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魔術師の休暇

「ぐえっほ、げほ、げほっ。またぞろひでぇ有様だな、こりゃ」
咳き込みながらカーテンを開けると、差し込んできた光の道が部屋の中にくっきりと浮かび上がった。
つまりそれだけホコリが舞っているということだ。
元々が怪しげな古文書だの魔道具だので埋め尽くされていて
足の踏み場もないような部屋なのに、これではたまったものではない。
俺はそのまま両開きの窓まで開け放った。
いつの間にか錆付いてしまっていた蝶番が嫌な音を立てる。
「仕方ないだろう。何ヶ月帰ってなかったと思ってるんだ」
神経質そうに眉をひそめたこの家の主は、ゾロゾロと長い法衣の袖で口元を覆っていた。
本が散らかってるのはいいのにホコリはダメとか、相変わらず変な奴だ。
「まあいい。私は探し物があるから、お前は適当に他の部屋の掃除でもしててくれ」
「げっ、冗談だろ!?家中こんな有様じゃ3日で終わるわけねーだろ!
 お前休みに帰ってきたんじゃないのか!?」
「他の連中はどうか知らんが、私はそんな事を言ったつもりはない」
今俺達のパーティは、三日間だけの休暇期間中だった。
それというのも、次に向かう予定の場所が場所で……つまり、魔界の魔王城。どう考えても死地だ。
だからその前に、まぁみんなそれぞれやりたい事もあるだろうと思って時間をとった。
そういう訳で他のメンバーはてんでんばらばら故郷に帰ってしまっている。
死出の旅の前に、家族やら友達やらの顔を見てゆっくり過ごすって訳だ。
しかし目下のところ天涯孤独で生まれた土地すら分からない俺は、
同じく親兄弟のないこいつの里帰りに付いて来たのだったが。
「なあ、これじゃ今晩寝るところにも難儀するだろ。大人しく宿でもとろーぜ」
「宿がいいんならお前一人で取れ」
「ああもう。何でお前ってそんな意地っ張りなの?」

早速本棚に食らいついてそこから離れようととしなくなった背中に
これ以上話しかけても虚しいだけだと経験から知っている俺は、仕方なくこちらから折れてやり
とりあえず家中の窓を開けて回るために部屋を出た。
結局それから丸二日間以上俺は掃除に追われ、
気がつくと最期の休日は残すところあと半日と少しになってしまっていた。
こんなはずじゃなかったのにな。もっと、こう、二人でゆっくり話でもして。
そんな事を考えてたのに、あいつはと言えばほとんど書斎から出ようともしなかった。馬鹿野郎。
いまやあらゆる魔法という魔法を操っているお前が、何をそんなに真剣に読むことがあるんだか。
しかも帰れるかどうかも分からないこんなボロ屋の掃除を俺一人に押し付けて。
「なあ、おい。全部掃除終わったぞ。お前もいい加減そこから出ねーか」
「もう少し」
あーあ、いつもこれだよ。最後まで変わんないんだな。
「半年前は」
「ん?」
「半年前までは、分からなかったんだ。この本の内容が。だが今は読める。
 既存のとはまるで違う魔術の方式が書いてあるよ。これが使えたら……」
「ンなもん、今更――!」
「今更、何だ。戦力になるものは少しでも多い方がいいだろう。
 私はお前みたいに死にに行くつもりはないからな」
「……なんだって?俺が?何言ってんだお前」
「自分で気がついてないのか。明日死にますって顔してるぞ、今のお前は」
「バカ言ってんじゃねーよ。そんなわけ」
「お前がどこでどうやって死のうが私には関係ないがな、
 明日一日だけは最後まで生き残ってもらわないと困る。
 そのためにこうやって休み返上で埃まみれの本を読み込んでるんだ」
「…………」
「明後日からは行き倒れるなり食い物に中るなり好きにしろ」
やっとこっちを向いたかと思ったら、途端にとんでもないことを言い始めた奴に
『明後日から』という言葉を聞かされ、俺は愕然とした。
確かに俺は、今の今まで明後日以降のことをひとかけらも考えていなかったんだ。
俺の頭の中で、明日から向こうがぷっつりと途絶えてしまっていた事にたった今気づかされた。
「……う、うるせー!お前こそバカみたいに貧弱なんだから途中でおっ死ぬなよ!?」
自分でさえ分かっていなかった自分の胸中を、こいつはまるきり全部お見通しだったというのが
無性に恥ずかしくて、悔し紛れにそうやって叫んだ。そうだ、こいつに死なれちゃ困る。困る。
思いながら、言いたいことだけ言ってまた本に没頭し始めた背中を睨みつけるように見つめた。