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元カノの元彼

新婦招待客控え室でぼーっとしていると、ゼミ同窓生の山中が
新婦控え室から戻ってきた。
「大竹君、控え室行かないの?明留、キレイだったよ」
「どうせすぐ見るんだからいらねえよ」
「ふーん。でもさ」
山中はちょっと声を潜めて続けた。
「元彼を結婚式に呼ぶってアリなの?」
「元彼っつっても、わずか半年の清く正しい男女交際だったから
な。アイツ、招待状に『ご祝儀奮発するのを忘れないように』って
書いてきたんだぞ?」
「いくら包んだの?」
「5万」
「奮発したわねえ!」
「俺、アイツに借りがあるからさ...」
俺はボーナスが出るまでをいかに乗り切るかをに思いを馳せて、
ため息をついた。


明留は、男兄弟に囲まれていたためかさばさばした話し方をして
いて、いつもジーンズに男物っぽいシャツを着ていて、背が高くて
貧乳で、ぱっと見は線の細い男に見える、大学入学当初から目立つ
存在だった。
同じプレゼミに入ったことをきっかけに話してみると、女と話す時
にどうしても感じていた気構えのようなものが必要がなくて、とても
気楽な相手だった。好きな小説が同じだったり、音楽の趣味が一致して
たりで、さらによく話すようになってみると性格が良いのもわかってきた。
人間として、とても魅力的なヤツだった。
「なあ、俺と付き合わね?」
俺がそう聞いたら、明留は小首をかしげてきょとんとした顔で俺を
見返したっけ。
今から考えれば、あれは告られた女の顔じゃないよなあ。
「アンタと私が付き合うの?」
「そう」
「まあ、試してみるのもいいかもね。いいよ」
返事も変だったよなあ。

一緒に遊びに出かけるのには良い相手だった。....だったんだが、
結局、俺達はキス止まりの関係だった。
「ごめん、別れてくれ」
「いいけど、条件あるよ?」
俺が切り出した別れ話に、明留は言った。
「もう二度と、本当に好きだと思った人以外とは付き合わないって
約束したら、別れてあげるよ」
「いや、俺、お前のこと本当に好きだぞ!」
「じゃ、なんで別れなきゃいけないわけ?」
「それは....」
「アンタの言う『好き』が、『人間として好き』って意味だって、
わかってるから。アンタ、忘れてるかもしれないけど、私にだって
『女として好かれたい』って気持ちがあるんだからね?女と付き合うって
ことは、そういう気持ちに応えるってことだからね?『女として好き』
じゃないんなら女と付き合っても意味ないって、試してみてわかったでしょ?」
「あー。はい」
「じゃあ、約束しなさい」
「はい。もう二度と、本当に好きだと思った人以外とは付き合いません」
「OK。別れてあげる。これ、貸しだからね。あ、この後は普通に友達って
ことでよろしく。避けたりしたらぶん殴りにいくから」
明留らしいさばさばっぷりで別れ話は終わったっけ。

「本日はまことにおめでとうございます」
「おめでとうございます。ご親戚の方ですか?」
山中と知らない男の声に顔を上げる。
「会社の後輩です」
つるんと肌が綺麗で女顔の、カラーフォーマルを嫌味なくすらりと
着こなした男がそこに立っていた。
俺と目が合うとにっこりと笑いかけてくる。
その時、控え室の入り口の方で歓声が上がった。
見ると、白無垢の明留が付き添いの女性に手を引かれて入ってくる
ところだった。
「これは見違えますね」
「別人のようだな」
「二人ともひどいですよ」
明留は新婦のために用意された椅子にかけると、俺達に気づいて
ちょいちょいと手招きをした。
「私はもう挨拶したから」と動かない山中を残して、明留の後輩の
男と一緒に、明留のところへ行く。
「今日は来てくれてありがとう」
明留が笑う。
「紹介するね。大学のゼミで一緒だった大竹君、会社の後輩の工藤君」
どうもとマヌケに会釈をしあってる俺達に、明留は言い放ちやがった。
「で、私に借りのあるアンタ達、しっかりご祝儀包んだんでしょうね?」
「アンタ達って、一括りかよ」
「だって、アンタ達、私に同じことしてくれたんだもん」
「同じって、あなたも明留さんと交際を?」
「え?」
俺は工藤と呼ばれた彼と顔を見合わせた。
「とりあえず、アンタ達、趣味似てるし話が合うと思ってさ。いやあ、
一度会わせてみたかったんだよね。じゃ、アンタ達は私のハンサムな
元彼として、私のダンナを引き立てる役を真っ当してね。これも貸し分の
取り立てよ」
「あけるねーちゃん、おめでとう~!」
「ありがとうー」
親戚らしい子供たちが飛んでくるのに応えながら、明留は片手で
しっしと俺達を追いやった。


披露宴会場で明留の隣で笑う新郎は、絵に描いたような冴えない
ハゲの中年のおっさんで、招待客は俺とその隣の工藤君を盗み見ては
ひそひそと囁きあっていた。
「居心地ワリイなあ」
「仕方ないですよ。こんなこととご祝儀で借りが返せるなら安いものです」
俺のつぶやきに、工藤が笑う。
「そういや、その借りってどういう意味だ?」
「僕、女の人が苦手なんです」
工藤はちょっと照れたようにうつむきながら言った。
「僕、小さな頃から女の子と間違えられるような子で、上に姉が二人も居て
散々おもちゃにされてたんですよ。そのせいか、ずっと、女の人を好きに
なれなくて、でも、そんな自分を肯定できなくて、そんな時に明留さんと
出会ったんです。明留さんは僕の苦手な女性的なところが少なくて、
こういうタイプの女性なら、自分もお付き合いできるだろうと思って交際を
申し込んで、でも、実際付き合い始めてみると、ああ、やっぱりこれは違うんだって
思って」
「別れる時、アイツに言われたろ?『もう二度と、本当に好きだと思った人
以外とは付き合わないって約束しろ』って」
「はい」
「俺も言われた」
「あなたも?」
「アイツ、付き合ってくれって言われた時から判ってたんだろうな。
俺が、アイツのこと本当に好きなわけじゃなかったって。自分で自分を
誤魔化して、好きなつもりになってたってこと。その上で、俺が自分で
そのことに気づくまで、付き合ってくれたんだから、大した器だよ」
「本当に、大した人ですよね」
「そういえば、アイツ、俺達の趣味が似てるって言ってたな。工藤さんも
時代小説好きか?」
「はい。最近は上田秀人とか読んでます」
「お、若手もチェックしてるんだ」
「大御所は読みつくしてまして」
照れたときにうつむくのは、工藤の癖なのか。
妙に子供っぽく見える整った横顔を見ながら、俺はなんだかこいつの
頭をワシワシとなでてやりたい気分になってしまった。


その後、時代小説話で盛り上がって、工藤の本を借りる約束をして、
それを返して代わりに俺の本を貸す約束をして、何度か会ってるうちに
友達になって、あれやこれやがあって、俺と工藤は付き合うことになった。
工藤がそのことを明留に言うと、明留のヤツ、「そうなると思ってたよ」と
言いやがったらしい。

「『これ、貸しだからね。出産祝いは弾みなさいよ』だそうですよ。
もう、どこまで見通しているんだか....」
「しゃあねえ、せいぜい奮発してやろう」
うつむく工藤の頭をワシワシとなでてやって、俺は言った。