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中ボス

 腹に熱の塊が食い込んで、俺の身体を容赦なく吹き飛ばした。柔らかい葉を焦がし、華奢な木々をへし折って熱風が後を追ってくる。瞬間目の前が暗転し、気がついたときには濡れた地面の上で、木々の間の狭い空を見上げていた。体中が痺れて感覚が無い。声も出ない。
 積もった葉を踏み潰して、人影がこちらに近づいてくる。目がかすんで顔は見えないが、今しがた俺を吹き飛ばした魔術師か、勇者としてその名を轟かせている青年のどちらかだろう。他の者は皆彼等に殺されてしまったのだから。
 彼等が何の為にこんな森まで来たのか、予想はつく。恐らく、あちらこちらで暴虐の限りを尽くしている俺の主を殺しに来たのだろう。
 胸倉を掴んで引き起こされた。鎧の固い感触。唇が何事か動いているが、言葉が聴こえない。何事か俺に尋ねているようだったが、視界が水の中のようにぼやけていて、何も判らなかった。
 殺すか。
 きっと大声で魔術師に言ったのだろう、その言葉だけがぼんやりと聴こえた。
 身体がすっと冷たくなる。
 ついにこの時がきたか。戦いに負けて殺される時が。
 眼前に迫る金属の輝きから逃れるように、俺は目を固く閉じた。
 俺は死ぬのが怖かった。情けないことに、主の配下でそんなことを考えて居る者は俺だけのようだったから、誰にも打ち明けたことなど無かった。
 親しかった部下が殺されたと聞く度に、悲しみ、次は我が身かと怯えもした。次は俺が行って奴等を殺すのだと、息巻く同輩の気が知れなかった。
 冷たい感触が喉にあたり、どうしようもなく手足に震えが来た。灰になって散って行ったかつての同輩達は、この醜態を見て嗤うだろうか。
 長い時が過ぎたように思えたが、刃が俺の頸に食い込むことは無かった。酷い恐怖と、何故か湧き上がってくる焦燥感に耐えかねて目を開くと、やけに綺麗な色の瞳が、こちらをじっと覗きこんでいた。
「お前……」
 死ぬのが、怖いのか。
 半ば嘲るような調子で吐き出された言葉に、俺は頷いた。
 青年は紋章が入った鎧を震わせて笑った。殺した魔物の中に死を怖がった者などは居なかった、お前は変わっていると。はっきりと蔑まれているのは判ったが、俺は何も言わなかった。負けた者が蔑まれ甚振られ殺されるのは当然のことだ。
 胸倉を掴んでいた手を離され、俺はまた濡れた地面に倒れこんだ。未だに手足は動かなかった。とどめをさされずとも、放っておかれればこのまま死ぬのだろう。
 ぼんやりと主の顔を思い出していると、不意に、防具をつけた腕が俺のことを抱え上げた。俺の鎧も残骸だけとはいえ未だ残っているから相当な重さであろうに、事も無げに肩の上に担ぎ上げられる。
 傷に身体の重さがもろにかかり、酷い悪寒が来た。背筋が冷え、嫌な汗が頬を伝う。青年が一歩踏み出すごとに肩が揺れて酷い痛みが走った。最早もがく気力も無くなった俺の耳に、青年が楽しげに笑う声が届く。
「……なあ、こいつ連れて行こうぜ」
「連れて行くも何も、じきに死ぬだろ」
 呆れたような声は魔術師だろうか。
「お前なら治してやれるだろ?」
「何で俺が手前でつけた傷を治さなきゃならんのだ」
 乱暴に地面に放り出され、俺は蹲った。視界がぐらぐらと揺れて、急激に薄暗くなっていく。
「いやなに、魔物の癖に死ぬのが怖いなんてほざくもんだからさ。なら殺さずに飼ってやろうかと思って。躾ければ番犬ぐらいの役にはたつだろ――――」
 薄れていく意識の中で最後に聞いたのは、勇者と呼ばれる青年の笑い声だった。