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僕のお姫様

「ただいま、ゆみ」
「お帰りなさい、パパ!」
扉を開けて放った私の第一声に、とてとてと大慌てで走ってくる音がする。
ああ、そんなに急ぐとまた転んでしまうよ。
そう注意する暇もなく、僕の予想通りに彼女は玄関前でばたんと転倒した。
「いったぁ……失敗失敗。で、パパ、おみやげは? 買ってきてくれた!?」
そう言って上目遣いににこりと笑いかける仕草に、見ていたこちらがどきりと胸を揺さぶられる。
屈託のないその表情は、僕が忘れることなど出来ない人のそれと酷似していた。

……君は見てくれているだろうか? 君達が亡くなってからの僕と彼女の生活を。
そう胸中で呟いて、もう何千回繰り返したか分からないあの雪の日の光景を脳裏によぎらせる。

――あの時、僕はきっと世界中の誰よりも幸せそうな君達に嫉妬していたのだ。
病院からの帰り道、私が運転する車の後部座席で君はあの人と二人微笑みあっていた。
それをミラー越しに眺めるしかない僕の気持ちを、君は知らなかったろうね。
当然だ。僕はそれを、一生隠し通して生きていくつもりだったから。

降り積もった雪。凍結した路面。侵された視界。飛び出したトラック。
気づかなかったのか、気づいていてあえてそうしたのか。
自分でもどちらか覚えていないのだけれど。
ああ、僕がブレーキを踏みしめたのはほんの零コンマ何秒か遅すぎて。

僕に残されたのは、ただ地の底へ落ちていくような深い絶望、君への諦め切れぬ想いと懺悔の中の眠れぬ夜。
いっそ君たちと同じ場所へ逝ってしまおうかとも思った。
けれど、パンドラの箱は一つだけ、たった一つだけ僕に希望をもたらしてくれた。
君とよく似た、円らな茶色い瞳と白く柔らかい肌をした彼女。
安心してくれ。僕は君の娘に指一本触れやしないと約束する。
笑わないでくれよ? 君には言っていなかったけど、僕はその……女性は駄目なたちでね。
そう、僕にとって彼女は――。
「ああ、もちろん買ってきたよ。…………僕のお姫様」