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妖怪

二年勤めた会社を辞めて、俺は久方ぶりに田舎に帰った。
今日から数ヶ月は、誰も居ない離れの奥座敷に寝泊まりする。

子供の頃、近所の子供達とよく遊んだ懐かしい場所だ。


雨戸を開けて光を通すと、クスクスと微かな笑い声が風に乗って幻聴のように聞こえた気がした。

一瞬間の後、先程まで誰も居なかった筈の座敷の奥に和服を着た同じ位の年頃の青年が座っていた。

呆然として、その青年の顔を見ると、何処か懐かしい面影がして、不思議と恐ろしさは感じなかった。

「やっぱり馨には僕が見えるんだね。」

青年はさも嬉しそうに、にっこりと微笑んでそう話し掛けてきた。

「ああ、お前‥‥えっと‥。ごめん。名前が‥」
「分かる筈ないよ。名前、話してないし。」
そうだ。いつの間にか仲間に混じってにこにこ笑って付いて来た色白のおとなしい子。名前も聞いてなかったんだっけ。

「そうか。じゃあ名前は?それより、どうしてここに?」

「ごめん。名前、無いんだ。それに、どうしてって、僕はずっとここに居るんだよ。」


ああ、あの子は座敷童子だったんだっけ。祖母がそう言っていたのを思い出した。

でも、今はどう見ても童子じゃないよな。座敷童子も大人になる‥‥のかな?

「馨に逢いたくて、大人になったんだよ。本当はいけないんだけどね。」
思考を読んだように、そう答え、青年はまたにっこりと微笑んだ。つられて微笑み返す。

込み上げてくる昔日の思いに切ないほど胸を塞がれながら、俺は青年になった座敷童子と暫く、見つめ合い、互いに微笑み返していた。
と、
日常の辛さも、疲れも何もかもが総て押し流され―、
ふわり、何か暖かい風に抱きとめられて体が宙に浮いた。


気が付くと、青年はもう居なかった。

―クスクス、クスクス―
幻聴を乗せて、風が座敷の奥から外へと通り抜けた。

―今夜また、一緒に遊ぼうね。―

遊ぼうって、もう、子供じゃないのに。
ふと、苦笑に歪んだ唇が、今度はふんわりと塞がれて熱い息を感じた。

風がクスクスといっそう高らかに笑い声を立た。

―今夜またね~。大人には大人の遊びがあるよね‥‥?―


クスクス、クスクス。悪戯な風が体を通り抜けた。