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立ち切れ線香

初めて会ったのは、大学の落研だった。
人情物や心中物が好きな俺に、アイツは笑ってよく言ったものだ。
「いやー!あかんあかん!江戸落語は辛気くっさいのー!」
゙立ち切れ線香゙…俺の大好きな噺。繰り返し繰り返し、テープが擦りきれるまで聞く俺に、
「何回目やねん!」
アイツは毎回呆れた顔で突っ込んだ。
周りを標準語に囲まれながら『オレは関西を捨てへん!』と息巻いていたアイツの関西弁は、その時にはもう崩れていた。
「お前が悪いんやぞ!なんつーか…ほら…、一緒に居りすぎて東京弁がうつったんじゃ!」
アイツの言葉通り、2年になる頃には俺たちは四六時中一緒だった。
『お前らは夫婦か!』と周囲に突っ込まれると、なぜか嬉しくて心が踊った。


大学4年生の夏。
実家に帰省したっきり、アイツは帰って来なかった。
携帯は不通で、アパートも空。
周りの誰に聞いてもアイツの消息はわからなかった。
大学には休学届が出されているようだった。
藁にもすがる思いで、年賀状のために聞き出した実家の住所宛てに手紙を書いた。
一通。また一通。
書けば書くほど、アイツに話したいことが沸いてきた。
さらに一通。また一通。
最初は大学内で起きた、他愛のない出来事。
徐々に…お前が居なくて淋しいこと。
何かが欠けたようで、全くやる気が出ないこと。
返事は一通も来なかった。
だけど俺は送り続けた。枚数はどんどん増えた。
…我ながらキモいと思った。


半年が過ぎ、3月。
俺はハガキにただ一言、「お前に会いたい。」と書いた。
これで最後にしようと思った。

卒業式に、汗だくになって駆け込んで来たのはアイツだった。
「…っ…おま…!生きてた!?生きてたんやな良かったー!!」
そのままギュッと強く抱きすくめられる。
「…いや…生きてたんだってコッチの台詞だし…」
訳がわからない。半年ぶりなのに。
「ずっと返事書けんくてすまん!実家に監禁されてた!」
「…監禁?」
アイツは黙って、携帯を開いて見せた。
「…コレが、見つかってな…」
待ち受け画面一杯に広がる、俺の寝顔。
親に何故成人男性の寝顔を待ち受けに使っているのか問い詰められて。
「スッとうまい言い訳が出来んかったんや…お前のことが好きやったから。」
ああでも良かったお前が死んでなくて本当に良かった…と尚もキツく抱きついてくる。
「イヤ、死なないし…なにそれ…」

「お前がな手紙送ってくるから!」
叫んだ後、アイツは俺の首筋にそっと顔を埋めた。
「…立ち切れ線香の女郎みたいに、お前が死んでたらどうしようかと…」
ああ、そうだった。立ち枯れ線香はそういう噺だ。
見世で出会って惚れ合う二人。
しかし未来ある身の若旦那は、女郎を諦めるまで…と家に閉じ込められる。
監禁が解けて若旦那は初めて知るのだ。握りつぶされていた女郎からの幾通もの文と、彼女の死を。
「両親説得してきたから!オレお前と添い遂げるからな!」
「…は?…いや俺まだお前に好きとか言ってないし…」
「こんだけ熱烈な恋文送りつけてきて、今さらか!?」
アイツの片手に握り締められた、手紙の束。
どれもこれも内容は、空で言えるほどに覚えていた。
今さらながら恥ずかしさのため総身が震えてくる。
「とりあえず。…会いたかったでお前に、オレも。」
「…うん。」
赤くなった頬を隠すように、俺はアイツの胸に顔を押しあてた。