果たしてあるのだろうか。


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最終更新:2010年03月15日 00:57