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極悪人と偽善者

「難しいお顔ね。どうなさったの」
女の声がした。華奢な骨格に似合わぬ艶のあるアルトに、からかうような響きが混じっている。
君か、と男は振り向きもせずに言った。女が近付いてきても、特に関心を払う様子はない。
椅子に掛けて脚を組み、放心したように暖炉の炎を眺めている。
女は男の背後に立ち、両腕を回して甘えるようにしなだれかかった。
「どうせ、あの人のことを考えていらしたのでしょう」
「人畜無害にみえて、したたかな男だ。この私を出し抜くとは」
「ふふ、いい気味ですわ」
「君はあの男に味方するのかね」
「だって、愉快じゃありませんか。貴方みたいに傲岸不遜な悪人がいいように振り回されて
 ……自分の尻尾を追いかける仔犬みたい」
女はいよいよ愉快そうに、声を立ててわらい出した。
「ふん。君はよほど奴のことが気に入ったとみえる」
「ええ……そうね。きっと、そうなのだわ。惹かれたとしても、別に不思議なことではない。
 貴方にとってもわたくしにとっても、彼は欠けたピースなのだから」
「馬鹿馬鹿しい。私は私だ、既に完成されている。欠片とやらに用はない」
「なら、あの人に執着なさるのはどうして」
「執着?」
「あの人が邪魔ならば一息に消してしまばいい。けれど、貴方はそれを避けているように見えます。
 こんなことを続けたって、何の得にもなりはしないのに」 
「君は何か思い違いをしているようだ。私はね、単にあの男が嫌いなのだよ。
 あれは大した嘘つきだ。その自覚がない分、私より余程たちが悪い。
 だが、奇麗事の下に隠された醜い本性が私には見える。あの偽善者が全てを暴かれ、
 屈辱にのたうち回る様をこの目で見たい。それだけのことだ」
「詭弁ですわ、お兄さま」
「…………」
男は首をひねって斜に女を見上げた。自分と同じ色の目が、静かに見つめ返してくる。
見透かしたような視線がひどく忌々しい。男は頭痛を堪えるように眉間を指で抑えた。
「奴は、私を"救う"と言ったのだ。思い上がった男だ。私を対等にすら見ていない。
 何様のつもりか知らんが、自分で思っているほど高潔な人間ではないことを思い知らせてやる。
 二度と私に近付こうなどという気が起きなくなるまで、徹底的に叩き潰さなくては」
「そんな顔をなさらないで。お望みなら、わたくしが始末して差し上げましょう」
「あれには手を出すなと言ったはずだ」
「そう仰ると思っていました。けれど、程々になさってくださいね。過ぎた執着は身を危うくします」
「……今日はもう遅い。下がって休むといい」
男は素気なく言って、視線を暖炉へ戻した。
「おやすみなさい。よい夢を」
女は大胆だが引き際を心得ている。素直に抱擁を解いて部屋を出て行った。
「欠けたピース、か。……戯言を」
残された男は椅子に深く身を沈め、憂鬱そうに息をついた。