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立ち切れ線香

立ち切れ線香を書いた者です。
萌えが止まらなかったので、勢いで書いた
上記の悲恋バージョン置いていきます。
死にネタ注意です。
※監禁される側が逆です。


***
初めて会ったのは、大学の落研だった。
人情物や心中物が好きな俺に、アイツは笑ってよく言ったものだ。
「いやー!あかんあかん!人情噺は辛気くさくて好かんわー。」
「いいじゃんか、゙立ち切れ線香゙。茶屋、芸者、身分違い、悲恋…俺の好きな古典落語のエッセンスが全部詰まってるんだぞ?」
「落語と言ったら落とし噺や!やっぱり笑えてナンボやで!」
「いいや落語の真骨頂はいかに人間性を深くえぐり出すかだ。異論は認めない。」
俺たちは、よくそんな愚にもつかない議論をして夜を明かした。
口から先に生まれてきたようなアイツと、人見知りで口下手な俺。
楽観的なアイツと、悲観的な俺。
持つ性質は正反対だったが、不思議と一緒にいるのは苦痛じゃなかった。
…いや、むしろ俺は、今までにない居心地の良さを感じていた。
それが恋心だと気付くのには、さして時間はかからなかった。


恋心を自覚したところで、アイツとの関係は変わらなかった。
変わらないように、強いて自分を律した。
どうせ叶わない恋なのだから、秘めておくに限る。
俺はアイツとの関係を、失いたくはなかったから。


全ての歯車が狂ったのは、大学4年の初夏だった。
実家に帰省した際に、この恋心が両親に知れたのだ。
携帯の待ち受けに設定していたアイツの画像を手に『どういうことか!?』と詰め寄られた俺は、ただ黙って俯くしかできなかった。
「ただの学友だ。」と答えるにはあまりにも、アイツのことが好きだったから。
『気の迷いだと解るまでは一歩もこの家から出さん!』と、親はすごい剣幕で俺を叱りつけた。
『跡取りとしての自覚を持て!』と。
…実家が下手にバカでかい旧家だったことも災いした。
人手も土地も部屋数も、俺一人を閉じ込めるには充分足りた。
大学にも休学届を出されたようだった。
携帯もなにもかもを取り上げられ、俺は世間から隔絶された。


何度か脱走を試み、そして何度め失敗する内に、俺は気力を無くしていった。
何一つ為すことなく、だが親の『諦めろ』と言う言葉にだけは頷けぬまま。
只ぼんやりと日々を過ごすうちに、窓の外の季節は移り変わっていった。

「…お兄ィ…!」
顔面蒼白な妹が部屋に駆け込んで来たときには、季節は冬を過ぎ春になっていた。
妹の髪の毛に、桜の花弁がひとひら貼り付いていた。
何か大変な事があったのだということは、妹の顔から知れた。
何か重大な、取り返しのつかない事が起きたのだと。
妹は、自分の部屋に飾るため庭の桜の枝を手折ろうとしたのだそうだ。
そして横着者の妹は、木に登るのではなく、一番桜に近い父の書斎の窓から身を乗り出して、花を取ることにしたのだと。
そういえば先ほど、二階から凄い物音がした。
おそらく無茶をしすぎて、書斎にひっくり返ったのだろう。
そして様々なものを巻き込んで転倒して…。
「…これ…見つけた…」
隠されていたものを、見つけてしまったのだ。
束ねられた俺宛の、十数通に及ぶ手紙と、…その上にのった一枚の葉書。
黒枠で縁どられた、事務的な印刷の葉書。
真ん中に、アイツの名前。
そこに記された日時は、もう疾うに過ぎていた。


「まあ!わざわざ遠い所から…あの子の為に、ありがとうねぇ。」
柔和に微笑んで俺を出迎えた顔は、アイツにそっくりだった。
「…すみませんでした。式にも、出られずに…。」
「いいえ、とんでもない。はるばる東京から来てくれる友達がいたなんて、あの子は本当に幸せものだわ。」


明るい家の中に、漂う線香の香り。
どうぞと通された仏間の真ん中、仏壇の中には、真新しい位牌が立てられていた。
線香に火を灯し、手を合わせる。
…なんだか現実味がなくて、涙すら出ない。
まだ、アイツが其処らから、ひょいと顔を覗かせそうな気がする。
出されたお茶を頂きながら、暫し世間話をする内に、
「そうだ!あのビデオ見るかしら?」
おばさんがふいに思い出したように、そう言った。
「後期を休学してたんなら、見てないでしょう。9月の文化祭の時の、落研のビデオがあるのよ!…あ、でも興味無いかしら?」
「是非!是非見せてください!」
俺は思わず頭を下げた。


思い出した。
夏に帰省する前、アイツと散々話したんだ。
文化祭でやる噺について。
「やっぱ落とし噺やろ~!サゲでドッと会場をわかせたるで!あ、でも大学やし、艶話でもエエかなぁ?…うひひ」
など馬鹿なことを言いながら、アイツは笑っていた。
アイツがどんな噺をやったのか、どうしても知りたかった。
デッキにテープが吸い込まれる。
部の備品の、古いため酷く荒いホームビデオの画像が写し出された。
大学の講堂の舞台の真ん中に、ちんまりとした手作りの高座が設えられている。
しばらくズーム調整をし、画面中央に高座が来たところで固定される。
客席の入りはまあまあのようだ。
陽気な出囃子が流れ、噺家が入場する。
その姿に、俺はしばし呆然とする。
それは俺が覚えていたアイツよりも、遥かに小さく細かったから。
俺の様子に気付いたおばさんが、
「あの子、夏休みが始まって直ぐに発病したのよ。進行が早くてねぇ…本当は9月にはもう入院してないといけなかったの。
だけど、どうしても文化祭には出るんだって聞かなくて。
これが最後になるからって…。」
と言って目元を押さえると、
「本人は、ダイエットしてエエ男に磨きがかかったやろ!て胸張ってたわ~」
と笑った。


ビデオの中では、アイツが着席し、指を揃えて口上を述べ始めた。
『え~。お集まりの皆様、本日はようこそお運び下さいました。しばし皆様の時間をお借りいたします。どうぞ宜しくお願いたします。』
高座でしか見せない、丁寧な喋り方。折り目正しい態度。
俺はこれを見るのが、何より好きだった。
いつも、ここからガラッと口調を変えて、腹のよじれる落とし噺に持っていくのだ。
だが…ビデオの中のアイツは、どうも様子が違う。
指をついたまま、丁寧な口調のまま話し続ける。
『落語、ということで、笑いを求めてこられた方も多いかと存じますが、本日は趣向を変えまして、人情噺を一席お目にかけたいと存じまする。
古典といえば人情噺。笑いのなかに、人間の物悲しさが香る中々深いお噺で御座います。』
スッと身を起こす。
伸びた背筋、真っ直ぐ見つめる強い瞳。
多少痩せてはいるものの、まごうことないアイツの姿だ。
そしてニヘッと笑ってみせる。
『…言うてもコレ実は、オレがいっち好きなヤツからの受け売りなんですけどね!』
客席から笑いが起こった。


「どうやら好いた人がいたみたいなんよ。
私には最後まで、『秘密じゃ』言うて教えてくれなかったけど。」
「…そう、ですか…。」
ノイズ混じりのマイクでも、はっきり拾えるほど良くとおるアイツの声。
今その声で、何を言われたのだろう。
好き?いっち好き?
アイツが?


…俺を?

『昔の若い者が遊ぶとこで、お茶屋さん言うとこがありましてな。…今で言うたらメイド喫茶になるんかな。
まあそのお茶屋さんですが、昔のことなんで時間を図るのに、線香つこてたんですな。1本燃え尽きたら何時間。まあ、そないして料金をはかってたんですな。』


混乱している間も、噺はどんどん進んでいく。
若旦那。定吉。番頭。娘芸者。茶屋の女将。
表情も声音もくるくる変わる。
剽軽な場面。シリアスな場面。
アイツは次々に演じてゆく。
…今まで見たどんな“立ち切れ線香”より、面白い。
「あの子、床についてもずーっと練習してたのよ。もう、こればっかり。
私相手に、やれ今のは三味線に見えたか、今のは文を書くように見えたかて、五月蝿くて。」
最終的には図書館やビデオ屋で、江戸時代の風俗や三味線の弾き方を研究する程の騒ぎになったらしい。


『「三味線が止まった!小糸?」
 「若旦那、…小糸はもう三味線は弾けしまへん。」
 「なんでや?」
 「ちょうど線香が…立ち切れました。」』
噺が終わり、アイツが深々と頭を下げた。
『これにて私の一世一代の高座、終わらせて頂きます。』
そして一瞬、顔を上げ、こちらを見た。
どうや!と言いたげな笑みを浮かべ、得意気な顔で。


確かに、その目で、俺を見た。


プツとテープが止まり、画面が暗くなる。
…仏間の線香が、ふっと立ち切れた。




俺はそこで初めて、声を殺して泣いた。