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合唱部顧問←部員

そのひとは音楽の先生で合唱部の顧問だったりする。
家業の魚屋まるだしな表現でアレなんだけど、鱈の身みたいにほわっと色白で
男にしてはちょい頼りない。優しい目でたまに眼鏡たまに寝癖で……
いつも洗いざらしのシャツを着てて、そんでよく笑う。
四季のうち三シーズンはその白シャツだけど秋冬の寒いときだけはジャケット
もセーターも着る。うん、要は寒がり。多分。
音大で音楽教育を学んで、あれ? ほんとに? とか言ってる間にちゃんと
教師にはなれたらしい。……いや、なってくれて良かったなあとしみじみ思う。

音楽とかそんなに興味なかったけど、この人の初めての授業には驚いた。
「えー……と。じゃあ、今日は何しよっか。とりあえず教科書は要らないです」
癖のない猫毛を揺らして、にこにこ笑いながら。
先生はしばらく音楽室に集まったみんなを見渡して、
「よし、じゃー外行こう、外」
と呆気に取られた僕らをヨソにそう言ってのけたのは今年の春のことだ。

先生に連れられて出た裏山の丘は意外に風が気持ちよくて、
雑草と花がふさふさに伸びてる中でみんなしてだらだらだべったりして。
どこかの幼稚園のはしゃぎ声とかゴミ収集車のあのメロディーとか、
草がしゃわしゃわ鳴る音とか風の音とかそういうのばっかり聞こえて、
みんなが半分寝オチし掛けたころに先生は笑って言った。
「音楽もこうでいいんです、別にそんな気張んなくても。
 生活の中で自然に遊んだり歌ったりのんびりしたり、ほんとはそーいう感じで
 楽しめればいいんですよ」

ねー、とまるでオンナノコみたいに語尾を伸ばして伸びをした先生の背中を見ながら、
俺はそこに付いた草を払う なんて理由で触ってみたい気がしてた。

当然のように先生が顧問になった合唱部の人数は例年の三割増で増えたらしい。
掴み所がないような、そのくせもの凄く人あたりの良い先生のことだからちっとも
おかしくはないし、自分だってその通りだから人のこと言えないけど。
まだ半年くらい先とはいえ、合唱コンクールに向けて増員が入った形になったのも
もともとの部員たちには嬉しかったみたいで、いまんとこ仲間割れとかもないし。
足りなかったオトコがわらっと入ったのも良かったらしいけど、平和にやってる。

歌うのは普通に楽しい。上手い下手とか気にしないで、思いっきり口をオーの字に開いて
目もかっ開いて「いかにも合唱曲!」な歌を歌うのはヘンなくらい面白い。
じんるいはーちーぃさなきゅーうーのーうえでー、うえでー、なんて思わず口ずさん
でしまって、親父やおフクロにヘンな顔されんのにも慣れた。
で、そんな事をぽろっと先生に話したら、先生は頬杖を崩して吹き出してあげく眼鏡を
落っことしたから拾ってあげた。
「そりゃあお父さんお母さんも驚いただろね、いきなり人類はァなんて歌われたら」
「今はもう慣れたみたいなんですけど、しばらく変人扱いされました。妹にも」
眼鏡をひょいと掛け直すしぐさがやけに子供っぽくて、思わずじっと見る。そしたらいき
なりこっちを向かれて焦ったけど、俺を見る目は楽しそうで嬉しくなる。
「ああ、うちでご家族で歌って違和感なくすなんてどーかな」
「は?」
「先生ぇはーちーいさな教室のーなかでー」
「!? なかーでー、なかーでー……」
いや、なんで替え歌なのかがまず突っ込むべき所なんだろうけど、思わず受けてしまった。
「ねーむりー起きっ そーしてー働きー」
「いや、寝てるんすか!?」
ノーリアクション!
「ときどきー仲間をー、部活にーなかまをー、」
「欲しがーったりー…………すー……るー……」
「……んですよ、うん」
先生は全く当たり前のような顔をしてにこにこしてるもんだから、なんで突然替え歌が
出てきたのかよく分からない。それが表情に出ていたのか先生はひょっと首を傾げた。
「私一人暮らしなんで、家に一緒に歌える人いないんです。
 まあだから合唱部の顧問は趣味と実益兼ねてるんですが、それからしたら羨ましい。
 家族、いいじゃないですか大いに結構」
ぜひ合唱コンクールには来てもらいたいですねえ、妹さんだけでも洗脳しちゃえるかも
しれませんよ----なんて言葉だけ聞いたら不穏な事を言うから、俺も笑って頷いた。
ほんと、そんで、歌うのは普通に楽しい。
でもリズム合わせて指揮してるセンセ見るのはもっと楽しい、気がする。
あれ、歌ってるときにセンセー見っから楽しいの、センセ見ながら歌うから楽しいの?
……よく分かんねえ、けど、まあそれでもいいよなあなんて思ったりして。思考放棄。
いつの間にか歌を口ずさんでしまうみたいに先生見てんのが生活の一部になったなんて、
そんなんも微妙に恥ずかしくて。
合唱コンクールとか来る前にせめて言えればとかは思うんだけど思うだけで。
(こいよ ぼくらふたりの、)
だめだ困る。この前聞いたばかりの合唱曲が忘れられない。